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私の臭くて粘ついたものに早く慣れる事が楽になるコツですわよ

 ほの暗い道の先から光が漏れ出しているのがマーシュには分かった。


 歩いて暗闇を抜けるとそこには光輝く水の都があった。


 地下である事は間違いないというのに地上であるかのように明るくそして天井は限りが無いようにすら見えた。


 絵画から抜け出したかのような秘境に思わずため息を漏らした。


「凄い…………」

「どうしてここはこんなに明るいのじゃ? 魔法か?」

「いや、魔物だ。天井にコケに似た魔物が生えててそれが光ってるんだ。ともかくここまで順調に来れたのはよかった」


「そうですわね。ダンジョンへ行くことを読まれて交戦しながらの到達では脱落者が出ていてもおかしくありませんでしたからね」

「ここからは罠だけではなく魔物にも気をつけなくちゃならないけど、それは追手も同じだ。巧に仕掛けられた迷宮の罠、襲い来る狂暴なモンスター達。うふふふ、果たしてあたし達が逃げるのを止められるのかしらん?」


「事実じゃが、逃げているとなるとどうにも締まらんのう。して、どこで休む?」

「川辺にスペースがありますわ。ただ、あまり水には近づき過ぎませんように。水の中に居る魔物に引きずりこまれますわ」


 石造りの通路から土へと降りると荷物を置き、スロウは左手の指輪の一つを鍋へと変化させると水源から湧き出た水をろ過した物を注いでパスタを茹で始めた。


 その傍ら、フライパンでソースを作り、茹で上がると共に混ぜ合わせる。


 それを木の器に均等に盛り分けるとさも当然のように納豆をおかずとして追加提出した。


「皆様、料理が出来ましたわ。ペペロンチーノと納豆ですの」

「あの…………。ぼ、僕、納豆は…………」


 冷ややかな視線でスロウは語る。


「マーシュ様、好き嫌いをしていると毒殺されますわ。私が食べさせてあげましょうか?」

「い、いえ……自分で食べられます…………」


 ミカは麺をすすりながらため息をつく。


「しかし、仕方ないとはいえ寂しい食事だね。魔物でも食べられたらいいのに」

「妖怪でもあるまいし、金属など食えるものか」

「いや、昔は肉がドロップしたんだよ。貴金属が出る今の方がおかしいんだ。やっぱりそこん所のシステムが生きてるダンジョンはもう無いのかもね。せめて『ダンジョンタモリ』が居てくれればなぁ…………」


「たもり?」

「ともかく変換システムだな。それがあれば魔物を食料にできる。まあ、そうそう見つかる物でもないからこうして苦労してるんだけどね」


 洗ったフライパンを指輪に戻しながらスロウは言う。


「我が悪魔、雑談も程々に。今後についての話を願いますわ」

「ああ。今日はこの領域を移動していくだけだ、魔物も毒持ちなどの厄介なヤツは居ないからまず問題は無いだろう。その後三日日は迷宮を通り抜けていく事になる。後の一日は地上へと向かうって終わりだ」

「五日間の旅か。トラブルも見積っての約一週間という事かの」


「この機会だから言っておくがこういう長丁場では私はヒーラーとして振る舞う。何か体調が優れないような感じがしたらすぐに言えよ」

「似合わんな」

「ほっとけ」


「貴様がヒーラーの真似事とはな。まあ、この呪詛からしてそういう役割を担う事があるのは勘付いていたがの。むしろ合点がいったという所じゃ」

「それはそうとマーシュはまだ食ってんのか? 別に急かすわけじゃないが程々にしてくれよ」

「仕方ありませんわね」


 結局、マーシュはスロウに納豆をぶちこまれ半泣き状態で口を動かす羽目になる。


「えうえうえうー…………」

(わたくし)の臭くて粘ついたものに早く慣れる事が楽になるコツですわよ」

「言い方に悪意を感じるのじゃ…………」


 食事を終えた一同は再び歩き出す。


 整備された道であるために先ほどまでより歩くのは楽だが、襲い掛かる魔物がその分の苦労を担う。


 集団で迫ってくる人骨の化け物を蹴散らし、テルはため息を漏らす。


「やれやれ、こう骨っぽいヤツばかりでは殺し甲斐が無いのう…………」

「辛抱しろよ。二日目にもなれば嫌というほど人間を相手にする事になるだろうさ。向かう先に地上の入り口から先回りされて、その対処にもたついていたら後ろから来るヤツらと挟み撃ちだ。きっと楽しいパーティーになるぜ」


「食い放題じゃの。聞いてるだけで嫌気がさすわ。そんな物は聞きとうない、何か気が紛らわせられるような話でもしとくれ」

「ふむ……じゃあ、さっきの『ダンジョンタモリ』についてでも教えてやるか」


 マーシュは首を傾げた。


「たもり?」

「その反応はさっきやったよ。『ダンジョンタモリ』って言うのはダンジョンを保守する仕事をする人間の通称だ。つまり業界用語的な読みで“保守(タモリ)”ってことね」

「ザギンでシースーですわね」


「ダンジョンの保守……ダンジョンマスターのような魔術師って事ですか?」

「いや、そこを根城として管理するような物じゃない。ダンジョンはアトラクションだからな、今でいう所の修理屋に当たる」


 テルは驚いたように言う。


「この死の香り漂う迷宮がアトラクションじゃと? 貴様が居た地方の人間は気が触れておるのか?」


 からからとミカは笑った。


「まあ、ここじゃそんな反応になるか。とにかく、ダンジョンは私の居た場所では娯楽の一つだったんだ。無論、採掘の為などの工業的な物もあった、今いる場所がいい例だな」

「ダンジョンが生活に関わってくるのはどこも同じという事ですわね」

保守屋(タモリ)はダンジョンコアをメンテナンスし、モンスターの生態系や宝箱の出現率、ドロップアイテム等を正常な物に戻してくれるんだが、知っての通りもう誰も残っちゃいない。当時を知ってるヤツからすれば今のダンジョンなんて痩せた馬みたいなもんさ」


「なるほど本来なら肉も取れるとはそういう事か」

「アイテムドロップは変換にエネルギーを使うから、長期間まともにメンテされてないダンジョンじゃ絶対に無理だろうな」

「話を聞いてるとなんだか勿体ない感じがしますね」


「まあ、時の流れは無常だからね。けどダンジョンマスターなんてのが出てくるくらいだし今のまま研究が進んでいけば全部のダンジョンが使えなくなるより復旧の方が早いだろうさ」

「我が悪魔もそれほどお詳しいのなら研究に手を貸してみてはいかがでは?」


「冗談。私が机の前にじっと座ってられるように見えるか?」

「教養と性分が乖離しておる。なるほど、これが宝の持ち腐れというヤツか」

「あははは…………」


 雑談をする片手間でモンスターを蹴散らしながら一同は進んでいった。


 途中、何回か休憩を挟みながら予定された地点へと到着する。


 テントや侵入者用のトラップを張り、拠点を構築したスロウは皆に言う。


「ここからは自由行動としますわ。見張りは私と我が悪魔が交代で行いますの。お二人は気にせずに休んでくださいまし」

「ではお言葉に甘えて」

「ふわぁ、余は疲れた。もう寝る」


 テルとマーシュがテントに消えていったのを見届けるとスロウは火の傍で座り込んで息を吐いた。


 ふとミカが立ち去らない事に気づき、口を開く。


「お休みにならなくてよろしいので?」

「ずっと歩いていただけだ、疲れやしないよ」

「それもそうですわね」


 この機会だからとスロウは言葉を紡いだ。


「我が悪魔、あなたは極めて強大な力を持ちながらも今まで俗世に関わろうとはしませんでした。しかし、今回は積極的に行動しておりますわ。やはり『悪魔』が関わっているからですの?」


 ミカは苦笑して返す。


「……分かるか?」

(わたくし)はあなたの過去に何があろうと構いませんが、身の振り方は決めて頂きたい所ですわ。『悪魔』らしく残虐に振る舞うのか、それとも今のようにそれを咎めるために動くのか」

「正直に言えば今までのようにどっち付かずで居たい。そもそも私ってヤツはそれほど高尚な生き物じゃないからさ。だけど、『悪魔』が相手の時だけは別だ。表立って悪さをするというのならそれを懲らしめるために動かなくちゃいけない。私はそういう立場の存在なんだ、あまり進んで話したい事じゃないけどな」


「今の関係が壊れるから……ですの?」

「そうだ」

(わたくし)はあなたがどんな存在だとしても態度を変えるつもりはありませんわ」

「口では何とでも言えるさ。その証拠に――――見ろ、お前の姿を」

「!」


 スロウはいつの間にか己がミカの前に跪いて頭を垂れている事に気づいた。


 魔法などの超常的な力で強制させられたわけではない。まるで呼吸するかのように無意識的に行っていたのだ。


 この行動が命令された訳ではない事実にスロウは冷たい汗を流した。


「わ、(わたくし)はなぜこのような事を? あなたが望んでいないのは百も承知だというのに…………」


 ミカは淡々と語った。


「別にお前が悪いわけじゃ無い。人間という物がそういう風に作られているってだけさ」

「……だとしてもこんな…………」

「スロウ」


 諭すようにミカは言う。


「気にするな」

「……難しい事をおっしゃいますわ。私の覚悟など藁の家よりも脆かったという事実を目の当たりにしたばかりではありませんか」

「そうだ。だから気にするなと言った。お前はこの事について悩むだろう。でも、いくら悩んだって答えなんか出ないんだ。抗えないのならそれを誤魔化すのではなく、ただ受け入れるしかない」

「そして、今のように(かしず)けと?」


「それも一つの手だろう。けど、お前はそんな素直なヤツには見えないぜ。全ては諸行無常だ、変わらない関係などありはしない。だけど、私はそれが壊れないためにする努力が無駄だとは思わないよ」

「………………」


 スロウは考え、言葉を紡いだ。


「なぜあなたがその正体の片鱗を見せたのか、少し分かりましたわ。私もこの関係を維持するために努力する必要があるという事ですわね。全く……不真面目な(てい)を装っている癖にこういう事ばかり一人で背負いこむとは。あなたの悪い癖ですわよ」

「それが困った事にどうにも治らない所でね。まあ、無茶に付き合わせるかもしれないから覚悟はしておいてくれ」


 これまでの事が無茶では無かったらなんなのか、とスロウはツッコミを入れたかったが真面目な話をしているのでぐっとこらえた。


「あなたは眠らないのでしょうし、私は休ませて頂きますわ。明日の方が今日よりもキツイでしょうしね」

「構わない。誰も寝てはならぬとは言ってないしな」

「ではカラフ様、おやすみなさい」

「ああ、リュー。おやすみ」


 ぱちぱち、と燃える火は昼夜の無い世界で静かに揺らめいていた。


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