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悪魔を信じてすくわれるのは足元だけですわ

 朝になり、ベッドから体を起こしたテルは手を口に当ててあくびをした。


「ふわーあ、昨日は騒ぎ過ぎてまだ寝足りんわ。ん、どうしたマーシュ、疲れた顔をして。さては夜遅くまで魔導書でも見ていたか。殊勝じゃが、時と場合は選んだ方がよいぞ」

「はぁ…………」


 げっそりとした顔のマーシュはベッドから出ると顔を洗いに水場まで歩いて行った。


 そこでスロウと鉢合わせしてしまい昨日の事を思い出して思わず硬直する。


 その一瞬で逃げ遅れてスロウに気づかれる。


「あら、おはようございますわ、マーシュ様」

「あ、あの、その」

「すぐに出ますので早く仕度をしてくださいませ。では私はお先に」


 昨日の事が嘘だったかのようなあっさりとした態度にマーシュは首をかしげ、もしかしたら夢だったのではないかと自分の記憶を疑った。


「いや、夢じゃないよ」

「ミカさん」

「あいつは駆け引きが上手いんだ。どんな頑固者だって気がつけば落とされてる。あいつが最後まで落とせなかったのは一人だけだったな」

「それはどんな人だったんですか?」


 ミカは楽しげに語る。


「凄いヤツだよ。なんとスロウと負けず劣らずの実力を持つショタコン騎士達をなんと合わせて十二人を相手に押したり引いたり焦らしたりして国を成り立たせていたんだ。卓越した剣の技術から二重の意味で『騎士王』って呼ばれてた。呼ばれて“た”んだ」

「……何があったんですか?」

「真面目なヤツでさ。騎士たちや自分自身すらも国を成り立たせるための道具としか見ていなかったんだ。だからみんな不幸になっちまった。国も騎士も何もかも無くなっちまった。悲しい話さ」


 ミカは淡々と語る。


「あいつはお前に『騎士王』の面影を見てるのかもな。ま、だとしても免罪符にはならないし、同情はあいつを余計狂わせるだけだ。憐れみと優しさは違うって事、肝に刻んでおけよ。いくらお姉さんでも悪い子は助けてあげないからね」


 それを聞いたマーシュは昨日の礼を言っていない事を思い出した。


「あっ、昨日は助けていただきありがとうございました」

「ん? いいよ、いいよ。半分は私の監督不行き届きだし」

「でも、ミカさんが来てくれなかったら僕…………」

「………………」


 小動物のようなかわいらしい仕草に思わずミカは抱きつく。


「もう! 可愛いヤツだなぁ、お前。お姉さんがイイコトしてあげちゃうゾ☆」

「み、ミカさん。む、胸が当たって」

「当ててんのよ。うひひひひ」


 その時、建物の影からじぃっと見られている事に気づき、わざとらしく咳払いをして体を離した。


「ご、ごほん。残念ながら体験期間は終了だ。後は製品版を買ってプレイしてくれたまえ」

「あっ、ミカさん」


 そそくさとその場を後にするミカにスロウの冷たい声が響いた。


「この泥棒猫」

「修羅場じゃのう…………」


 仕度をして宿を後にしたミカ達は街外れのダンジョンの入り口へとたどり着く。


 敵にとってなじみの無い場所だからか意識はあまり割かれていないようで特に伏兵なども見られない。


「今の内ですわね。昨日の馬車を囮として走らせましたが長くは持たないでしょう」

「そうだな。私が先頭でスロウにはしんがりを頼む。二人はその間だ。おそらく相手も冒険者を雇ってくるだろう。そうなれば素人二人抱えてるこっちはいずれ追い付かれる。その前にある程度距離を作っておきたい」

「それはよいが追いつかれた時はどうする? いくら余が強いと言ってもダンジョン内での戦い方は知らん。これでは勝てん」

「分かった。歩きながら説明する事にしよう。まずはダンジョンに入るぜ」


 暗い洞窟の中に踏み込んだミカは何かを小声で呟くと眩く輝く球体をいくつも作り出し、宙に浮かべた。


 それを見たマーシュはその驚くべき技術に目を丸くし、自分がどれほど拙いのかを理解して少し悔しく思った。

「ダンジョン内では基本的に一列で進む。前の者がトラップにかかった時に巻き込まれず助けられるように付かず離れずの距離を保つ。戦闘では基本的に一列二、三人で前列後列に別れる。戦いづらいダンジョン内では陣形が重要なので勝手に飛び出して陣形を崩すなよちびっ子」

「子どもでもあるまいし言われるまでもない」

「それとリーダーの命令は絶対だ。時には仲間を見捨てるような指示を出す事もある。私とスロウが居る以上、そんな事はそうそう起こらないだろうが心に刻んでおいてくれ」

「分かりました」


「後はそうだな…………。索敵は私がするから特に気を付けることはないが、強いて言うなら精神を擦り減らさないようにすることだな。いつ襲われるか分からない状況ってのは心身ともにひどく消耗する。だから私の索敵を全面的に信頼して安心してほしい。まあ、そうは言っても「はいそうですか」とできる事でもないから、今から軽く暗示をかける事にする」


「呪詛か。この機に乗じて余を傀儡にするつもりではなかろうな?」

「そう思うのなら暗示を受けなくてもいい。だけど、もし疲弊して足手まといになるようだったら私は容赦無く置いて行くぞ。その覚悟があるというのなら拒否しろ」


 ミカの真剣な表情に流石のテルも反抗する事はできなかった。

「ふん、言ってみただけじゃ。貴様に悪だくみするほどの知恵があるとは思っとらん」

「じゃあ、私に続けて口に出してくれ。『我が(あるじ)の加護を受け入れ、その庇護に身を委ねん』」

「我が主の……っとちょっと待て」

「どうした?」


 テルは疑うような表情で語る。


「それは教会の真似事ではないのか? どうして貴様にそんな事ができる? とてもそこまで徳の高い人物には見えんのだがな」

「それはね、お姉さんっていうのが教皇より可愛くて徳の高い存在だからよ。おほほほほ」

「……ふっ、分かったぞ貴様の正体が」


「ミカさんの正体…………?」

「いくら隠しても余の目はごまかせん。道理でここまで不遜なわけじゃ。貴様より偉い者がこの国に存在するはずがないのじゃからな」


 ミカは苦々しく語る。


「ちっ…………だとしたらどうだって言うんだ。飼っていたアホ面の犬がある日突然立ち上がって『ご主人様に尽くします』だなんて私は一体どういう反応を…………」


 テルは自信に満ちた表情で言う。


「貴様、『ウエサマ』じゃな?」

「…………は?」

「ウエサマ?」

「下々の者に紛れ悪を成敗する正義の『ショーグン』なのじゃ。まさか貴様が『ウエサマ』だったとはの。ふっ、人は見かけによらぬという事か」


「我が悪魔、今犬がどうたらこうたらとか。申し訳ありませんがもう一度お願いしますの」

「ごめん、やっぱ今の無し。忘れてお願い」


 赤面するミカをよそにテルはすっきりした様子で言う。


「失礼したの。では続けるか。『我が(あるじ)の加護を受け入れ、その庇護に身を委ねん』」

「『我が(あるじ)の加護を受け入れ、その庇護に身を委ねん』」


 二人が言葉を紡ぐとその手首に何かの蔓が腕輪のように巻きついた。


「利き手の手首を見てくれ」

「ふむ」

「そりゃ左手だ」

「余は左利きじゃ」

「こりゃ失礼」


「で、この蔓の腕輪がなんじゃと?」

「それは私の暗示の具現化だ。実際にあるわけじゃないけど、それを千切れば今かけた暗示は解けるってことね」

「外し忘れたら?」

「意識してなければその内無くなるよ。呪いじゃないんだからさ」


「こんなものが本当に効くのかの?」

「イワシの頭も信心からだよ。お姉さんを信じなサーイ」

「はっ、貴様を信仰するような者がおったら世も末じゃ」

「では準備もできた所で参りましょうか」


 ミカを先頭にして面々は本格的に進み始める。


 洞窟地点を越えて、人工的な石畳になってくると幾分か歩きやすくなったが、反面トラップが怖くなってくる。


 いつ後ろから襲ってくるかもしれない追手の存在もあいまって本来なら精神はどんどん削られていっただろう。


 だが、蔓の腕輪のおかげかマーシュに不安は無かった。


 むしろ母の腕にでも抱かれているかのような安心感があった。


 それはテルも同じようで苛立ちながらもその術の効き目は認めざるを得ないようだった。


 進みながらミカは口を開く。


「ただ歩いているだけじゃ退屈だろう。この機会にダンジョンについて色々と教えてやるよ」

「ほう、貴様にしては気が利くな。ではダンジョンとやらが普通の洞穴と何が違うのか説明してもらえるかの」

「むしろ同じ所の方が少ないが、簡単に言えば人工物か天然物かの違いだ」

「ダンジョンって人が作った物だったんですか?」


 ミカは苦笑する。


「そりゃこれだけシステマティックな物が自然に出来たら驚きだよ。まあ、確かに今の文化レベルじゃこれを再現できるようになるのに最低でも千年は必要だろうし、信じられないのも無理はないけどな」

「そう言いますが我が悪魔、(わたくし)としましては古代人の超技術の方が信じられませんわ。マジックアイテムのように基本的には神や悪魔が作り出した物なのでは?」

「んー……まあ、見方によってはそうか。そうだな、確かに作ったのは神や悪魔だ。今はそれが一番正しい」

「やれやれ、また悪魔気取りか。貴様が実力者なのは認めるが、歳を考えないと痛いだけじゃぞ」

「はっはっは、あくびすると必ず顎が()る呪いをかけてやろうか?」

「まあまあ…………」


 マーシュは話題を変えるように言う。


「そう言えば悪魔ってどういう生き物なんですか? 僕が知っているのは性質的に悪であったり、契約で人間に力を貸したりする事くらいなんですが…………」

「人間視点では間違いないな。でも、悪というより元々そういう生き物だからなおさらタチが悪い。本来なら人間が太刀打ちできるような存在ではないけど、『カミ』の作り出したこの世界では見る影も無いくらいに弱体化されてるな」

「やはり神聖な存在の前では悪魔も弱くなるんですね」

「ん?」


 ミカはきょとんとした顔するとやがて「くくく」と笑い出した。


「ああ、そうか。『カミ』は人間にとっては創造主であり『神』か。神聖性を見出すのも無理も無いな。でも、色眼鏡外せば『カミ』が悪魔の一体である事が分かるとは思うんだけどね」

「中々に過激な台詞じゃな」


「あれほど怠惰で傲慢な奴も悪魔の中にもそうそう居ないぜ。けど、人間にとっての神である事に違いはない。蛮族にとって血が神聖な物であるように人間にとって神聖な存在であるのは明白だ。たまには敬ってやってもいいと思うぜ」

「神が悪魔…………」


 スロウはため息をついて言う。


「マーシュ様、あまり我が悪魔の言う事を鵜呑みにしない方がいいですわ。酒や料理を奢ってもらうためにやたら話は上手いのですが、信憑性の欠片もありませんの。挙句、なまじ真実味があるために聖書の一部が書き換えられる始末。殉教していった聖人達に申し訳が立ちませんわ」

「いーのいーの。昔からよく言うだろ? 『信じる者は救われる』って」

「悪魔を信じてすくわれるのは足元だけですわ」


 マーシュは神妙な顔で聞く。


「もしかしてミカさんは神様の使いなんですか?」

「突飛だな……どうしてそう思う?」

「妙に悪魔に詳しいですし、色々と人間離れしてますし、それに…………」


 テルは呆れたように言った。


「こやつが神の使いなわけなかろう、まだ悪魔だと言い張ってる方に真実味がある。それより与太話はこれくらいにしてそろそろ休憩にしてもらえんか? 余はいい加減歩き疲れたぞ」

「ふむ……頃合いか。本当はもっと前に休みを取っておくつもりだったんだが、いやはや上出来上出来。おかげでなんとか間に合った」


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