だってお聞きになられませんでしたし
やれやれとミカがため息をつき、馬車は再び走り出す。
途中、何度か休憩を挟み、日が落ちかけた時に通り道にある村に着き、今日はここで休んでいく事となる。
「では私は馬に水を飲ませてきますので、皆様はお先に」
「おう」
スロウと別れた面々は食事処へと向かい、テーブルに着く。
「やれやれ馬車の乗り心地の悪さときたら……尻が痛くてかなわんわ」
「トラブルはあったがなんとか予定通りに来られたな。ここまで来れば一安心か」
「どうしてですか?」
「ここから『アラカトラル』への道筋は三つある。今日の騒ぎで追手が来ようとも、鉢合う確率はそれほど高くはないだろう。それにもし戦力を割り振るなら容易く対処できるしな」
「なるほど」
するとテルは「くくく」と笑った。
「まるで稚児の浅知恵よのう。取り繕わなくともよい、貴様とてどの道を行くかは。いや、行かされるのかはすでに分かっていよう」
ミカは見透かされた事を知り、肩をすくめてため息をついた。
「だとしても飯時なんだ。少しは景気のいい話をしようぜ」
「ま、それでも構わん。ところで…………このカタツムリは何じゃ?」
テーブルに運ばれてきた料理の皿には殻付き虫の料理が置かれていた。
「エスカルゴ。この地方でよく食べられてるヤツ」
「食えるのか?」
「慣れてないとキツイかもな」
「ふむ、どれ一口」
ぱくりとエスカルゴを口の中に入れたテルは少し咀嚼すると複雑な表情を見せた。
「うむむ…………なんと形容したものか。ひどく奇妙な味じゃ。あまり好みではないな」
「あたしは結構好きだけどな。食べ応えのある肉とバターの利いた汁がいい感じにパンと合う」
「ゲテモノ好きが…………やはりまともではないな」
「魚を生で食う民族がそれを言うか」
「大抵の国でも魚は食べるじゃろ。しかしカタツムリを食う国がそんなにあってたまるか!」
「ありますぅー! 虫食は世界的にメジャーなんですぅー!」
「どこで流行ってるか言ってみろ無駄乳! ここ以外でな!」
「おお! 忘れないように脳みそに刻んどけよ、おむすび姫!」
「あ、あの、お二人とも静かにしてください。目立ってます、恥ずかしいですよ」
「なんだとー!? 私のどこが恥ずかしいっていうんだ? 恥ずかしいのはちびっ子の貧相なボディだけだ!」
「いや、恥ずかしいのはこの無駄な脂肪を纏ったこの女じゃ! 脳みそまで脂肪に侵されておる!」
「やるのかこのヤロー!?」
「やらないでください我が悪魔」
「ぐはぁ!」
突如として現れたスロウに頭部を強打され、ミカはバタリと倒れる。
「テル様も何をやっておられるのですか」
「あいつ! あいつが悪いのじゃ、余は悪くない!」
「………………」
「い、いや、余も少し悪かったかもしれんな。ははははは…………」
しどろもどろで愛想笑いをするテルを見て、マーシュはこのパーティにおけるヒエラルキーを理解し、スロウだけは怒らせないようにしようと心の中で誓った。
「ところでスロウさん。ずいぶんと遅かったですね」
「ええ、店が閉まる前に買い物をしておく必要がありましたので」
「食糧ですか? それなら買わなくても途中の村で補充すれば問題ないくらいありますよ」
スロウは一瞬素に戻ると、それをなかった事にするかのようにすぐにこりと微笑んだ。
「そうですわね。まあ、沢山食べる方がいらっしゃいますので多すぎるくらいでちょうどいいのですよ。さて、食事が冷めてしまいますわ。早くいただく事にしましょう」
「はい」
「おっと、これはエスカルゴですわね。故郷を思い出しますわ。……ふむ、美味しい」
「……まさか、お前の国では一般的じゃったとは。世の中は奇妙な物じゃ」
やがて食事を終えた面々は宿に移った。そこに置いてある大量の荷物にマーシュは目を丸くした。
「こ、これは?」
「ふむ、やはり」
ミカがベッドに腰掛けると悪い笑みで口を開いた。
「ここから先に三つの道があるが私達はそのどれにも行かない」
「どういう事ですか?」
「道は三つあるのではなく『三つしかない』という事じゃろう。何かしらの事故、例えば橋が落ちたり落石で道が塞がったりすればもうその道は使い物にならん。敵からすればこれほど的を絞りやすいものもあるまい」
「ニンジャの機動力と諜報力に私達は勝てない。陸路で行けば必ず捕まる。だが、私達は唯一奴らに勝っている点がある。それが」
「『ダンジョン』というわけですわ」
「台詞取らないでくれる? スロウ君」
マーシュは慌てたように言う。
「む、無茶ですよ! ここから『アラカトラル』まで一体何キロあると思ってるんですか!? たどり着く前に力尽きますよ!」
「問題ない。少なくとも私とスロウのパーティでは突破できた。地形が変わっていなければそれほど難しくはないはずだ」
「どれほどの日程で着くつもりじゃ?」
「一週間程はかかるだろう。食糧はとてもじゃないが持たない。だが運次第だがアテはある。運が悪かったら白米と苺と納豆で何日か過ごす事になる」
「豪勢過ぎるラインナップに涙が出るな。まあ、それでも飢え死にせんだけマシか」
「うう、なんだか大変そうだなぁ…………」
「マーシュ様、気を楽に。これでも私達はプロの冒険者。未知の場所でもなく、探索するわけでもなくただ通り抜けるだけならば、例え目隠しをしていても容易ですわ」
「そういうわけだ。軽い地底旅行だとでも思っておけよ。地上より安全だぜ?」
「出発は日の出前となります。今夜はもう休んだ方がいいでしょう」
「やれやれ、こんな事なら夕飯をもっとちゃんと食べておくんじゃった」
「そういや気絶してたせいでロクに食ってないな……。よし、ちびっ子! 酒場に繰り出すか!」
「ふっ、妙な所で気が合う。よし、今夜は無礼講じゃ!」
「お二方、私の台詞を聞いて…………」
止める間もなく外に飛び出していった二人を見てスロウはため息をつく。頭痛を堪えるかのような苦い表情を見てマーシュは苦笑する。
「あはははは…………」
「仕方ありませんね。あの二人の事は置いて、私達は先に休むとしましょう。では湯殿にでも参りましょうか」
「そうですね」
着替えを持って風呂に向かうとマーシュの後に続いてスロウが男湯に入って来ようとした。
「あれ? スロウさん、女湯は向こうですよ」
「いえ、私は男ですので」
「…………え?」
予想外の言葉に動揺していると脱衣所でスロウは服を脱ぎだし、その下にある象徴を惜しげもなく露わにした。
「え? え? ええええええええええ!?」
「マーシュ様、大きな声を出さないでくださいませ。周りに迷惑ですわよ」
「えっ!? いや、だってそんな重要な事聞かされて驚かない方が無理ですよ!」
「別に隠していたわけではございませんし、テル様はもう知っていますよ」
「知らなかったの僕だけなんですか!? どうして教えてくれないんですか!」
するとスロウは当然のように言った。
「だってお聞きになられませんでしたし」
「いや、もう、だって、なんて言ったらいいんでしょうか…………」
「マーシュ様、服をお脱がせしましょうか?」
「いいい、いや! 自分で出来ます!」
流石に先ほどまで女だと思っていた人物にそんな事をされては、男だと分かっても恥ずかしく感じてしまう。まして顔は美女そのものなのだ。
もし興奮などしてしまったら真っ当な人間ではいられなくなってしまう。
「ンクククク…………何をそんなに動揺しておられるのですか。召使いに服を脱がせてもらうなど普通の事ではございませんか」
「確かにそうですけど…………」
おずおずと服を脱ぎだしたマーシュは腰に布を巻こうとするが、スロウの手が素早く動き奪い取られてしまう。
「マーシュ様、湯殿に布を入れてはいけませんよ」
「は、入る時には外しますよ。だから…………」
「だから?」
爬虫類のようなスロウの獰猛な瞳を見るとマーシュは本能的に怯えてしまって何も言い返せなくなってしまう。
「す、スロウさん。な、なんか様子がおかしくないですか? どうしちゃったんですか?」
「何もおかしくはございませんよ。さあ、お背中をお流しします」
強制的に椅子に座らせられたマーシュは背後から感じる獣のような息遣いに恐怖を覚え、身を縮こまらせる。
「少年の吸いつくような心地よい肌。ああ、いつまでも触れていたくなる…………じゅるり。っといけません。よだれが」
「ひっひぃ…………」
「鳥肌…………。おっと失礼しました。湯をかけなければ寒いですわね。今、熱いのをたっぷりとかけてあげますからご安心なさってくださいね。その後は私がめくるめく快楽の世界へといざなってさしあげましょう…………ンククククク!」
この後、何をされるのかを悟ったマーシュは祈るように呟きを漏らした。
(た、助けてくださいミカさん!)
すると瞬間、
「は?」
何か砲弾のような物が通り道にある物全てをなぎ倒して光の速さでスロウを殴り飛ばした。
そして、それは焼き鳥の串を片手に持ってもぐもぐと口を動かしている。
「おい大丈夫か、マーシュ」
「ミカさん!」
「悪かったな、ショタコン変態女装男と二人っきりにしちまってよ」
殴り飛ばされたスロウは折れた仕切りの木の板の向こうから無傷で帰ってくる。
その目は狂気に満ちて爛々と輝いている。
「聞き捨てなりませんわね、我が悪魔。美しい物に憧れるのはごく自然な事ですわ。つまり少年愛は普通! 天から与えられしこの実りを享受する事を許さないというのなら、やはりあなたは悪魔! 悪に魅入られたマーシュ様を私めが御救いせねば!」
「ひぃぃぃぃぃ!」
「別にお前の国じゃショタコンがそれほど珍しくないのは認めるけどよ、襲う相手は選べやこの色ボケ!」
「も、もう辛抱たまりませんわぁ、いいからしゃぶらせてくださいませぇぇぇぇ!」
スロウはどこからともなく漆黒の剣を取りだすと指輪を剣に変えたミカと激しく打ち合う。
「ンクククク! 腕をあげましたわね、我が悪魔!」
「そりゃどうも……っと!」
目にも止まらぬ高速の打ち合いに段々とエネルギーのような物がドーム状に蓄積していく。
それが徐々に増大していくのを見たマーシュはたまらず逃げ出す。
「うわああああああああ!」
その刹那、膨大なエネルギーが爆発を起こし、辺り一体を吹き飛ばした。
白くなる意識の中でマーシュはスロウの前で肌を晒すのは絶対に避けようと誓った。
そして、テルは扉の壊れた酒場で酔っぱらってコブシの利いた演歌を歌っていた。




