レッスンと致しましょうか
翌日、早々と街を発ったミカ達は中央都市『アラカトラル』へと進路を定める。
本来はマーシュ達の安全の為に根回しを完了した後で向かう予定だったが、敵の裏が繋がっていると分かった今、そんな余裕もなくなり無理にでも向かう必要が出てきた。
「正直、慎重さが裏目に出たな。根回しと換金は後にしてさっさと向かっておくのが正解だったか。キツイ旅になるかもしれないが勘弁してくれよ」
「絡め手を使おうとするからこうなるのじゃ。まあ、気遣いは感謝するがの」
「ふーん。やけに素直だな。悪いモンでも食ったか?」
「貴様と同じ物じゃ。余は愛刀を取り戻したから機嫌が良いのじゃ。少々の無礼は大目に見てやろうぞ」
「やれやれ…………」
呆れたようにミカがふぅ、とため息をついた所でマーシュは聞いた。
「アラカトラル……噂以上の事は知りませんがどんな所なんですか?」
「立地的に攻めにくいトコ。川とか沼地で防御されてる上に平地だから奇襲不可。おまけに独自の物資輸送ルートまであるから兵糧攻めも厳しいね」
「いえ、そういう事ではなく…………」
「じゃあ、観光スポットか? そうだな、美術館には行った方がいいな。インテリぶりたいならな。レストランは身なりが高級そうじゃないと手を抜く三流店があるから気を付けろ。バーガーショップには一度行った方がいい、あそこくらいでしかこの世界ではまともバーガー食えないからな」
「あの、そういう事じゃなくてですね」
「………………わーったよ。分かってるんだ、お前の聞きたい事はな」
観念したようにミカは言う。
「敗戦国への扱いは人道的だよ。少なくとも見えてる部分はね。裏側ってのはどこも同じだからな、それはどうしようもない。……これでいいか?」
「……ありがとうございます」
「侵略者共はおそらく大陸統一を狙ってるだろうし、戦争は避けられないだろうな。その戦いに勝てたならお前らをいち早く保護できたアラカトラルがリーダーシップを取る事になるだろう。一応、お前らを敗戦国のトップにするように根回ししとくからあまり心配しなくていいよ」
「貴様にそこまでの発言力があるのか?」
「そらもう私が大声を出したら雲どころか山だって吹き飛んでいくぜ」
「はっ、それは頼もしいな。せいぜい期待せんでおこう」
その時、ミカ達の乗っていた馬車が不意に森の中で止まった。
「どうしたスロウ、羊の横断にでも出くわしたか?」
「賊に囲まれたようですわ」
「なるほど、山羊に出会ったというわけか」
馬車から飛び出したミカは賊のリーダーらしい柄の悪いアゴヒゲの男の前へと躍り出た。
「おい賊共、私が誰だか知っているのかい? レディ・ガガだ。怪我したくなかったらさっさと帰ンな」
「はぁ? 寝ぼけた事言ってるんじゃ…………て、テメェは!」
「ん? どこかで会った事ある?」
アゴヒゲの男は激怒して言う。
「とぼけてんじゃねぇ! テメェのせいであの王子を捕まえ損なったんだ。そのせいで彼女にはふられるし、職は失うし、詐欺はばれるし、虫歯は痛むし散々だ! ここで会ったが百年目! その落とし前、つけさせてもらうぜ!」
「すがすがしいまでの逆恨みですわね」
「あー……駄目だ、思い出せない。ねぇ、マーシュ。覚えてる?」
「ちょっ、ミカさん。話しかけないでくださいよ。僕が居る事がばれたら大変な事に…………」
「お前はあの時の王子じゃねぇか!」
「うわーん、ばれたぁ。ミカさんのばかぁ!」
「私は馬鹿じゃねぇ! 雑魚の見分けがつかないだけだ!」
「誰が雑魚だ! 俺はサコトップだ!」
「ザコトップ!?」
「サコトップだ!」
男は苛立ったように叫ぶ。
「先生! 出番ですぜ! あの生意気な女をやっちゃってください!」
「な、なんじゃ。森が揺れておる」
鳥達が慌ただしく飛び立ち、木々のなぎ倒される音、重い地響きが段々と近づいてくる。
それが突然途絶えたかと思った瞬間、空に陰りが出て衝撃と共に目の前に巨体が現れた。
「GAAAAAAA!」
「……! ゴーレムか! 山賊風情が持つには少々凶悪だな!」
苔むした岩の怪物を前にミカは指輪を剣に変え、皆を庇うように前に出る。だが、予想とは異なりテルがその隣に立つ。
「貴様のナマクラでは奴に太刀打ちできまい。ここは余に任せよ」
「出来るのか?」
ニィとテルは笑う。
「見せつけてやろうぞ!」
鞘より解放された鉄が陽光を受けて煌めく。
大の男ですらよろめきかねない重厚を軽々と片手で扱い、構えを取る。
「くろがね、こがね、あかがね、しろがね。どうせやるならこんな感じにしなしゃんせ!」
刀が振るわれ、巨大な石の手と激しくぶつかり合う。
重量差など知らぬとばかりに力任せに打ち付ける。
「ゴーレムと真正面から打ち合うとはなんという怪力…………」
「それだけじゃないな。重力か体重いじってんだ。そうじゃなきゃ当たり負ける」
ミカは剣を指輪に戻すと鼻をくんくんと鳴らし始めた。やがて何かを見つけ出すと呟きを漏らす。
「スロウ、私はゴーレムを操っている術者を潰してくる。ここは任せたぜ」
「承りましたわ、我が悪魔」
その姿が一瞬で消失し、砂埃が風に舞った。
いかに魔術で気配を遮断しようとも、その臭いまで消し去る事はできない。
猟犬ですら感知できない僅かな臭いだとしてもその鼻は鋭く嗅ぎ分けて追跡を可能とする。
「さて、マーシュ様。レッスンと致しましょうか」
「スロウさん、こんな時に何を…………!?」
「こんな時だからです。今日は『殺さずに相手を打ち負かす戦い方』をお教えします」
スロウは語る。
「単に人を殺してはならないと神父のように嘯くつもりはございません。私めらはそんなに信心深くはありませんもの。しかし、それでも『人を殺してはならない』と言いますわ。なぜなら、人を容易く殺す者は全てを殺しによって解決しようとするからです。あの騎士崩れ共をご覧ください。他の働き場があったでしょうにこうして賊となった。殺し奪う事の容易さに溺れてしまったからです。私達とて人を殺める事はある。しかし、それは今ではありません。何故こんな話をするか、マーシュ様なら分かりますね?」
マーシュは昨日の自分の提案を思い出した。敵の装備を略奪し自分の物とする。
その行為と目の前の賊達の醜態を見比べて恥ずかしい気持ちになった。
「僕は…………」
「羞恥を感じるのなら私はもう何も言いません。マーシュ様の判断は正しい物でした。しかし、正しいだけで良いのかと時には考えてみてください。我が王のようになられないためにも」
「スロウさん?」
「……いえ、なんでもございませんわ。賊を片づけましょう。援護をお願いします、マーシュ様」
「はい」
スロウがひのきの棒を構え、襲いかかってきた賊を返り討ちにした。
マーシュも魔導書を構え、魔法を唱えて援護する。
戦力的にはスロウ一人で容易く迎撃できる相手だが、今必要なのは力ではなく戦う意思であった。
「女子ども相手に何やってやがる!? さっさと殺せ!」
圧倒的な力を見せるスロウを前にして統制の欠片もない群れは軋み始め、それはゴーレムの崩壊と共に砕けた。
「ゴーレムがやられた…………? ば、化け物だぁ!」
「か、勝てるわけがねぇー! こんなんやってられっか!」
「逃げろ逃げろー!」
「あっ! こら待て!」
決壊したダムのように溢れだした恐怖のままに武器を捨てて賊達は逃げ出す。
それを見たサコトップはスロウ達を睨み、憎々しげに言い放つ。
「くっ、くそぉ! 覚えてろぉぉぉぉ!」
「余に覚えてもらおうなどとは百年早い! 顔を洗って出直せ!」
テルが賊の逃げ惑う姿を見て高笑いをしていると茂みが蠢き、そこからミカが現れた。
もぐもぐと帰り道で取ってきたらしい野苺をほおばりながら呑気に呟く。
「あー、疲れた疲れた」
ミカは周囲を見渡して意外そうに言う。
「あれ? 殺さなかったんだ」
「ミカさん?」
物騒な台詞にぎょっとした顔になるマーシュを見てミカは語る。
「あーゆー騎士崩れってのはね。生かしておいても周辺の村荒らすし殺しておいた方がいいのよ。ま、変に恨み買うのも嫌だしそーゆーのは国がやるべきだけどね。そもそも政治が悪いのが原因なんだからさ」
「…………」
「いや、別に私は殺す気はないよ。周辺の村がどうなろうと知ったこっちゃないし」
「ミカさん!」
耐えきれなくなったように叫ぶマーシュにミカは淡々と告げる。
「私は正義の味方じゃないよ。悪党殺して平和になるなんてそんな単純な事があるもんか。生きるってのは残酷なんだ。綺麗事じゃ済まないんだよ」
「…………僕はどうしたらいいんですか?」
「そんなん誰にも分からん。だが、私達はお前より年上でお前より長い時間それを考えている。その行動の中から自分なりの答えを探せよ。スロウは私と違って周辺の村がどうなってもいいから賊を見逃したんじゃない。なら、そこにヒントがあるさ」
「………………」
マーシュはスロウを見て口を開き、何かを言いかけて口を閉じた。
聞いても納得する答えは得られないだろう。
その言葉の意味を理解するために必要な物を今の自分は持ち合わせていないのだから。
「ふん、まどろっこしい奴らめ。強いから生きて弱いから死ぬ。それだけの事じゃ。善も悪も無い。理屈をこねまわしている暇があるなら兵法の一つでも学んだ方が為じゃ」
「これだから島国出身は…………。地続きだとそんな簡単にいかないんだよ」
「知らんな。ほれ、さっさと馬車を走らせんか。全く、とんだ道草じゃ」




