第十七話「コインランドリーと小説」
こんにちは、オロボ46です。
前回は公園で工事が行われており、寝床が確保出来なかったのですが......
それでは、どうぞ。
グルングルングルン
洗濯機の中に入れた衣服たちが、円を描くように回っている。
自分はアオヒコさんと共に、汚れた服を洗うためにコインランドリーに来ていた。サカノさんは、寝床を確保するためにホテルにいる。
自分は冒険小説を読んでいたが、時々回りながら洗濯されている服が気になってそちらに目を向けていた。
研究所にいた時は、そもそも洗濯という言葉は小説の中の言葉だと思っていて、その小説の中でも意味はよくわからなかった。実際に自分の検査服の洗濯をしていたのは、研究所の博士か助手だったと思う。
外の世界から出た後も、実際にコインランドリーに服を入れるのはこれが初めてだった。そんな自分を、アオヒコさんはコインランドリーの使い方について丁寧に教えてくれた。
「しかし、あいつの名前......なんだっけな......」
アオヒコさんは何かを思い出すように呟いた。自分は口を動かさずにアオヒコさんにどうしたのかを訪ねた。
「実はじいさんと一緒に銭湯に入った時に面白いおっさんがいたんだ。そいつも旅人で、じいさんの知り合いらしいんだ。いろんな旅の話を聞けたんだがよ......そいつの名前を聞き取れなかったんだよなあ。気になるならじいさんに聞いてみろよ」
自分はそのつもりだという意味で頷くと、再び小説に目を通した。
「それにしてもよ、本の小説を読む奴なんて初めて見たぜ」
その言葉が気になって、なぜかと聞いてみる。
「今はわざわざ分厚い本で読むやつはいない。みんなスマホで見ているぜ」
そう言いながらアオヒコさんは手のひらの大きさの機械を取り出した。それがスマホという物なのかと問う。
「通称スマートフォン。こいつで遠くの知り合いと会話したり、写真を取ったり......使い道は膨大にあるんだぜ」
アオヒコさんはスマホについている画面を指で押したりなぞったりしていると、画面をこちらがわに向けた。
その画面には文章が写っていた。それも、今自分が読んでいる冒険小説のとある場面のところの文章が......
「それ、少し前に大ヒットした冒険小説だろ? 今はスマホで見れるから、紙の本はほとんど発行されていないんだよな。荷物になるし、どこかで売ったらどうだ? マニアに売れるぜ」
確かに荷物にはなると思うが、売ることは決してないと伝えた。
あのページをめくる時の期待、緊張、めくった先にある驚き、そして感動......それを平面をなぞるだけですむなんて考えられない......
その感覚の長所をひたすら伝え続けて、ふとアオヒコさんの顔を見てようやくそれを止めた。あまりにも自分が興奮し過ぎてしまったためか、アオヒコさんが話に置いてきぼりになっているように口を開いていたからだ。
サカノさんが戻ってきたので、自分たちはホテルへと向かった。サカノさんによると、公園で寝床を確保できなかった旅人のために宿代を割引しているらしい。サカノさんは受付の人に二つ受けとった。
エレベーターと呼ばれる乗り物に乗り、ホテルの8階のまですぐについた。"812"と書かれた扉の前の廊下でサカノさんからひとつの鍵を受け取る。
「わしとアオヒコくんはこの812号室、ユウちゃんはそこの813号室で寝るんじゃ」
サカノさんが指した方向を見ると、そこには"813"と書かれた扉があった。渡された鍵にはタグが付いており、そこにも"813"と書かれていた。
「そっか......ユウ、女だからなあ......」
アオヒコさんがボソリと呟いた。自分はなぜ同じ部屋じゃないのかと尋ねると、二人は気まずそうな顔をして答えてくれなかった。
813号室の中、青いリュックサックを机の上に置いた。そして、部屋の鍵を閉める前にベットに腰かけて気持ちを整理する。
コンコン
突然、ドアからノックの音が聞こえた。
「すみません......先ほどこの部屋にお泊まりになったお客さまの忘れ物を取りに来ましたが......」
ノックの後で聞こえてきたのは男性の声だった。自分はドアを開けて男性を中に通した。その男の人は、下の階で働いていた従業員と同じく、清潔な服装をしている。サカノさんは、この服を着た男性のことをホテルマンと言っていた。
ホテルマンは部屋の中を探し回ると、「すみません」と呼んできた。
「そこの隙間に落ちているようなんですが......私では取れなくて......」
ホテルマンはテレビと机の間の隙間を指差していた。自分はその隙間を覗く。
......? 何もない。忘れ物どころかチリひとつも落ちてない......
ポキリ
右足から奇妙な音がした。そして、それは例えようもない大きな痛みとなって伝わってきた。
「おやおや、やはり実験体には声帯が無いようですね。処置が楽で助かります」
後ろでホテルマンの不気味な呟きが聞こえた。自分はすぐに助けを求めるために、サカノさんたちに伝えようとした。しかし、痛みの大きさでうまく自分の力......超能力が使えない。
もし自分が声を持っていたら、悲鳴で助けを求めることが出来たのかもしれない。いや、もしかしたら悲鳴すらうまく出せなかっただろうか?
自分の体はホテルマンによって仰向けにされた。
その時のホテルマンの表情は、とても幸福そうな笑顔だった。
いかがでしたか?
次回もお楽しみに!