{第1話】白い部屋の中で
ここは「白い部屋」と言う他無い空間。
広さは6×6mほどでこれといった特徴は無い、ただ四方に白い壁があるのみである。
壁は発光こそはしているのだろう、この発光すら無ければ此処は「黒い部屋」のはずだ。まあそれよりは幾らかマシだ、完全な暗闇は精神衛生上あまりよろしくない。もっとも、すでに闇を忘れかけているが。
僕は、何日の間いるのかこそ既に忘れかけているがこの「白い部屋」に閉じ込められている。
分かっている事は数日前、気がついたら白い部屋の中にいた、というだけ。
それ以外の事は分からない。初日から、記憶がまるで昨夜見た夢のように抜け落ちているのである。
…いや、昨夜見た夢の方がまだ頭に残っている。夢の中でしか誰かに会えないのだから。
それも、「たったひとり」の少女にしか会えない。
「ゆめ」という少女
夢の中で出逢うから、そう名付けた。
彼女が名乗った事はない。
彼女にだけ、夢の中で出会うことができる。なんと、この部屋に閉じ込められてから毎日夢を見て、彼女に会っている。
無論、夢だから後から「ゆめ」と話していた事を思い出すのだが…
僕は頭がおかしいのか?
無理もない、記憶を失くした上こんな部屋に閉じ込められたら気が触れない人間の方が少ないだろう…
いいや、そう言う意味ではなく。僕は純粋に頭がおかしいのかもしれない、この世界にいると言うのは妄想であって本当は夢の途中か何かなのかもしれない。
起きたら全て忘れて元どおり。なんて事もあるのかもしれない。
まあ、その「元」は忘れてしまったんだけどね。
僕「あーあ」
部屋を見渡す、見えるのは白い壁と床のみ
それとの対比で自分の肌の色、爪のピンク色が鮮やかに映える
僕「暇だなあ」
パニックは1日目で飽きた、絶望するのもそろそろ飽きた。そのうち人間でいる事も飽きて神にでもなれるのでは無いだろうか。
この空間の特殊なところは、何処か人智を超えているところだ。
当然僕は人間だ。少なくとも6日間ほど水を摂取しなければ死んでしまうし腹立って減る、はずなんだ。
だけどこの空間の中では腹も減らず、喉も乾かない、この効果だけならノーベル賞ものだ
…
つまらない冗談だ、でもこんな事を考える余裕はあると考えるとまだまだ僕の気は触れていないはずだ。どんな時もユーモアを忘れてはいけないものだね。
この空間は、つまらないが正直楽だ、働きもせずただ寝ているだけで全て事足りてしまう。記憶こそ抜け落ちているが現代社会はいかに疲れるかの概念は覚えている。なんだろう…僕は現実に疲れて自殺でもしたのか?それとも気が触れたのだろうか?まあ、とにかく気楽で居心地自体は悪くない。
ユーモアは一旦置いといて、この空間の奇妙さのおかげで絶望どころかこんな怠惰な希望すら覚えている自分がいる事に最近は落胆している。
・・・しかし一人は辛い、一人でいるとやはり話し相手が欲しくなる
何億年ボタン?だっけか、そんな漫画があった。その漫画も僕と同じような状況に置かれることになるのだがその主人公は途中で妄想彼女を創り出す。
なぜこんなくだらない事は覚えているのだろう、名前すら覚えていないのに。
僕「さて、続きを始めるか」
「タルパ 」を知っているだろうか
先程、妄想彼女と言ったが妄想にも色々ある。軽度のものから重度の精神疾患に至るまでの妄想まで、様々な妄想がある。統合失調症患者などが陥る重度の妄想は現実に反映され、幻覚や幻聴、幻触などといった症状になる、それを意図的に引き起こしなおかつコントロールしようという魂胆を持って創られる存在、それなタルパだ
僕はこの空間で暇つぶしに、それは「タルパ」を創り出す事だ。先程の漫画の妄想彼女よりも強烈な存在らしい、実際強烈である。
メカニズムとしては頭の中にもう一人の人格を作り出し、現実に反映して一人、もしくは複数の人間を想像により作り出す・・・らしい、詳しくは知らない。というか何故知っているかも覚えていない。
「タルパ 」と言う言葉には馴染みがないので言い換えてみる。「人口生命体」や「自己催眠術」とでもいかにも高次元的な存在の様に扱うか、もしくは「寂しがり屋の現実逃避」もしくは「セルフ統合失調症」とネガティブな物にするかは迷う。
とにかく僕はタルパを作っている、モデルとなっている人物は先程の「ゆめ」だ
何しろ彼女しか他の人間が思い浮かばない、記憶が無いのだから仕方ない。
別に彼女に好意を持っているとかそう言うわけではない。まあ、定義こそは忘れてしまったが顔は少なくとも美人、僕の好みであるけれどね。
彼女と恋仲になるような夢を見た覚えはないので彼女を創る、というのは何処か毛恥ずかしいがとにかく僕は話し相手が欲しいのだ、可能かどうかはやったことが無いので分からないが、とりあえずやるだけやってみよう。
という軽い気持ちで確か2日ほど前から僕は「ゆめ」を現実にしようとしている