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Extra story

 ルイはトリスメギストス本邸の書斎に通された。


 セクトリアは夏真っ盛りだというのに、クレモネスの西ゼクストパオムの青い空はずいぶんと高い。すでに秋の空だ。


 ルイは一人、用意されたお茶を片手に、仕事の資料に目を通していた。

 ――力の魔女の死亡。それに伴う戦力の補充と各班のスケジュール調整。

 それと、異端審問室副室長アルエットの見つからない履歴。


 誰が隠したのか? それとも、ルージュ・ルートグラスのように元々存在しないのか?

 そんなことを考えていると、書類の文字から目が滑る。

 今は魔女討伐における戦力の見直しを第一に考えねばと首を振ると、階下から足音が登って来る。しかもすさまじい勢いで。


「はぁあああああああ! 仕事に殺されるぅうううう!!」


 絶叫に近い声を上げながら部屋に入ってきたのは、部屋の主であるフランツだった。

 彼はそのまま床に膝をついて頭を()(むし)る。


 ルイが治療を受けていた頃は短かった髪も、今では伸ばされているが、どこまでが寝癖でどこからがクセ毛なのかわからない。


「本当に無能ばっかり! 時間の無駄! 少しくらい平均寿命伸びたからって余裕こいてるの? 人生なんてあっという間なんだよ!」


 ひとしきり叫んだところで、フランツはルイの斜め向かいの椅子に腰を下ろし、深く身を沈めた。


 赤い宝石のついた棒ネクタイを付けているが、相変わらず白いシャツの胸元ははだけている。そして、相変わらず両の手には手枷(てかせ)


 ルイが治療を受け、シャルフリヒター・ベーテンが完成してから十二年の時が過ぎていたが、フランツは背が伸びるだけで中身はほとんど変わらない。


「そんなに忙しいなら別な日にすればよかったな」


 一人がけのソファに沈んでいるフランツに対し、ルイはティーカップを片手に言う。


「むしろ呼んでくれてありがとう。予定があるって言わないと本当に抜けてこれないんだ」


 黒いワンピースに白いエプロンドレスを付けたメイドが、新しいお茶とフランツ用に茶菓子として色とりどりのマカロンやマドレーヌを置いて静かに部屋を後にする。


「で、うちの子は元気にしてる? 最近音沙汰(おとさた)がなかったから少し心配してたんだ」


 お茶に砂糖をこれでもかと入れ、マカロンを頬張りながらフランツは言う。


「ああ、今回初めてスピアを使った」


 ルイはシャルフリヒター・ベーテンの入ったトランクをそのままフランツに渡す。

 彼は膝の上でトランクを開け、先端のスピアに触れる。


「試し打ちでも構わないから使ってあげたほうがいいよ。その方が武器としての成長は早いからね。今回も特に目立った損傷はなさそうだね」


 目を閉じ、トランクに収めるため、分解したパーツの一つ一つに触れて破損個所がないか確かめながらフランツは言う。


「たださ、前も言ったけど、もう十年以上使ってるだろ? そろそろ改造とかしてみない?」

「改造したらどうなる?」


 ルイは眉をひそめて聞く。


「使用者のオーダーにお応えするのがボクの仕事なわけだが、そうだねぇ……火でも出してみよう――」

「却下だ」


 ルイはきっぱり断る。


「火炎武器とか男の子の(あこが)れだよ!?」


 新しく注がれたお茶をすすりながらルイは思った。

 ――大丈夫か、この国?


「ところで、」


 トランクを閉じながらフランツがルイに尋ねる。


「痩せた?」


 フランツに聞かれて少し考えるようにルイは首をかしげる。


「痩せるようなことは……」


 いや、よく考えればここ最近はゆっくり休んでいる暇もなかった。

 今回の休暇だって、個人的には「力の魔女」を死なせてしまったための謹慎(きんしん)だ。いない間のことは副隊長のヴィンセントに頼んでいる。


「そういえば」


 半年ほど前のことか。

 突如(とつじょ)として聖階段騎士団の第三階位の座を与えられたホムンクルスのことを思い出した。


「なあ、ホムンクルスとか、名前を言えばわかったりするか?」

「ホムンクルスねぇ」


 ちょうどよく冷めた茶を啜り、フランツは首をかしげる。


「名前って言っても、そのホムンクルスの所有者が勝手につけたりするからなあ。でもホムンクルスにもランクがあってね、Sランクくらいは始めから『名前持ち』だったりするから、それならわかるかな。一覧表もあるはず」

「シリウスという、たぶん男性型だと思うんだが――」


 刹那(せつな)、フランツは手にしていたティーカップを床に叩きつけた。

 ティーカップは毛足の長いカーペットの上で跳ねるが、その取っ手部分は簡単に割れてとれてしまった。


「……どうした?」


 ルイが目を丸めているなか、フランツはうつむいたまま、片手で頭を掻き毟る。


「シリウス、ああ、シリウスね。皇帝の王冠星。その名前のホムンクルスはこの世に一体しか存在しないよ」


 頭から離れた手、指先には血がにじんでいる。

 ルイを見つめる目にはかつての殺気が満ちている。


「アレはSランクじゃないよ、SSランク。不可能とされた双子のホムンクルスの成功例の片割れだよ」

「量産型とは違うのか?」


 ホムンクルス製造にあたって必要不可欠な感覚球、これをコピーすることで、双子どころか、五つ子も造ることが可能だったはずだが。


「前に話したけどね、一個の感覚球を卵子と仮定した場合、そこから双子が生まれるということは感覚球が二つに分かれるということ。すなわちスペックが二分の一になるから、ホムンクルスとしてはランク落ちの扱いになるんだよ」


 そう言って、フランツは椅子から立ち上がり、背後の本棚の背表紙を指でなぞる。


「……つまり、シリウスの場合はそのランク落ちしなかったホムンクルスということか?」

「それだけじゃないよ」


 一冊のファイルを本棚から引き出す。


「確かにシリウスは性別が不安定な不良品とは言われてるけど、それでもAクラスよりも断然性能が上だ。なにより、同じ感覚球から生まれた片割れがメスだったんだよ」


 フランツは、ルイの前に手にしていたファイルを投げ出す。


「同じ感覚球から生まれた双子なのに性別が違う。これ、どういうことかわかる?」


 ルイの前に投げ出されたファイルにはシリウスの基本スペックが書かれた紙と、その隣に一緒に生まれたであろうメスのホムンクルスの資料も挟まっていた。


「俺は生物学には(うと)いんだが?」

「賢者でもなぜ一つの感覚球から生まれた双子のスペックがどちらもSクラスで性別が違うのか頭をひねったみたいだけど、今のホムンクルス製造の基礎を作ったのは、ボクより何人か前のトリスメギストス当主だからね、その時の資料を読んでたからなんとなく予想はできたよ」


 オスのシリウスに対し、メスはスピカ。聖女の祈り手の星。


「シリウスとスピカ製造に使われた感覚球は、感覚球なんかじゃない。本物に近い魂を生み出したんだ。本当の魂なら感覚球以上の情報量を持っている。だから、それが分かれてオスとメスが生まれてもまったく不思議はないよ。それで、二人合わせてSSランクの称号を獲得したんだよ」


 そこまで言って、腕組みをしながらため息をつくフランツ。

 その表情からまだ苛立(いらだ)ちは消えていない。


「なんで、そんなに怒ってるんだ?」


 フランツが専門とするのは外科手術と感染症、それとメルクリウスの扱いとIO武器製造。

 ホムンクルスはフランツの専門分野ではない。


「……賢者の中で、一番高い位にあるのは紫って前に言ったよね?」

「ああ」


 炉心の質と、研究結果から賢者は七つの位に分けられる。

 そして、一番高い位である紫はフランツの実父――アウグスト・ゲシュペンストシャーフ・ホーエンハイム・トアポラールシュテルン、ただ一人だと。

 フランツはテーブルの上から紫色のマカロンを摘まみ上げて噛み砕く。


「賢人会議がさ、勝手に無色の位を造りだしたのさ。今の皇帝フィルラデウス四世のためにさ」


 フィルラデウス四世と言えば、二十代半ばで即位し、イースクリートとの戦争を終わらせた賢王としても名高い。


 以前、フランツは語っていた。

 ――賢者は政治に関与してはいけない。

 ただ、それでは賢者に対する迫害(はくがい)が始まる。だから、皇帝だけは賢者でなければならない。


「王宮のやつら、ずっと皇太子は具合が悪いって隠してたんだよ。それが、突然人前に姿を見せたと思えばとんでもない化け物でさ、すべて測定不可能だって」

「お前のメルクリウスでも勝てないのか?」

「……ボクは、こうして常にメルクリウスを身につけてる。だけど、アイツはその場ですぐにメルクリウスを錬成できるはずだよ」


 フランツは「たまんないね」と言って、書類が山積みとなった机に腰を預ける。


「アイツ一人で事足りてしまうんだよ。今までの賢者の努力とかそういうのガン無視。全ての賢者に対する冒涜(ぼうとく)が今の皇帝だ。ところで、どこでシリウスの名前を知ったんだ?」


 フランツの情報をまとめると、自分はよくあの場で生き残れたなと思う。


「今、セクトリアにいる。聖階段騎士団の第三階位だ」

「へぇ、じゃあ今から殺しに行こうか?」

物騒(ぶっそう)なことはやめてくれ。ただでさえ魔女だっているんだからな。一度接敵したが、とても勝てるとは思えなかった」

「その子を使ったの?」

「ああ、呼んだだけだったが、剣は交わしていない」


 フランツは机から身体を離すと、テーブルに広げられたファイルをもう一度手にして、何やら考えるように目を細める。


「……それは、不幸中の幸いかもしれないね」

「どういうことだ?」

「彼の武器もインテリジェンス・オブジェクトだ。それも皇帝が錬成したもの。二本持ってなかった?」

「ああ、確か」

「もし、刃が黒かったら、少しかすっただけでもその子は分解するよ」


 かすっただけで?


「最新型はなんでもありだよ。もし、そのホムンクルスと戦うっていうならその子を作り直したいところなんだけどな」

「そう言われても……、今の状態で慣れてしまったからな」

「表面に分解防止用のプロテクトを張るだけでもだいぶ違うよ」

「分解?」

「白い方はミニムム・フライハイト、黒い方はマクスィムム・フェッセルン。どちらも形は一緒。だけど、マクスィムム・フェッセルンには錬金術の分解が機能として備わってる。だけど、所詮は使用者も武器も疑似炉心だから、何度も分解は行えないと思う」


 分解、錬金術のそれは原子レベルで粉々にされる。


「そういえば、武器で思い出したんだけどさ」


 ファイルをパタンと閉じ、さっきまで発していた殺気をかき消すようにフランツは言う。


「セクトリアにその子以外のインテリジェンス・オブジェクトを輸出してるね。作ったのはローゼンクロイツの現当主か、弟子だったか」


 シャルフリヒター・ベーテン級の武器がもう一機、セクトリアに――


「マスターは?」

「そこまではチェックしなかったなあ。でも送り先と名前は知ってるよ」


 すでに普段のフランツの笑みが戻ってきている。


「送り先は聖階段騎士団。名前はヴェヒター・ハイリヒ」


 ルイは、勘弁してくれよと頭の中で呟き、いまだに消えない右こめかみの傷跡をさする。

 

 ヴェヒター・ハイリヒ――神聖の番人


 セクトリアは今後どうなっていくのだ?


これにて「処刑人の祈り ――魔女博物館」完結となります。

「魔女博物館」の続編プロットはすでに完成しているのですが、間にまったく別な話を挟みたいなと思ってプロット練っているところです。


ブックマークや評価点、感想ありがとうございました。

連載終わってもアクセスいただけると、励みになります。

どうぞよろしくお願いします。

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