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真実はいつだって等しく残酷で

 警備隊も味方かわからない。

 特に指名手配書が出回っているわけではないが、ルイは北を目指した。


 北の大国クレモネス。


 その外周は工業廃棄物や空気汚染された森で、貧民層が多く住んでいるという。

 それが本当なら隠れるにはもってこいなのかもしれない。

 ただ、汚染がどれほどのものかだ。

 どれくらい隠れていなければならないのかわからない。

 それを考えると住処を確保したほうがいいだろう。

 となれば、首都エアストパオムを囲う五つの都市のどこかに……。


「ねぇ、ルイ」


 王都からだいぶ離れ、民家も見当たらない森の中を走っていると、メアリが声をかけてきた。


「どうした? あ、馬は初めてだっただろ? 具合でも悪いのか?」

「そうじゃないの」


 メアリはルイよりも身長が高いため、顔の位置が近かった。

 風を切って走っていても彼女の声は良く聞こえた。


「教えて、父さんと、母さんがどんなふうに死んでいたか」

「……大丈夫か?」


 メアリが乱心するとは考えられないが、あの惨状(さんじょう)を伝えるのはためらわれた。

 だが、このぶんだと当分は両親を(とむら)うことはできない。もしかしたら、勝手に遺体を処理されて、一生弔うこともできないかもしれない。

 だとしたら、ありのままを教えたほうがいいとルイは判断した。


「玄関の前で、御者が死んでた。その奥で、女の使用人が二人。一人は……胴体と下半身が完全に切り離されていた。もう一人は、首に何かで締め付けられたような跡があった」

「……母さんよ」


 耳元でメアリが囁く。「それが母さんの能力よ」


 魔女の能力は、一人に付き一つと決まっている。


「母さんの能力は『縛る』ことよ」

「縄とか、ひも状のものを操って縛るんじゃなくて?」


 先日の任務で遭遇した魔女は棒を操って、人を串刺しにしていた。

 ルイの質問に、メアリは彼には見えないだろうが、自然と首を横に振っていた。


「道具なんて必要ないの。ただ、縛りたいと思う物に対して念じるだけで力が発動する。たぶん、……胴体が切り離されていたのは力の暴走に近いと思う」

「力をコントロールすることができないということか?」

「そう。能力の使い方は誰かが教えてくれるわけじゃないから」


 言われてみれば、魔女同士でコミュニティを形成していたという話は聞いたことがない。

 魔女は先天的、もしくは後天的に能力に目覚める。

 遺伝は関係なく、能力を持って生まれる。ある者は、突然能力に目覚める。

 魔女を産んで助けてくれる人や機関もなければ、力の使い方を教えてくれる人もいない。

 探したところで、自身が魔女だとばれるだけ。


 ばれた魔女は殺されるか、昨日の少女のように、村ぐるみで迫害(はくがい)され――彼女は、監禁されていたのではないだろうか?

 それくらいしか対処のしようがないのだ。

 よく考えれば、魔女とどう接すればいいのかまったくわからないのだ。

 本来、魔女をどう扱うか考えるのは異端審問室ではないのか? 聖騎士になって彼らと行動を共にする機会は増えたが、ただ殺すばかり。

 殺してもまた生まれてくる。


 この国は最初から魔女の国だったのだ。

 なのに、魔女に関して真剣に向き合おうとしなかった。

 すべてのことの原因は、魔女に関してプロフェッショナルでなければならないところの異端審問室にあるのではないだろうか?

 そう思うと、数日前の一件の怒りが再び()き起こってくる。


「父さんと、母さんは?」


 メアリの言葉で、意識が引き戻される。

 ルイは素直に答える。


「二人の様子は……、何があったのかよくわからないんだ。おじさんは、(はり)にロープをかけて首を吊って死んでた。おばさんは胸をナイフで刺されていた。たぶん、出血性ショック死だと思うが、すまない、詳しく二人の様子を見ている余裕がなくて」

「ううん、それだけで十分」


 メアリは静かに言って、しばらく口を閉ざす。


「おじさんが首を吊ってたのって、ロープが使われてたことから、自殺とみて……間違いないのかな?」

「ええ、たぶん。父さんは自ら命を絶ったんだと思う」


 自ら命を絶つ。

 それは聖職者となったルイに禁じられた行為。

 いや、職など関係ない。誰であれ、自ら命を絶つなんて、そんなこと許してはいけない。


「でも、君の家は聖職者でなくとも教徒だったんだろ? だったら自殺は罪になるんじゃないのか?」


 いつも優しかったおじさん。

 それでいてギルベルトの成績が悪かったら自主学習をさせたりと、厳しい面も持ち合わせていた。

 そんな人が進んで掟を破るだろうか?

 その問いに、メアリは答える。


「父さんは、自分を罰したかったんだと思う」

「なぜ?」

「たぶん、母さんを殺したのは父さんだと思うから。父さんは、すごく頑張ってた。母さんが魔女だって知れないように、使用人にも知れないように自分で面倒みたり。心の病気だって偽ったり。もしかしたら、使用人の誰かが母さんが能力を使うのを見てしまったのかもしれない。それで、みんな脅えて、パニックになったんだと思うの。

 母さんは構わず能力を振ったんだと思う。そして、逃げ出した使用人の誰かが異端審問官に通報したのかもしれない」

「たった一回、能力を振るわれただけで」

「たった一回でも、人を簡単に殺せるような能力だもの。ただ、歳のせいかは知らない。一度能力を使うと、母さんは何日も寝込むようになったの。だから、今回もそうだと思う。能力を使った反動で気を失った母さんを、父さんは苦しまないように殺したんだと思う。そして、自分も殺した。父さんの人生は……結婚してからの人生は、母さんに捧げたようなものよ」


 腰に回されたメアリの腕。力がかかり、ルイは引き寄せられる。


「父さんが、母さんが魔女だと気づいたのは結婚してから。それでも、父さんは母さんから逃げ出すようなことはなかった。本当に愛していたのよ。大事にしてた。だけどね、二人の間にできた子供を殺したことだけは、父さん、許せなかったんだと思う」


 メアリの口から語られる事実に、ルイは目を見開く。

 生きていれば、ギルベルトとヴィンセントの姉になるはずだった二人の娘。

 「死んだ」というのは、病気かなにかだと思っていた。

 ただ、「メアリのことを殺そうとしていた」、何年の前、二人きりの時、メアリの口から出た言葉。


「なぜ、君のお母さんは――」


 この時、メアリが話の主導権を握っていた。

 ルイはメアリから言わされているのだ。

 その質問をするように求められているのだ。

 会話の流れ。自然と口をついて出る言葉。


「君を殺そうとしたんだ?」


 メアリから求められて発した質問だったが、彼女はしばらくの間、無言だった。

 馬が足を蹴る音が虚しく響く。

 ルーマルク邸を発ってから一時間以上は経っただろうか。

 あと一時間ほど、今の速度で走っていればクレモネスとの国境にたどり着ける。

 クレモネスに入国してしまえば安全なはず。


「――だから、」

「え?」


 メアリの口から発せられた言葉。

 風切り音に邪魔されて耳に届かなかった。もしくは、ルイがその言葉の意味を(こば)んだのか。


「ルイ、私はどこにも行けないわ。セクトリアからは出られない。だから、逃げても無駄なの」

「メアリ、なにを――」


 脳裏に浮かぶ、「魔女は国境を越えられない」という文字。


 鼓動が高鳴(たかな)る。

 そんなはずはないと全力で否定した。

 だが、ルイが否定したところで事実は変わらない。

 それはルイではなく、メアリが一生抱えなければならないことだから。

 誰かが身代わりになってやることもできない真実。


「私も、魔女だもの」


 その声は、笑っていた。

 自嘲(じちょう)ではない。本当に悲しげだった。


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