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希望は神の手の中に

   *


 ヤブ医者に殺されかけた――本人には殺す気は一切なかったらしいので、ルイの勝手な被害妄想である――あの夜から、戦い方についてレクチャーを受けていた。

 

 心の奥では再び剣をとるという気持ちは固まっていなかった。

 だが、ヤブ医者にナイフを突きつけられたときの恐怖。

 純粋に死にたくない、生きたいと感じた。

 あれは、今にして思えばヤブ医者の粗療法だったのではないかと思う。


 医者は、戦術はもちろんのことながら、人体の新しい知識、「ラプラスの幽霊」という新たな概念。持っている知識を惜しみなく与えてくれた。


「別に、持ってて減るものではないし」


 ヤブ医者はキッパリ言う。


 ルイが戦い方を学ぶのは、生きたいという希望。そして、罪のない魔女を守りたいという願い。

 魔女も普通の人間も変わらない。

 罪を犯した者のみ裁かれるべきなのだ。


 ――人々の考え方を変えなければならない。そのためには何が必要だ? 自分にできることはなんだ? 


 過去には戻れない。

 道の先には多くの試練が待ち構えている。

 そんな時、本の英雄はどうした?

 ハウエルはどんな話を聞かせた?

 人々の願い、夢、奇蹟、勇気、痛み、悲しみ、別れ、絶望、苦悩、挫折、野望、欲望。

 この世界を作った神は希望を人には与えなかった。

 希望は神が預かった。

 だから人々は希望を手に入れようと手を伸ばすのだ。

 届かないとわかっていても。

 そのあがきは無駄ではないと。

 希望を手に入れてしまえば、この足は止まってしまう。

 届かないから、つかめないからいい。そんなものがこの世界にはある。




「除染装置、『IrLS(イリス)』のことは知ってるかな?」


 病院ではない。

 ヤブ医者の本当の住まいだという屋敷の、その地下。

 その(しょく)(だい)の蝋燭に、ヤブ医者は火を灯しながらルイに問う。

 冷たい石の壁に触れながら、ルイは答える。


「ああ、名前だけなら」

「実のところ、名前は後付なんだ。イリスという、お父さんの弟子が作った装置なんだ。

 Intelligence repair loop system、Rにはrecycleとrainという意味も含まれている」


 少し肌寒いその部屋の壁には、薬品や機材が保管された棚や図面台。

 中央には鉄製の大きな箱があった。

 ヤブ医者はその大きな箱に手を置きながら話を続ける。


「でもね、それを造るにあたって、ボクらには別の情報が与えられてたんだ。――賢者とは、体の中に錬成用の炉心を持っている。その炉心を人工的に造りだし、賢者でない者でも錬金術を扱える装置を造ろうって、始めはそんな話だった」

「実際、そんなことが可能なのか?」


 ヤブ医者は肩をすくめる。


「理論的には可能だろうけども、今の技術では足りないものが多すぎる。たとえば高速で十桁以上の値の四則計算を行える機械とかね。ヒトの脳を越えたものが必要となる」

「途方もない話だな」

「だけど、人の手助けをする程度のものならば作れる。人間と動物の違いは道具を使う、道具を作るところにある。始め、IrLSの製造はIO計画と呼ばれていた」

「IO?」

「Intelligence object計画、知性を兼ね備えた道具って意味」

「……お前が腕につけてる、その水銀みたいなものとは違うのか?」


 ルイは、ヤブ医者の手首にはまった手枷を指差す。


「ああ、これに近いね。ただこれは、ボクの言うことしか聞かないし、錬金術師しか扱えない。でも、インテリジェンス・オブジェクトとはそういうことなんだ。使用者の意志を反映する。まあ、すべてを自動化することは不可能だけど、アシストやサポートはできる。それを造りだすことはできたんだ。ただし、武器としてね」


 ヤブ医者は手枷(てかせ)の鎖を鳴らしてみせる。


「結局ね、技術の進歩は戦争と(つな)がってるんだ。今、この国とイースクリートは冷戦状態。それもそろそろ終わると思う。だけど、いざという時のための保険としてね、これだけの力があると見せつけたいんだ。力を見せる。伝わりやすいのは破壊行為だろ? 

 国からの予算を得るために、IrLSの生みの親は(いつわ)りの計画書を提出した。そして、その偽りから着想(ちゃくそう)を得て、インテリジェンスオブジェクトという武器を産みだした。賢者って、実のところ、愚か者なんじゃないかって思うんだよね」

「……で、私をここまで連れてきた理由はなんだ?」


 馬車に揺られて一時間程度だろうか?

 話しだけなら病院でも済むはずだ。

 ヤブ医者はあからさまなため息をついて言う。


「君って、これ以上は強くなれないと思うんだよね」

「ずいぶんとハッキリと言うんだな」


 言われなくとも、そんなことはわかっている。

 もう怪我は完治していても、老いが力を奪っていくだろう。


「ボクね、君のことが好きなんだ。いや、好きになった、かな?」

「……私にそういう趣味はない」

「え、どういうこと?」

「わかっててからかってるだろ!」

「照れ隠しだって言葉の裏読んでよね。ま、実のところ君がどういう経緯でボクのところに運ばれてきたのか、セクトリアで何があったのか、――これは現在進行形かな? 手助けしてあげようかな~ってね」


 そう言って、ヤブ医者は腕を組み、横目でルイに視線を投げかける。

 現在進行形。

 今まさに、人が殺されているかもしれないのだ。

 だからそれを止めに行って来い、身体の怪我は完治したから。

 だけど、心の傷はどうにもならない。自分でどうにかしろ。だけど、松葉(まつば)(づえ)くらいはあげる。そう言っているのだ。


 結局は戦うしかないのかと、ルイは天を仰ぐ。

 無骨(ぶこつ)な石の天井は、何も言ってはくれない。


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