再会の間に咲く緋色の花
徐々(じょじょ)に強くなる焼け焦げた臭いと異臭にルイは咳き込む。
「こりゃ酷いな」
三頭の馬と、三人の騎士。
先頭を行く、第四階位ダマスの顔のシワがより一層深くなる。
林を抜けた先に広がっていたのは、建物の半分が焼け落ちた集落。そして、たくさんの木の棒がそこらじゅうに突き刺さっていた。
「大丈夫? ルイ君」
並走していた第九階位シフリードが馬を寄せて訪ねる。
「大丈夫です」
ルイが聖階段騎士団に入って一年が過ぎていた。
階段騎士の階位は、勝ち抜き戦によって決まる。
階段の下から上へ、各階の守護者である騎士を倒しながら上階を目指す。
八の次、七は空位だったので、飛ばして第六階位には敗れた。
よって、元々八階位であったシフリードと第九階位、二人の位は下がって、十二から八までは欠員のない状態になった。
今は、七、三、一が不在だ。
もし、席が埋まっている十二から八までの間に新たに団員加わるようなことがあれば、第八位の位であるルイが第七位に上がることになるかもしれないが、第四階位のダマスは「この騎士団は不人気だからそう人は増えねぇよ」と豪快に笑い、不人気な騎士団にやって来たルイを歓迎した。
シフリードも、自分の階位が下がったことを特に気にするふうでもなく、勝ったルイに対して「おめでとう」と微笑んだ。
団員数九名。
両手で数えられるだけの人数なのに、階位決め以降、会わない団員が多かった。
聖階段騎士団は基本的に自由なのだそうだ。
熱心に訓練に付き合ってくれたのは、ルイが入団する前から訓練馬鹿と仲間内で呼ばれていたダマスだ。
シフリードは第二階位、現状トップであり団長のハルステン・マルスフロワの事務作業の補佐役として騎士団本部に毎日顔を出していた。
他の六人はどこで何をしているのかよくわからなかった。
ハルステンの説明によると、最近の「魔女」が絡む暴動や事件に対し、本来対処すべき異端審問室に十分な戦力がないため、残りは交代制で異端審問室の仕事を手伝わせているのだという。
そちらの部隊が王都で起きている暴動の鎮圧のために席を外しているため、急遽召集されたルイたちは馬を駆り、聖都から離れた南の集落にやって来た。
集落の中で動く黒い影。
それは黒い制服に身を包んだ異端審問官だ。
――まだ魔女が潜んでいる可能性が高い。
それで聖階段騎士団が呼ばれたのだ。
集落の手前で馬から降り、手ごろな樹に手綱を縛り付ける。
「で、どうします? ダマスさん?」
ダマスは階段騎士団の中でも年長者だ。
もう四十になるというのにまだ戦っている。
辛くないのか? というルイの質問に対し「戦う以外にやることがねぇんだ」とダマスはこたえた。
シフリードはおっとりしているところが、どことなくヴィンセントに似ている。
髪の色はダークグレーで、その点は異なる。
「どうしますって、連中に聞くしかねぇだろ」
そう言って、ダマスは無精髭を生やしたままの顎で集落の方を指す。
連中、つまり異端審問官だ。
同じ教会の機関だというのに、異端審問官と聖階段騎士団の間には溝があるように思えた。
どちらも、どちらに対してもさほど協力的ではないのだ。
その理由は、団長のハルステンにあるのかと思ったが、そうでもなさそうだった。
異端審問室にはギルベルトとヴィンセントがいる。
会う機会があればそれとなく聞こうと思っていたのだが、ついぞ会えないまま一年が過ぎた。
「あいつらとは、お前が話ししろよ」
集落に足を向けながら、ダマスはシフリードに言って大きな欠伸をする。
まだ夜は明けたばかりだ。
集落の外まで木の棒は立っていた。
それは、人の背から生えていた。
「今回の魔女は『突き刺し』か?」
「『串刺し』かもしれませんよ?」
苦悶の表情を浮かべ、絶命した男の遺体に対しそれぞれ取り出したクロスで印を宙に刻み、死後の安寧を祈る。
「ルイ君、大丈夫?」
「はい、」
遺体は見慣れた。だが、やはり遺体の顔を見ることに抵抗があった。
「おう、子供は無理すんな。無理しても給料は上がらねぇぞ」
「大丈夫です! だから子供呼ばわりはやめてください!」
「ああ、わりぃわりぃ」
そのセリフを何度聞いたことだろうか。
踵を返し、三人でまとまって歩く階段騎士に気が付いた異端審問官が駆け寄ってくる。
「遅かったじゃないか」
審問官のその男は、年上であるダマスに対して開口一発、不満を垂らす。
それにルイはムッとするが、シフリードは「いつものことですよ」と言ってなだめる。
「そりゃ悪かったな。こっちにも魔女の情報を流してくれるともう少し早く動けるんだがな」
と、わざとらしく耳をかきながらダマスは言う。「で、今回の魔女の能力の把握は済んでるのか?」
「たぶん、刺す能力だろう」
「たぶん?」
ダマスの眉根が吊り上る。
「そんな不確定な情報じゃこっちもあんたらの命守るどころか、こっちの身もあぶねぇじゃねぇか」
「しかたないだろ。こっちにも魔女の能力に関する資料が回って来てないんだ!」
魔女の能力に関する資料。
今までにその存在を確認した魔女の記録。
同時期に同じ能力を持つ魔女が現れるということは滅多にないらしいが、過去に現れた魔女と同じ能力を持った魔女が現れるというケースは多いらしい。
魔女と戦うにあたって、その資料が何よりも重要となる。
しかし、教会側はその資料の閲覧を許可していない。
過去に存在した魔女の能力を確かめるためだとしても、閲覧許可申請が必要らしい。
シフリードは冷静に口を開く。
「私たちが見た限りでも『刺す』能力で間違いないと思うのですが、生存者はいないのですか?」
シフリードの言葉に、その審問官はばつが悪そうに視線をそらす。
「この状態で生きてる人間がいると思うか?」
半壊した建物、完全に焼け落ちた家屋。
いたるところに突き刺さった木の棒。
それに刺されて絶命してる人々。
老若男女関係なく。
「まだ魔女が潜んでいる可能性が高いって話は、どこから出て来たんだ?」
異端審問官の言葉に、明らかな苛立ちが感じられる。
「第一報を受けて周囲の街道を警備隊に固めてもらった。この村から逃げてきたという人間はいたが、魔女らしき人間は含まれていなかった」
「埒があかないな」
ダマスは頭をかきながら、異端審問官に背を向ける。
魔女は能力を発動させなければ普通の人間だ。
なのにどうして見分けられたと言うのだろうか?
異端審問官もわかっているはずだ。
もしかしたら見逃した、逃亡させてしまった可能性がある。
「とりあえず、こっちでも付近を捜索させてもらうぞ。――シフリード、お前は異端審問官たちの護衛につけ」
「了解」
「ルイ、お前は俺と来い」
「わかりました」
返事をしながら、腰ベルトにぶら下げた剣の留め具を外す。
いつでも抜刀できるように。
何人程度の集落だったかはわからない。多く見積もっても百人程度だろう。
そこらじゅうに死体が転がっている。
木の棒に貫かれてもすぐには死ねなかったのだろう。地面を掻き毟った跡が残されている。
「……これだけの木の棒、どこから集めたんでしょう?」
それほど太くはない、切りっぱなしで余計な枝を切り落とした木の棒。
雨風にさらされた跡もあり、「殺すために作った」というよりは、「元々あったものを使った」という感じだ。
「そりゃあたぶん、あれだろうな」
ダマスは畑の畝など関係なく踏み入り、集落の端へと移動する。
彼が見つめる足元。そこには木の棒と同じ太さの深い穴が開いている。
「この魔女は集落の周りを囲っていた柵を分解して杭にして刺し殺したんだろうな」
「そんなことをしてたら誰かに見つかるんじゃないんですか?」
「ん?」
ダマスは懐から取り出した紙煙草に火を付けながら、こちらに視線を投げかける。
「お前、……そうか、実際に魔女が能力を使うところは見たことがないんだったな」
「はい」
基本的に、異端審問室に呼ばれて動く階段騎士。たどり着いた時にはすべて終わっていることのほうが多い。
異端審問室でも、多少の戦力は保持しているようだ。
「ダマスさんは見たことがあるんですか?」
「あるぜ」
煙草を口から放し、細い煙を吐き出す。
「手なんか使わねぇんだ。たとえばこの『刺す』魔女の場合は、『刺す』とイメージするだけで人を殺したはずだ。たまたま、それに適したのだ柵で、柵の方も勝手に分解して、人を刺し貫いたんだろう」
煙草を早々に地面に投げ捨て、しゃがみ込んで引きちぎられた縄を持ち上げる。
刹那。
ルイは咄嗟に剣を振りかざす。同時に、手に伝わってくる衝撃。
斬ったのは木の棒だ。
それは呆気なく地面に落ちる。
「大丈夫か!?」
同時に、ダマスも抜刀する。
「どっちの方角から飛んできたかわかるか?」
「いえ、でもこの場合……」
ルイの視線の先には半壊した家屋。
「審問官の目は節穴か?」
ダマスは思いっきり指笛を鳴らす。
すぐさまシフリードが駆け寄ってくる。
「どうしました?」
「魔女が出た。やっこさん、まだ殺したりないようだ。来たぞ!」
視線の先から五本の木が、その切っ先をこちらに向けて飛んでくる。
三人でそれぞれ叩き落とす。
騒ぎに気付いた異端審問官たちもこちらに駆け寄ってくるが――
「馬鹿! 来るな!」
その首に木が突き刺さる。
審問官は、自身の首に刺さった木の棒に触れ、驚愕に震えてその場に倒れる。
「あれはもう助からねぇ」
ダマスを先頭に、魔女がいるであろう家屋に向かって走る。
木で作られた壁、そこに、こけおどしだろうが、斬撃を叩き込む。
中にいた人物はそれに驚いたのだろう。
簡単に外に飛び出してきた。
その姿に、ルイは目を見張る。
十歳程度の少女だった。
赤毛混じりの髪はぼさぼさで、身につけている服もボロボロ。
そして、彼女自身、その細い腕にあざや細かい傷が見受けられた。
「確保だ!」
ダマスの声で現実に引き戻される。
元々足を怪我しているのか、少女の走りはおぼつかない。
少女は簡単にシフリードの手によって捕えられた。
「はなして!」
少女は両腕で抱えられても、なおも逃げようと暴れる。
「大人しくしてっ、少し話が聞きたいだけなんだ!」
「うそよ! あたしを殺すんでしょ! いやよ!」
ふと、恐怖の香りがルイの鼻をかすめる。
それは少女から発せられているものではない。
聖騎士三人――いや、少女を取り囲むようにゾロゾロと歩み寄る異端審問官から発せられるものだった。
それぞれが、護身用のナイフや、そこらで拾ったであろう木の棒や、斧を手にしている。
「おいお前ら! いくら異端審問官だろうと魔女は裁判で――」
「知るか!」
一人の男が少女に向かって石を投げつける。
しかしそれは少女には当たらず、シフリードの腕に当たっただけだ。
だが、それが起爆剤となった。
地面に突き刺さっていた木の棒が、勝手に宙に浮く。刺さっていた死体は自重で地面に落下する。
「あたしは悪くない! みんながあたしをいじめるから! だから!!」
一斉にそれらは地面に突き刺さる。
集まった異端審問官を串刺しにして。
「シフリード! そいつを放せ!」
ダマスの声で空を見上げれば、シフリードの頭上に木の棒が立って、狙いを定めている。
少女は、自分が傷つくこともお構いなしだ。
「くそっ」
シフリードは少女を放し、降ってきた木の棒を剣で薙ぎ払う。
再び、少女はヨロヨロと走り出す。
「どうして? あたしは悪くない…、なのにみんないじめるから、魔女っていじめるからっ!」
嗚咽交じりに少女は独白する。
きっと体の傷は、彼女が殺した人々から与えられたものだろう。
魔女だと言って、子供も大人も彼女に石を投げつけたんだ。
実際に魔女だとしても、その能力を隠してみんなと同じように生きようとしていたにも関わらず。
――彼女の犯した罪は重い。だけど、彼女に人殺しをさせたのは周りの環境だ。
「ルイ!」
ダマスの言葉を無視し、もう一度少女を捕まえる――いや、保護し助けるために手を伸ばす。
だが――
「なっ!」
それは一瞬の出来事だった。
少女の目の前を一閃の黒い風が横切った。
それはまるで死神が振りかざす鎌のような一撃だった。
少女の胸から舞い上がる血しぶきは後ろからでも見て取れた。
少女は力なく、地面に崩れ落ちる。
「助け、て……かみ、さま……」
抱え上げ、止血を試みたところで、少女は呼吸を止め、心臓も動くのを止めた。
湧き上がる怒りを、少女の遺体を抱きしめて抑え込もうとするが、こらえきれない。
目の前に平然とたたずむ影はルイを見下ろしている。
「ギルベルト……」
「その子はもうダメだよ。彼女に似合う罰は死だ」
かつてのギルベルトとは思えない凍てついた目。
彼は剣に付いた血を振り払うと、鞘に戻し、静かにその場を後にした。




