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人々の幸せのための鎹の在り処

 夏の青空の下、色とりどりの花びらが舞い散る。

 白い服の二人を祝福するために。

 二人で歩む道にたくさんの花が咲くように。

 色とりどりの想いで、二人の今後の人生が埋め尽くされるように。




 ルイは二人の様子を教会の片隅から見守っていた。

 兄にはあんなふうに言ったが、失恋に違いない。


「ずいぶんと大人しくなったね」


 そこに、同じように黒い修道服に似た制服に身を包んだヴィンセントが現れる。

 式の前に姿を確認していたが、話しをするのはかれこれ一年ぶり、神学校を卒業してから初めてのことだった。


「ギルベルトはどうした?」

「ギルはこういう祝い事が苦手なんだよ。あと、人が多く集まるところとか」


 記憶の中のギルベルトはそんなふうには見えないが。

 どちらかというと、ヴィンセントの方がそういった場を好まなそうだ。


「妹の結婚式なのにね」

「だよな」

「ところで、」


 ヴィンセントが、ポンポンと肩を叩いてくる。


「泣いた? 初恋の相手を奪われて泣いた?」


 彼の直球な質問に、ルイの顔が一気に赤くなる。


「な、なんで!」

「ルイって案外思ってること顔に出やすいからね」


 ハウエルにメアリのことが好きだったことが、ばれていたとしてまだ許せるが、ヴィンセントまで気づいていたとは思ってもいなかった。


「そのこと、ギルには言ってないだろうな?」

「え、僕はギルに言われて知ったんだけど」


 最悪だ。

 楽しかった幼少時代がルイにとって暗黒史になった瞬間だった。


「でもさ、お前の家、いいのか?」

「なにが?」


 ヴィンセントは制服の襟元を緩めながら聞き返してくる。


「だって、お前たちは聖職者で結婚できないだろ? メアリはうちに嫁いだし、家を継ぐ人間がいないじゃないか。それに、おじさんだって寂しいんじゃないか? あと、おばさんの世話とか」

(とつ)いだっていっても、歩いて往復できる距離だから寂しくないと思うよ。むしろ安心したんじゃない?」

「近くで?」

「いや、嫁いでさ」


 話が理解できず、ルイは眉間にシワを寄せる。

 ヴィンセントは飄々(ひょうひょう)と話を続ける。


「うちは母親があんな状態だからさ、婿をもらうのも難しいんだよ」

「おばさんの世話って、おじさんが全部こなしてるのか?」


 思い出す限り、病人の世話をするような使用人はいなかったはずだ。


「母はね、父さんと二人きりの時は普通なんだ。と言っても、父さんと結婚した時の記憶のまま。子供を産んだことは覚えてないんだ」


 新年にメアリから少し話を聞いたが、ヴィンセントたちの母親は何を恐れているのだろう?


「ルイはやっぱり優しいね」

「は?」

「あんなバケモノの姿を見ても、そのバケモノのことを心配してる」


 そう言い残し、ヴィンセントは人々の輪の中に戻っていった。


「バケモノ……か、」


 今でもたまに、夢であの光景を思い出し、飛び起きることがある。

 そのことは、誰にも言わず、黙っていた。




 その後、ルイはより一層学院の勉強と騎士養成所の訓練に(はげ)んだ。

 結婚式の三か月後、ルイの父親はハウエルに後のことを任せ、大臣を辞職する。それと同時に、ハウエルからの手紙は減ったが、ヴィンセントからちょくちょく手紙が送られてくるようになった。

 と言っても、二、三か月に一通程度。


 それから約二年後、ギルベルトとヴィンセントは異端審問官となる。


 さらにそれから二年後、ルイは晴れて聖階段騎士団に入団する。

 第八階位として。


 聖騎士になると決めた、聖騎士の存在を兄から聞かされた部屋は、手つかずのまま残されていた。


   *


 若い夫婦が周りからの祝福を一身に受けている頃、王宮の庭園。

 噴水の横、青い芝生の上に腰を下ろす二人の女性の姿があった。

 一人は、銀の長い髪をシニョンにした老貴婦人。もう一人は、飾りを一切付けない純白の髪を流れるままにした女性。

 二人とも、日傘をさし、まばゆい日差しの下で走り回る二人の少女を見つめていた。


 姉は座っている女性と同じ純白の髪、妹はカスタードクリームのような甘い金色の髪。

 どちらも瞳はエメラルド色の瞳。


 老貴婦人は、不意に零れ落ちた涙をハンカチでぬぐう。


「だめね。歳をとると、思い出しただけで簡単に涙が出てしまうわ」


 セクトリア王エディス十一世の妻エイレネは苦笑交じりに言う。

 簡単に涙が出るといっても、その涙を見せる相手はごく少数だ。

 隣に座るルージュ・ルートグラスはその、ごく少数に含まれる。


 ルージュはこのエイレネによって、行き倒れになっているところを助けられた。

 その際、自身が魔女であることを打ち明けても、エイレネは動じなかった。

 なぜあの時、エイレネが魔女である自分を助けたのか聞いたことがあったが、エイレネは「人助けに理由はない」と言った。強いて言えば、「娘に似ていたから」。


 そのルージュに似た娘は、目の前で走り回る二人の娘を残して死んでしまった。

 嫁ぎ先で生まれた娘だが、たまにこうして王宮へ遊びに来る。

 その姿を見て。幼い頃、元気だった頃の娘を出しては、涙を流すのだ。


「ねえ、ルージュ」


 エイレネの呼びかけに、ルージュは首をかしげる。


「この平穏は、いつまで続くのかしら?」


 南から、魔女と疑われた女性やその家族、親族が王宮へ保護を求めてやってくるようになった。

 国民を保護するのは王の務め。

 しかし、魔女の場合は、魔女かどうかを見極めなければならない。

 魔女を保護しているとなれば教会から糾弾される。それに、もっとたくさんの魔女が保護を求めてやって来るかもしれない。


 教会から文句を言われるのは構わない。だが、教会の後ろにはイースクリートという大国がついている。


「法治国家だというのに、(なげ)かわしいこと」


 エイレネはこめかみを押さえて首を横に振った。

 南の村が一つ、焼き尽くされた。

 事の収拾には異端審問室が動いているが、いくら魔女が絡んでいるとはいえ、国内で起きたこと。それに王室側が関与できないとはどういうことか。

 今も会議は続いている。

 もとはと言えば、魔女のことをすべて教会任せにしてしまった王政側が悪い。

 だが、今はそんな昔のことをいっている場合ではないはず。皆が力を合わせなければならないはず。

 言い争っている間にも、いつ事件が起きるともわからない。


「私は、とても無力な鍵です」


 ルージュは囁く。


「なんでも開けられるし、閉じられる。でも、この能力だけでこの国を変えることは難しい」


 少女たちの無垢な笑い声が辺りに響く。


「もっと、たくさんの能力を手に入れられれば、あるいは……」


 ――力でもって、力をねじ伏せる。


 ルージュは首を振ってうつむく。

 そんなことでは何の解決にもならない。

 魔女と人との(かすがい)となる何かが、この国には必要なのだ。


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