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カイブツとの邂逅

 学院に戻ると、いの一番に「俗世を忘れろ! 雑念を捨てろ!」と言われた。


 休みは終わった。新年の無礼講も終わり、気を引き締めろということだ。

 元の学院生活に戻るだけだが、こうも葉っぱをかけられては、逆にやる気が下がるのではないかとルイは新年始めの朝礼を聞きながら思った。欠伸(あくび)を噛みしめつつ。


 そんな欠伸どころか、舌を噛み切りそうな出会いが、二月に彼を待ち受けていた。




 聖ダルダ学院、および中央騎士養成所は、イースクリートの南西に位置するため、ルイの生家があるセクトリアの北よりは積雪が少ない。

 それでも、一月は雨が多く、養成所での訓練は室内で行われることが多かった。

 そして二月、数日前の雨でぬかるんだ屋外訓練所の土をならし終わり、乾いた頃を見計らったかのようなタイミングで、現れた。


 その日の訓練所は大いに()いていた。

 学院からの道は、養成所の裏口につながっており、屋内訓練所が目隠しとなって、正門側の屋外訓練所は見えない。

 それでも、その日ルイが講義を終えて訓練所の裏門をくぐると、訓練生たちの盛り上がりと、沈黙が交互に伝わってきた。


 それは大会の雰囲気に似ていた。


 新年早々、一月に屋内で講師陣による本気の模擬戦が行われた。

 お祭り行事のような物らしいが、模擬刀を手にする講師陣の目が「マジ」だった。


 普段は剣技を教える講師も、その時ばかりは得意の得物を手にし、同じ講師と技を競う。


 はっきり言って、講師陣のための(もよお)しだが、普段の訓練でどれだけ手を抜かれているのか一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。

 学院で声を張られるよりも、本物の戦いというものを見せられ、訓練生たちの気合は増した。

 逆にあんなふうに戦えるようになれる気がしないと、落ち込む者もいた。

 

 ルイの場合は前者だ。

 屋内訓練の場合、場所が狭まるので、一時間半おきにグループ交代で、訓練もいつもより早く切り上げられた。

 その空いた時間、ルイは寮に戻ると適当な場所を見つけ、筋肉トレーニングに励んだ。

 雨の日でも、視界が遮られるほどのものでなければ、ランニングをした。

 それは、屋外訓練場が使えるようになり、帰りが遅くなってからも続けた。


 その日、屋外訓練場の熱気は更衣室まで伝わってきた。

 誰もが慌ただしく着替えを済ませ、走って部屋を飛び出していく。

 イースクリートの偉い人か、もしくは有名な騎士の誰かが来ているのだろうか?

 ルイは淡々と身支度をする。

 昔からだが、実在する有名人にあまり興味がないのだ。

 セクトリア王のパレードの時だって、生で王様が見れたことよりも、本物の騎士を目にしたことに興奮を覚えた。

 たぶん、自分が目指す聖騎士にでも出会えば少しはテンションがあがるだろうかと考えてみるが、思い浮かぶのは、学院の無表情な教員たちの顔。

 あの堅苦しさには慣れたが、騎士団のメンバーもそんな感じだったら居心地が悪い。


 そもそも、騎士団とは何もないときは何をしているんだろうか?

 毎日訓練?

 ルイはどうでもいい想像をめぐらせながら、支度を済ませ、屋外訓練場へ。

 そこはすごい熱気と興奮の渦だった。

 いつもの汗臭くて埃臭い屋外訓練場とは思えなかった。

 誰もが手を止め、訓練場の中央で行われる一騎打ちの様子を見守っていた。

 それに対し、講師たちは叱りはしない。

 一緒になって、模擬戦を観戦していた。


 ――いや、講師が模擬戦の相手だった。


 午後組の講師の中でもリーダー格に当たる、坊主頭の長身の男。

 身軽さを優先したのか、そもそも、それが普段のスタイルなのか、防具のたぐいはすべて外していて、上は二月だというのに上半身は肌着一枚だ。

 どれだけ動き回ったのか、そんな薄着でも汗だくだ。

 手にしているのは、ポールアックスを模した訓練用だが、本来の重さで訓練させるために、木で造られた刃には鉄板が貼られている。


 対する相手も、防具のたぐいを身につけてはいなかった。

 ルイの場所からは後ろ姿しか見えない。

 黒く長い髪を一本に縛っている。

 遠めに見て、講師ほど汗をかいているように見えない。

 講師の方が押されているのだ。


「おいおい、訓練生にいいとこ見せるんじゃなかったのか?」


 審判役を務める若い講師が軽い口調で声を張る。


「こんなの、軽い準備運動だ!」


 それを掛け声に、講師は一歩踏み込み、相手に向かって横にポールアックスを薙ぐ。

 相手は、右から左へ、ほぼ百八十度に及ぶ斬撃に、後退で避けるのではなく、アックスの描く軌道にそって避ける。


 ――アックスの軌道を完全に予測しているのだ。


 アックスの動きが遅くなると同時に、その先端から、持ち手に向かって剣を盾にするように肉薄する。

 ポールアックス然り、槍などのメリットは敵を自身に近づけさせないこと。逆に、デメリットとして、間合いの内側に入られると身を守るものが何もないということ。


 リーチのエアポケット。


 黒髪の相手は何のためらいもなくその中に足を踏み入れる。

 同時に、ポールアックスの軌道が修正される。

 振りかぶりながら右手を支点として、左手で柄の部分を引き寄せる。

 間合いの内側に入ってきた相手、その背後を、柄を回転させて打撃を与えようとする。


 勝負の行方を見守っていた者の中には手で顔を覆う者もいた。

 しかし、アックス部分は宙を切る。


 黒髪は土でパンツが汚れるのをためらわずスライディングでアックスを避け、目標を見失った講師の背を軽く剣で突く。


 一瞬の沈黙。


 そこから怒号の歓声。

 その黒髪は、悔しがる講師に対し、相好を崩すこともせず。一礼をする。


「なっ、ありゃどう見てもカイブツだろ?」


 そう言って、ナヴが、肩に腕を乗せてくる。


「足は治ったのか?」

「俺の足なんてどうでもいいんだよ!」


 午前組のカイブツ。

 確かに、見た目はカイブツとは思えない。

 美人の部類に入るだろう。

 そんな彼女の周りに、対戦を申し込む訓練生が群がっていた。

 少しくらい休ませてあげればいいのに、とルイは心の中で思いつつ、訓練用の木刀を樽の中から抜き取る。


「お前って本当に冷めたところあるよな? すげーとか思わねぇのかよ?」

「すごいとは思う。だけど、」

「だけど?」


 木刀をゆっくり正面に構えながら、彼女の動きを頭の中でリフレインする。


 たぶん、身長差と得物の違いがネックだ。

 あと、あの講師の戦い方を熟知している。それであんな回避行動に移れた。

 講師の方も彼女の動きを予測していたはずだ。

 そうでなければ、神経が集中する背中に対してあんな打撃技、危なすぎて出来ない。


 そんな風に考えながら、振り上げた木刀を振り落す。

 それはピタッとウエストの位置で停止する。


「だけど、なんだよ?」

「いや、なんでも――」

「ルイ!」


 先ほど、審判役を務めていた若い講師に呼ばれて振り返る。

 振り返れば、彼の隣に黒髪のカイブツが立っている。


「おいおいおいおい、まさかのご指名ってやつかよ!?」

「さあな?」


 すぐに講師の元へ、小走りで向かう。


「なんですか?」

「イザベル――彼女が、自分より背が低い相手と戦ってみたいと言うんだ」


 そのイザベルに目を向けると、確かに、悔しいことに、彼女の方が少し背が高い。


「……そんなに変わらないと思うんですが」

「そうか?」


 講師は、数歩下がり、刹那。


「お前の方が五センチくらい小さいぞ」


 数字までハッキリ言われて、ルイは少しカチンときた。


「別にいいですけど、先に言っておくが、私は弱いからな」


 イザベルに向かって言うと、彼女は緋色の瞳を少し細めて言う。


「それを決めるのは私だ」


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