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プロローグ

  ルイは微睡(まどろ)みもなく、一瞬で覚醒(かくせい)した。

 だが、枕に沈んだ頭はぼんやりしているどころか、揺さぶられているような不安定感があった。

 

 身体を動かそうにもベッドに縛り付けられているかのようにまったく動かすことができない。唯一、指先はいくらか動かすことができた。

 覚醒と同時に襲ってくる不快感。

 冷や汗が額に浮かぶ。

 浅い呼吸を繰り返し、病院特有の匂いを感じながら絶望を知る。

 自分は、生き残ってしまったんだと。



 様子を見にきた若い女性に対し、ここはどこなのかと聞きたかったが、呂律(ろれつ)がおぼつかなかった。うまく喋ることができない。

 

 伝えたいこともはっきりと伝えられない事実に対する困惑は、今自身がどんな状況にあるのかという疑問につながった。

 

 白い天井に自分の姿が映るはずもない。

 首を動かすこともできず、眼球だけ動かして周りの様子も含め、いろんな情報を貪欲(どんよく)に入手しようとするが、徐々に内側から沸き起こってきた痛みによって中断させられた。

 身体の痛みに、なぜだか頭ははっきりしてくる。

 貧血のような浮遊感が続くよりは全然マシだ。

 

 やがて、こちらがなんのアクションも取らずとも医者が現れた。

 若い男だった。

 

 純白の髪で、染めているのか、ところどころに茶色い髪の束が混じっている。白衣の下の白いうなじが見えた。

 まるで、一度も外に出たことが無いような白さ。


「目が覚めたって言うから、もっと騒ぐとか暴れるとかするかと思ってたんだけど、さすがに身体がいうこときかないでしょ?」


 若い男は、細い注射器の針を腕に刺しながら聞いてくる。


 今まで会ったどんな医者とも違った。

 その若さもそうだが、医者らしくない。

 白衣の下にまとった黒いシャツに、黒いパンツ。全身黒づくめでまるで死神じゃないか。

 なにより、両手首にはめられた銀の腕輪はなんだ? アクセサリーのそれではない。あきらかに拘束用だ。


「今打ったのは鎮痛剤。傷を閉じるというのは案外乱暴な行為なんだよね。切り離された部分を力技で縫うんだからさ」


 中身のなくなった注射器を後ろに控えていた若い男に渡すと、医者は語り出す。


「痛みがある、それは神経が正常に機能している証拠。完治するまでもう少しその痛みと大人しく付き合ってね」


 そう言い残し、その場を去ろうとする医者を、まともに動かない舌と鳴ることを忘れた喉を必死に動かして呼び止める。


「あー、上手くしゃべれないでしょ? 君、かなり血を流してたから、一時的に脳が酸欠になった影響だよ。リハビリすればちゃんと元通りしゃべれるようになるよ。お金なら心配しないで。前払いでもらってるから。少し多めにね」


 医者は一方的に喋り、患者であるルイが言いたいことをほぼ理解しようともせず、部屋を後にする。

 第一印象は最悪だ。

 自分よりも十は歳下であろう、チャラチャラした風体の男。

 真っ先に頭に浮かんだのは「ヤブ医者」。

 のちにその正体を知ることになるが、関係ない。


   *


 地獄の季節があった。


 一部の女だけが特殊な能力に目覚めるセクトリア。

 そこで、処刑が日常茶飯事な時代があった。

 魔女と思われる人物を、司法の人間でもない、一般市民が殺すのだ。

 木の棒で殴りつけたり、石を投げつけたり、水に沈めたり。方法は様々だ。


 それはいつも大人数によって行われた。

 罪の分散、自分が殺したかわからないようにするための配慮(はいりょ)、自分が殺したんじゃないという死者に対する言い逃れ。

 大人数による暴力行為というのは、なかなか()にかなうものがある。


 精神が守られるのだ。


 誰もが自分じゃない、みんなでしたことだと言い、結束力を高め、それは大きな意志となって国内を吹き抜けた。


 魔女の保護を謳う王政側――貴族さえも、暴走してしまった大きな意志によって怪我を負う事件が起きた。

 魔女の根絶を謳う教会側でさえ、目に余る行為が繰り返され、魔女は保護を求め、王宮のあるセクトリアの北、帝都を目指した。


 逃れようとする者は、逃れようとするからこそ追われる。


 国民が勝手に行った魔女裁判によって国民の何割が処刑されたのか、公文書は残っていない。

 処刑は魔女の家族や親族、交友関係にも及んだ。

 魔女でなかった者たちのほうが圧倒的に多かった。


 そんな最中(さなか)、逃れようとして、魔女がその力を使い、一般人を殺してしまうという事件が起きてしまう。


 燃料は注がれた。薪の準備もできている。

 魔女に対する恐怖は、人々の感覚を麻痺(まひ)させた。

 恐怖を慰撫(いぶ)するための暴力の日々。

 このままでは国が亡びると、国は一切の私刑を禁じる法を作り、実行した。


 刑が執行されると、燃え上がる火は砂をかけたように一気に沈静化した。

 だが、種火は飛び散った。


 国内のいたるところでくすぶっている。いつ大火になっても不思議はない。

 教会は、王政派と一緒になり、異端審問室の機能の見直しに乗り出す。

 ただ魔女を処刑するだけの存在にすぎなかった異端審問室を、魔女を管理する機関へと作り変える。


 地獄の季節は終焉(しゅうえん)へと向かう。


 異端審問室とは、教会の一機関であり、聖職者によって構成されている。

 聖職者による殺傷行為は禁止されている。

 だが、魔女は「人外」として扱われ、これまでも処刑されてきた。


 しかし、聖職者は聖職者、戦士ではない。

 対魔女用の戦力として真っ先に選ばれたのは、当然のことながら魔女だった。


 ここから、魔女による魔女の処罰、同族殺しは始まる。

 これは、地獄の季節の終末の物語。

 語られることのない記録。

 生き残ったのは、復讐心だけ。


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