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Making stories  作者: 二色
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0.1 彼らの生活が平和である話

 一軒の白い家があった。汚れひとつとない、異様にも白い家が建っていた。その家には四人の青年が住んでいる。彼らの素性は誰にもわからない。彼らにしかわからない。


 リビングの中、ソファーにゆったりと座って優雅に紅茶を飲んでいる一人の青年。右手には文庫本がしっかりと持ってあった。茶色の長めの前髪が、彼の目を隠す。

 静寂が彼を包む。彼しか存在しない一室に、壁にかかっている花々がふわりと光る。本物と見間違えるほどそっくりな、ガラスでつくられた薔薇だった。精巧につくられた薔薇は鋭利なとげをもっており、触ってしまえば傷ができてしまうと思われるほどだ。青いバラが淡く光る。薔薇の下側にあるアジサイも青色に光った。

「ふわああ、あれ、まだ帰ってこないのか」

 欠伸をして顔を上げ、青く光る薔薇の方を見ながら茶色の髪色の青年は言った。琥珀色の目が青の光を映す。映した瞬間、花が朽ち果ててしまった。ガラス細工でできていた花たちは、砂のようにはらはらと落ちていく。それを見て彼はため息を吐きだす。

 面倒だなあ、そう呟いて、立ち上がり壁へと近づく。先ほど花があった場所には、茎と茨しか残っていない。葉まで朽ちてしまったようだ。彼は左手を壁にかざして、

「ただいま!!」

 大きな声で扉が開く音がした。またため息を出してあげていた手をおろし、玄関へと向かう。そこには青色の髪をした青年が立っていた。黒の衣をひらひらとさせて笑顔で回っている。子供のようだと彼は笑った。

「お帰り、りゅうくん」

「ただいまかっきー!聞いて聞いて!今日すごいことあったんだよ!」

 りゅうくん――竜澪である――と呼ばれた青年は、持っていた錫杖を振って彼にアピールする。彼――歌橘かきつ――は苦笑気味に危ないと告げる。何も言わずにリビングに入って行ったのを見て、竜澪も後を追っていく。

 白のティーポットを持ってソファーに座り、カップに紅茶を注いでいく。自分の分だけでなく、彼の分まで注ぐ。竜澪は錫杖を壁にかけて座りに行こうとした。壁に違和感があり、首を傾ける。行く前は、花があったような気がした。

「ねえ、壁にあった花どうしたの?枯れちゃった?」

「…まあ、そんなとこ。後でまたやっとくよ」

「うん、お願いね。こんな何もないとこだから、色があるものを置かないといけないしね」

 紅茶の中に角砂糖を一つ入れて、カップを口に近づける。そう、中まで白に統一されすぎた部屋に彼らはいるのだ。もともと住んでいたのは一人だけで、その人物は何にも興味を示さない人なので仕方ないと言えば仕方がない。そう歌橘は自分に言い聞かせる。

 彼の脳内には赤ずきんを連想させるような青年がいた。もう直に、帰ってくるだろう。彼が遅く帰ってくることなど、なかったのだから。

 手土産はあるのかと少々期待しながらも、視線の先には花瓶に入っている一輪の花がある。それ以外、歌橘は見ていなかった。その様子を見て竜澪は首を傾げて彼を呼ぶ。

「かっきー、話聞いてくれる?」

「あーうん、聞くよ、大丈夫だから、話していいよ」

「えー聞く気ないでしょ、今見てたところ、お花でしょ?あの子のことしか考えてないんだからーもう、かっきーほんとあの子好きだねえ」

 からかうような言い方をした。当の本人は、柔らかな微笑を浮かべて、そうかな、といって見せる。その様子が面白くなかったのか、竜澪は肩を落として息を吐いた。もう少し面白い反応をしてほしかった。一息おいて、話し始める。しっかりと目を見て言う。

「今日はある人に会ってきました」

「ある人? …ああ、あいつか」

 歌橘が顔をしかめる。共通の知り合いであり、竜澪にとっては友人のような存在であり、歌橘にとっては好感を持てない存在だ。つまり正反対の印象をお互いが持っている、共通の存在のことである。

 歌橘はティーカップを傾けて飲む。砂糖の甘みもない、紅茶の味だ。ひそかに、あとでコーヒーでも飲もうと思い、竜澪の方を静かに見る。竜澪はにこやかにして歌橘の方を見ている。面白そうに、楽しそうにしている。正直、彼にとってはどうでもいいことで、事実、今表情に出ている感情しかもっていないのだろう。

「あのねえ、あいつだって思うこともあるさ、そんなに嫌わなくてもね」

「あいつは俺の大事な人と一緒にいるんだぞ? うらやましいし、俺は、あの事を一切許していない」

 冷淡な声で言い放つ。それにため息を吐いて、彼は肩を落とした。それを聞くために言ったのではない。小さく、面白くないなあ、と呟いた。

「それはいいや。気にしないことにするよ。あ、そう言えばその子にもあったよ」

「えっ?! ほんとか?!」

「うん、かっきーのこと心配してたよ」

 微笑を浮かべて言う。歌橘は嬉しそうにうなずいて花瓶にある一輪の花を見つめる。あの子からもらった、たった一輪の花だからだ。それを大事そうに見つめていれば、竜澪が控えめに笑う。ほほえましい気持ちになるのだろう。しかし、竜澪にはその気持ちがあまり理解できなかった。

 背もたれに体を預けていると、扉の開く音がした。竜澪が体を起こして足早に玄関へと向かう。

「お帰りむってぃー! あれ、どうしたの」

「…ただいま」

 竜澪の元気な声の後に、低めの沈んだ声が聞こえて、歌橘は苦笑を浮かべる。竜澪の後にリビングに入ってきたのは、赤いフードを深めにがぶった青年だ。フードをとり、空いた場所に座る。金色の髪にサファイアのような目をけだるげに細める。左耳に付けている、橙色の月のピアスが少し揺れていた。表情も暗い。

 歌橘は立ち上がって、彼の分のティーカップを持ってくる。

「おかえりむっちゃん。今日はいつも以上に死んだ顔になってるよ」

「…悪い、甘いのをくれないか」

「了解」

 疲れたような顔のまま、彼は歌橘に言う。思惑顔をして、紅茶はやめてあげようと歌橘はキッチンへと入っていく。深く腰掛けて長い息を吐く。

 これは大変だ。竜澪は口元をひきつらせながら思う。もともと白い肌が青白くなっている。

「むってぃー、どうしたの顔色悪いよ」

「…ああ、まあ、あそこは、だめだった」

 とぎれとぎれに話し出す。サファイアのような目が閉じられた。綺麗な宝石が閉じられてしまった。竜澪は青年を正面から見て、微笑む。寒気が走るほどに美しく。

「ねえ、霧灯むとう。吐き出しなさいな」

 青い目が薄くなり、アクアマリンのように淡くきらめいた。薄く微笑む姿は先ほどの元気な雰囲気を忘れさせるほど、気味悪かった。霧灯と呼ばれた彼は目を少しだけ開けて竜澪を見た後、再び目を閉じる。まるで何かを思い出すような、または忘れようとしているかのような様子だった。

 口を開きかけて、やめた。両手の指を絡めるように握る。目を開けて竜澪を見た。

「…お前、いきなりそういうのやめた方がいい」

「えー?なんでさあ、いつもの俺だよお?」

「威圧感があるんだよ、虚欺うつぎとは違ったな」

 苦虫を噛み潰したような表情をして霧灯は言う。竜澪は声を上げて笑ってから、促す。言い辛そうに霧灯は目線を下に向けて口を開いた。

「あの子が、いたんだ」

「うん」

「でも、付き合ってるやつがいるらしくて」

「うん」

「…しにたい」

 それだけ言って顔を覆った。彼にも歌橘と同じように愛している子がいる。その子と誰かが付き合っているのを聞いたのか、又は見てしまったのか、相当精神的にやられたらしい。竜澪はそういう気持ちはわからないなあ、と思うが言葉にしない。同時に歌橘の方が理解してくれるだろうとも思った。

 キッチンの方から少し大きめのカップを持って歌橘が戻ってきた。できたての湯気がふわふわと漂っている。それを霧灯へと差し出す。

「むっちゃん、ココアだよ、それ飲んで少しは落ち着きなよ。…気持ちはわかるから」

「悪いな、助かる」

 受け取ってゆっくりと口をつける。無表情でココアを飲む姿に竜澪は笑ってしまう。いつも見る光景なのだが、なれない。甘いのが好きならば表情に出せばいいのにと思ってしまう。

 ああ、と思い出したかのように声を出した霧灯に歌橘は首を傾げた。

「歌橘の子、お前に会いたそうだった」

「…ほんと? ほんとに?!」

「本当。お前のこと聞いてきたから。会えばいいだろうと言ったら、よくわからないができたら会いたいって」

「やった、じゃあ今度会いに行こうかな」

 嬉しそうに顔を綻ばせる歌橘を見て、うなずいた。自分と同じようになってほしくないという思いが出ている。竜澪はそんな光景を見て長い息を吐き出す。自分のことは二の次にする姿勢が、少しばかり気に食わない。それを口に出したことは一度もない。

 玄関が開く音がした。やっと全員そろった。嬉しそうに竜澪は笑って立ち上がった。玄関の方まで走っていく。砂を払っているのだろうか、上着をはたいている姿が見えて声をかける。

「おかえりうっちゃん!」

「ただいま竜澪。あれ、霧灯と歌橘は?」

 振り返ってにこやかに返される。エメラルドの色をした目が細められる。竜澪はその色を見てうなずく。宝石のような三人の目が、彼は好きなのだ。不思議に思ったのか首を傾げてリビングの方へと向かう。

「虚欺おかえり」

「うっちゃんおかえり。紅茶で飲む?」

「ありがとう、お願いできるかな」

 またキッチンの方へと歌橘が消えていく。家で過ごしていたからだろうか、帰ってくるものの手伝いを率先してやる。帰ってきた彼、虚欺は申し訳ない顔をしながら開いている椅子へと腰かける。そして霧灯の顔を見て苦笑した。

 竜澪が虚欺の肩をたたいて首を横に振る。それで何かを察したのか、彼は頷いた。

「霧灯、顔色が悪いから、飲み終わったら寝た方がいいよ」

「別に、大丈夫だ。体調は悪くないし、まあ、精神的にきてるだけだから」

「大丈夫じゃないでしょ。精神的にきているのを自覚してるならなおさらだよ」

 呆れたような顔をして虚欺は霧灯に言い聞かせる。口をつぐんだ霧灯は眉をしかめてコップを傾けて飲む。不服そうな表情をしているが、それは彼が理解している証拠だ。

 虚欺が心配していると知っているから、あまり強く言い出せないのだ。長く息を吐きだして、首を横に振る。

「わかったよ。寝る、寝るから」

「うん、そうしてね。眠そうだし」

 そう言われてみれば瞼が重い。霧灯は不思議に思ったがその瞬間歌橘が脳裏に思い浮かんで、苦虫を噛み潰したような顔をした。その表情を見て竜澪が笑いだす。

 どうやら何かを仕組まれていたらしい。彼なりの心配している証なのだと思うのだが、悔しい気分になりながら、ココアを飲み干し、立ち上がる。

「寝てくる。歌橘、後で覚えてろよ」

 少しだけ目の座った顔で吐き捨て、リビングを出ていった。キッチンから戻ってきた歌橘が乾いた笑いを出しながらティーカップを机に置く。置きっぱなしのティーポットを持って紅茶を注ぐ。まるで先ほど温めたかのように白い湯気が漂っている。

 礼を述べてティーカップに口をつける。紅茶の独特の苦みに笑みがこぼれる。

「なに、霧灯は嫌な世界でも見たの?」

「らしいね、なんかむってぃーの愛しい子が知らない誰かさんとお付き合いをしていたらしいですよ」

「そうなんだ。竜澪は何も言えないねえ」

 虚欺の笑い交じりの言葉に深く竜澪は頷く。どちらかといえば竜澪に近い虚欺は、彼の気持ちもわかるのだろう。少しばかり、見透かしたような感覚がするのが、竜澪には居心地が悪く感じるのだが、当の本人は気にしないようで、軽々しく心の中をのぞき込もうとする。

 その様子を見て歌橘は苦笑して、リビングを出ようとする。それに気付いた、虚欺が彼の名前を呼び固まる。まるで機械のように首を動かし、二人を視界に入れる。

「全部、忘れられるといいね」

 意味ありげな笑みをこぼして、彼は目線をティーカップに移した。思いため息を吐きだして、綺麗な笑顔を浮かべた。

「忘れたくないモノもあるよ、だから、大丈夫」

「…そう、お休み」

「おやすみさない」

 そう言って出て行った。

 冷気が漂う。アクアマリンの虹彩が、虚欺を射抜くように見やる。かすかな笑い声を出して、彼は竜澪を見る。無邪気に笑っている表情が消えている。

「あまり怒らないでくれよ。さっき思い出したことなんだ」

「誰に言われたの?あいつ?」

「…まあ、そうだね。面白おかしく彼が言ってきてくれって言ったから。僕も言わなきゃいけないかなあって。彼には一応逆らえなくなってるし、雇い主だしね」

「…それなら、仕方がないか。というか、全部あいつのせいじゃん。もうっ」

 子供のようにすねる姿にクスクスと笑う。感情をすぐに表情に出ているのを見るのは、好きだ。何を考えているのかがすぐにわかる。

 虚欺は窓の外を見た。感情のともさない目が、窓の外を見る。


 真っ白な、何もない世界だ。


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