3、玉石混淆の中から玉を見つけたい
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――集団面接?なるものが本格的に始まりまして。
「夜会であなたとお会いして以来、寝ても覚めてもあなたのことばかり考えてしまうのです……!」
とか。
「あなたの菫色の瞳に一瞬で心を奪われてしまったのです。どうかこの僕の熱き想いを受け取ってください……っ」
だとか。
最初こそ。この自己PRもとい口説き文句に顔を赤らめたりする恥じらいがあったものの。
3人目を通過した辺りでお腹がいっぱいになってきてしまった。
その後は意識も朦朧としていて。実はあまり記憶がない。
「芸がないですねぇ……」
隣でぼやく執事。
何を失礼なことを言ってるの、とここは窘めるべき場面だろうけど。
――正直同意せざるを得ない。
想いを伝えてくれているのだ。それに丁寧に返してあげなければいけないと思う一方。
皆、私のことを天使だの女神だの。妖精だのと例え褒めちぎる。
本音を言うと、皆どれも同じに聞こえてしまう。アレクの言葉を借りればやはり、『芸がない』。
実際に話したこともない私の心もそれらと同じようにキレイで神秘的だと言うけれど。
――私はそんなおキレイな人間じゃないわ。
ちょっと切なくなる。
さっきアレクが言った程ではないにしても(あれは少々というか、大分酷過ぎる)
生身の人間なんだもの。それなりに汚い思考もするし、打算や自分勝手な行動だって取ることもある。
きっとみんな私をよく知らないのだ。当たり前といえば当たり前なんだけど。
だから『伯爵家』という威光以外に褒めるところなんて――外見やその時着ていたドレスばかりで。
もっとひどいのは、夜会で着ていたドレスの色。それすら間違えられたりも。
恐らく『どこかのご令嬢』と混同しているのだろう。
でも。誰かひとりくらい……
――この中で私自身を本当に好きになってくれている人はいないの?
絶望にも似た境地だ。大げさな例えなのは分かっているけれども。
男の人がこんなに大勢いるのに、誰も私を見てくれないのなら。
今後の人生で果たして私を愛してくれる人なんて現れはしないんじゃないだろうかとさえ思えてしまう。
こんなに大人数の男性と交流を持ったのが今日が初めてだったから、ますますそう考えてしまうのだろう。
これが『悪役令嬢・ローラ』に引き寄せられて、原作の強制力なるものが働いている状態なのか。
上辺ばかり。誰もが寝ぼけた状態で口を聞いているような。薄布一枚を隔てて私を見ているような気がする。
「ふぅ」と呼吸を整えがてら、ため息にも似た息を書類にかける。
するとアレクも「はぁ」と。釣られてか、ため息をこぼす。
「こう、我々の心をガッと鷲掴みにするようなガッツある若者はいないんですかねぇ」
「アレク……」
我々の心って。あなたは別に関係ないんじゃ……。
「まぁ……いたらいたで困るんですけどねぇ、僕としては」
紙束でバサバサと自分を仰ぐ執事。何と言う不遜な態度か。
「アレク、あなたが皆さんを呼び集めたんでしょ?そんな対応はやはり失礼だわ」
「いいんですよ、これは圧迫面接なので」
「……」
何その言い訳。
彼は書類で顔を仰ぎつつ、私をチラリと見た。
「あなただって。さっきまで退屈そうにしてらっしゃったくせに」
「……う」
図星だから何も言い返せない。
私は気まずい雰囲気を咳払いで誤魔化しつつ、男性陣に向き直る。
面接はもう大半を終えていた、残す人は片手で数える程度。
長かったけれど。それもあともう少しだ。
やっとここまで来たんだなぁ~とぐるりと見渡して……ふと。
何かが引っかかる……
「ねえ、アレク」
私はひそひそと彼に話しかけた。
「何ですか、お嬢様」
「これって私の悪役令嬢バッドエンドフラグをクラッシャーする為のモノでしょう?」
彼は何を今更、と言いたげに眉根を寄せる。
私はそのまま続けた。
「いや、ええとね。思ったんだけど多すぎない?この人達全部が全部、あなたの言うゲームの登場人物ではないんじゃないかしら?」
何か変なノリでそのまま流されていたけれど。
最初から妙な違和感があったのだった。
「私悪役令嬢なのよね?選択肢によって訪れる未来が違うからって……私にもヒロインにも。こんなに多くのフラグ及びルートなんて用意されてるのかしら?」
本日面接したのはざっと4、50人ほど。
しかしその前段階でアレクが振るいにかけた男性陣も数に入れれば相当数になりそうだ。
彼らひとりひとりに付随するシナリオ?そんなにたくさんあるとは思えない。
例えば恋愛小説だって。
ヒロインが複数の男性に好意を持たれる話はいくつか知っているけれど。
流石にこんなにたくさんの男性は登場しない。
「あなたの言うゲームのシナリオに関係する人って。今日面接したほんの一握りの人なんでしょ?あとはゲームに関係ない、普通に私に求婚している人達……なんじゃない?」
求婚の動機が例え家柄目当ての不純なモノであったとしてもだ。
彼の言う『原作の強制力』に突き動かされて求婚をしているわけじゃないのだとしたら。
つまり。
フラグやらシナリオやらに無関係な男性を選べば、私が悲惨な未来を辿ることはないということでは?
……そう、もしかして。幸せになれるのでは?
――『登場人物』ではない彼らの中の、その誰かひとりとしっかり向き合いさえすれば。
――『ローラ』というただの女の子を愛してくれる人。探せばちゃんといるのかもしれない。
私の考えていたことが正確に伝わったのだろう。
彼は口をへの字に曲げて片眉をあげる。
見るからに不機嫌そう。理由は分からないけど。
「だったらどうなんです?」
「……え?」
「あなたはまだ結婚に興味がない。だから求婚も受け入れない。そうおっしゃっていたじゃありませんか。だったら同じことでしょう?ここにいる方々が『登場人物』であろうとなかろうと皆様お振りになるだけです」
「……そうだったわ。確かにそのつもりだった、けど。でも知りたいの。知りたくなったの!誰が『登場人物』で、誰がそうじゃないのか。前言っていた人達以外にもいるの?……教えて、アレク」
正直彼が以前言っていた『登場人物』の該当者。彼らの名前も覚えていない。
全ての求婚を断れば良いと単純に考えていたから、忘れてしまったのだった。
アレクは私の問いには答えないで、じっと私を観察する様に見つめた。
そのブルーの瞳が今は何故だか私を落ち着かせなくさせる。
妙に居心地が悪い気持ちになって、視線を逸らしてしまう。
「……彼らの言葉の、その薄っぺらさに嫌気が差していたのでは?」
「でもそれは、」
もっとちゃんとお互い話してみて。
本当の『ローラ』を知って貰えばこれから仲を深めることだって――……。
はっとして続く言葉は飲み込んだ。
自分だって彼らとちゃんと向き合っていなかったくせに。
『伯爵令嬢』という記号の私か。はたまたアレクの言っていることが真実なら『悪役令嬢』という記号の私を求めているんだろうって。
全員私のことなんてちゃんと好きじゃないんだって最初から決めつけて。
彼らが私にぶつけてくれた『想い』を全て偽物だと判じた。
『ローラ』を知って欲しい、分かって欲しいと言いながら。
……私が一番彼らの『個』を見ていなかったんだわ。
それなのに今更、『ちゃんと話してみればもしかして』なんて。都合が良い話だ。
アレクは呆れたように、
「大体お嬢様は『フラグ』も『前世』も。そもそもが僕の言う事自体、さほど信じていなかったのに。何故今になって『登場人物』を知りたいだなんて。そんなことおっしゃるんです?」
「そ、そうだけど……」
確かにあまり信じていなかった。信じていなかったけど……。
「もし、そんなものがあるんだとしたら怖くなった、の……」
バッドエンディングが怖いんじゃない。
確かにそれも怖い。怖いんだけど、それだけじゃない。
それ以上は上手く言えなくて。膝の上でキュッと拳を握りしめた。
アレクは私が俯いて黙り込んでしまったのを見て。
「お嬢様ったら」とせせら笑う。
「宝探しがしたくなったんですね?石ばかり見せられて。でも本当はこの中に玉も入り混じっているのかもしれないと思いたくなってしまったんでしょ?……本当にあるか分かったもんじゃありませんのに」
「え?」
イマイチ彼のいう事が飲み込めていない私に、彼は「だから」と言葉を繋ぐ。
「結婚に興味がない、まだしたくないって言っておきながら……」
「アレク?」
「原作の強制力なんてモノがない、真実の愛が欲しくなってしまったんでしょ?」