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プロローグ

二作目です。

 一年前、ネット上で物凄く有名になっていた小説がある。

 『Dear you』というタイトルのネット小説で、最初は個人のブログに掲載されていたけれど、SNSなんかを使って爆発的に拡散されていったらしい。

 たった数日でニュースに取り上げられるほど話題になるなんて、馬鹿げているように聞こえるが、今はそういう時代だ。

 だからこそ、情報に疎い僕でも見つけることができたのだろう。

 この小説は掲載された当時は全く違うタイトルだった。今のタイトルに変更された理由を僕は知っているし、そこはあまり重要じゃないから省く。

 小説の内容については多くのコメントが寄せられていて、僕の心情をそのまま表してくれたような的確な意見もあり、有名になるべくしてなった作品だろうと窺えた。 

 でも、今日になって、例のブログはネット上から姿を消した。あれほど騒いでいた人たちも嘘のように静かになった。

 それどころか検索履歴にも、あらゆるサイトにも痕跡すら残っておらず、支持してきた読者達の記憶からも抜け落ちているようだった。


 まるで存在していなかったかのように消えてしまっている。


 どうして僕がそれを知っているのかって気になる人もいるんじゃないかな。本当に存在が消えたのなら、僕の記憶からも抹消されるはずだって思うよね。

 本当の理由って、正直に言うと僕にも分からない。 

 いきなり信じてはもらえないだろうけど、一つだけ考えられるとしたら、僕が〝幽霊〟になってしまったことが原因かもしれなかった。

 代わり映えのない日常に溺れていると、自分の存在も、周りの存在も、線香花火みたいにあっけなく消えてしまうんじゃないかと不安に思うときがある。

 幽霊になって、いろんな人の想いに触れて、それはただの錯覚ではないことを知った。僕が感じている不安は、僕に忘れられている誰かの叫び声かもしれないと思うようになった。

 

 私を忘れないで。


 消えてしまった大切な人がそう訴えているのかもしれない。

 つまり何が言いたいのかっていうと、世の中には、忽然と消えてしまった数々の物語があるってこと。


 今から語るのは、ある一つの物語。

 僕だけが知っていて、誰も知らない、たった一週間だけの恋物語だ。



   ☆   ☆   ☆



 七月の下旬。

 多くの学生は夏休みに入り、夏の大会のために部活動に勤しんだり、今まで余裕をかましていた受験生達が焦って勉強に取り掛かるのを嘲笑うかのように、日々成績を伸ばしていく太陽が話題になる時期がやってきた。

 夏がもたらす澄み切った晴天のキャンパスや、蝉たちによる騒がしいコーラス、花火を眺めながら互いに寄り添うカップルを想像するだけで、体がうずいてくるという人も少なからずいることだろう。

 どこからともなくみなぎってくる、過剰なまでの生命の熱に踊らされる。それが夏。

 しかし、僕らをあっという間に酔わせてしまう熱には、猛毒がある。小さな体では半年も耐えられないほどの毒だ。

 毒がいよいよ全身に回り、冬になると多くの命が終わりを迎える。だから、冬は、狂ったような喧騒にまみれた夏とは逆に、死を与える季節だと誤解されてしまう。

 思うに、夏は死を運んでくる。

 春に命が芽吹き、夏に命を侵され、秋が命を紡いで、冬が命を暖める。  

 そうやって巡りゆく季節に関わらず、僕の一日はけたたましい音量によって始まっていた。

 自然と垂れ下がってくる重い瞼を擦りつつ、うるさいアラームを止め、大きなあくびと一緒にスマホのパスワードを入力した。契約した当時から特に変更されていない、裸のままのロック画面がホーム画面へと切り替わった。


「今日も来ていてくれよ……」


 何となく落ち着かず、ごろごろとベッドの上でせわしなく体勢を変えながら、MAKE(メイク)を開く。

 MAKEとは無料コミュニケーションアプリの一つで、スマホを持つのが当たり前となった今では年齢を問わず多くの人に愛用されている。

 その中の『トーク』の項目にずらっと並んでいる名前の一番上に目をやると、一通のメッセージが届いていた。 


『おはよう、ユウくん』


 このメッセージは僕の幼馴染である七海なつみからのものだ。

 毎朝、忘れずに一言を送ってくれる彼女とは幼馴染で、幼少の頃から仲が良く、二人でよく遊んでいた。

 彼女は、僕の名前の幽希ゆうきから頭のニ文字をとって、『ユウ』と呼んでいた。僕も真似して、『ナツ』と呼び始めたのはいつのことだっけ。

 僕はけっこうな人見知りであり、自分から積極的にコミュニケーションをとることができず、誰とも友達と呼べるほどの関係を築くことができなかったため、ほとんどの時間を七海と過ごしていた気がする。

 そのせいで彼女の時間を奪ってしまっているのではないだろうか、と思うぐらいに。

 実際には、七海のコミュニケーション能力は素晴らしく、呼吸をするような感覚で人の輪に馴染むことができたので、心配する要素は皆無だった。

 そんな風に七海と二人でいるのが当たり前だった僕は、ごく自然に、彼女に恋をした。初恋である。

 彼女への情熱は途切れることなく続いているが、僕は筋金入りのヘタレであるため、チャンスがあっても言い出せずにいた。

 そんな僕に追い討ちをかけるように送られてくる、意中の相手からの何気ないメッセージに悶々とさせられるのである。

 七海になんて返そうか悩んだ末に、結局、いつも通りの文字を並べて送信する。

 

『おはよう』


 何の飾り気もない普通の挨拶だ。

 そもそも、朝の挨拶を気取ろうと思うやつが間違ってる。

 誰に対して向けられたのかも分からない言い訳をひとりごちり、MAKEに表示されている七月二十五日という日付を見て、今日は日曜日だと思い出した。

 休みの日に朝から起きても仕方がないので、二度寝に勤しもうとMAKEを閉じ……もう一度、開けた。

 すると彼女からの返信が来ていた。内心ほっとする。これで何も通知がなかったら、僕がただ彼女の返信を期待していただけになってしまうからね。


『今日、昼頃でいいよね?』


 その一言で僕の眠気は吹っ飛んだ。完全に今日の約束を忘れていた。

 夏休み前日にまとめて持ち帰ってきた高校の教科書などで散らかったままの自分の部屋を見渡して。


『大丈夫、これならまだ間に合うさ』と打ち込んでいた。 

『え、何のこと?』


 すぐに返ってくる疑問文によって、僕の羞恥心が加速した。これじゃあ訂正する暇もないじゃないか。


『何でもないよ。僕は大丈夫だから』


 自分でもよく分からない返答をしてからMAKEを閉じた。


 



完結しました。

 

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