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銀行強盗

作者: リアンピン


銀行強盗

 

「では、くれぐれもしくじらないように祈ってますよ」

「・・・・・・分かってますよ」

 そう言って、眼鏡と七三分けだけがトレードマークの男は男を車から降ろして、去っていった。

「まぁ、やるしかないか」

 男は、車から銀行までの道中自分がなぜこんなことをする羽目になったのか思い起こしていた。

 

 男は、まさに平凡と言うべき男だった。

 平凡な高校、平凡な大学を平凡な成績で卒業して、平凡な会社に就職した。身長も平凡。体重も平凡。健康診断表にも成績表にも『特に問題ありません』という言葉ばかりが並んだ。平凡なりに何人かの女性と恋愛をして、平凡に結婚した。子どもは男女の双子が生まれた。ここは、少し平凡とは言えないかもしれない。だが、平凡なりに本人は幸せな人生を過ごしていた。家族との仲も悪くないし、平凡に昇進できている。このままいけば、平凡に人生を終えられるはずだと平凡な男は確信していた。

 そんな矢先、平凡な男は自らの平凡な人生を壊してしまった。

 ある豪雨の日、妻をパート先のスーパーまで車で送った帰りのことだった。いつも使っている裏道を走っているときに、不意に飛び出してきた犬を轢き殺してしまったのだった。飼い主の裕福そうな女性は烈火のごとく男につかみかかり、裁判をするか、犬の育成にかかった代金を支払うかを求めてきた。裁判沙汰になれば会社にいられないと男は考えた。昇進していると言っても男はあくまで平凡、代わりはいくらでもいるのだった。かといって、請求された代金はすぐに用意できるものではない。1週間の猶予をもらった男は悩み続けた。そして、事故から三日がたったころ、会社から徒歩で帰宅する途中、銀行近くの路地で平凡な男は七三の男に話しかけられた

「あなた、なにか悩んでいますね。それは、お金のことではありませんか」

 いきなり声をかけられたことと、悩みを言い当てられた驚きが重なり、男はつい、事情を話してしまった。

「なるほど、あと四日ほどで大金を用意する必要があるということですね。それならば、私にいい案があります」

「いい案ですか?」

「はい、その案とは、この銀行を襲うということです」

 七三の男はさも、名案のように銀行強盗という手段を提案してきた。平凡な男は当然、その案を却下した。元々、犯罪者という烙印を押されるのが嫌だからこその悩みなのに、それを解決する手段が別の犯罪というのはおかしな話だと七三男に訴えた。

「大丈夫です。この銀行は倒産寸前であり、薄給で働かされている行員や警備員たちに銀行を守る気力はありません。この銀行の内部の人間である私はそれを知っています」

 そう、訴えてくる七三男には異様な迫力があった。異様なこと、想定外の事態に弱い平凡男は七三男の勢いに押し切られてしまった。

 七三男の作戦はこうだった。

 まず、平凡男が閉店寸前の銀行に入る。入った際に、自分以外の客がいたらあきらめる。いなかったら目出し帽をかぶり、レプリカの拳銃で脅しをかける。行員や警備員たちは反抗しないはずだからスムーズに金を手に入れることができる。そうしたら銀行の社員通用口から外に出る。外に待機していた七三男の車で逃走する。銀行内には経費削減の為か監視カメラがほとんどないので、その位置さえ把握しておけば顔が知られることはない。

「どうですか。この作戦」

 正直、あまりにも雑な作戦だと平凡男は感じた。行員たちの抵抗がないことが前提というのが何よりのネックであった。だが、それでも平凡男はその作戦にのった。心のどこかで、今までの平凡な人生に退屈さを感じている自分がいるのかもしれないと平凡男は思った。どうせこの作戦に挑戦しなくても十中八九裁判に持ち込まれてしまう。だったら挑戦した方がいいとも考えた。


「よし、いくぞ」

 そんなことを思い起こしている間に、平凡男は銀行の自動ドアの前にたどり着いた。

「他に客かいませんように」

 他に客がいた時点でこの作戦は失敗となる。だが、平凡男に何度もチャンスはない。裕福女との期限がある以上、のんきなことはしていられない。平凡男は銀行内に足を踏み入れた。


「まずはクリアか」

 銀行内に、平凡男以外の客はいなかった。念入りに確認した平凡男は目出し帽をかぶり、レプリカの拳銃を取り出し、脅しをかけた。

「強盗だ! おまえたちおとなしく金を出せ!」

 行員たちは平凡男の行動にはっとして目を向けてきたが、抵抗する様子はなく、おとなしく金の用意をし始めた。

「そ、そうだ。それでいいぞ」

 予定どおりなので問題はないのだが、薄給とは言え自らを雇っている銀行の金をこうも容易く渡してしまう行員たちに平凡男は不気味さを感じた。とはいえ、あとは逃げるだけ。七三男の言うとおりならば、もう問題はない。

「すいませーん。忘れ物をしてしまったのですが・・・・・・ひっ!」

 ここで、平凡男の苦手な想定外の出来事が起きた。銀行内に忘れ物を取りに客が入って気しまったのだった。平凡男以外の客が。

「ご、強盗ですか? う、撃たないでくださいっ」

「わかったわかった。おとなしくしていろ。そうすれば撃ちはしない」

 他に客がいるのは少しまずいかもしれないが、もう作戦が半ばまできている以上、このまま客を外に出すのも危険と平凡男は考えた。

「そ、それは困りますっ!私は今日中にそこの書類を持って金を用意しなければならないのです。そうしなければ、借金返済の目処が立ちません」

 思いがけず、自分とどこか似ている境遇の借金男の登場に平凡男は混乱した。しかし、今この借金男を外に出せば別の客が来るリスクがある。そう、平凡男はその平凡な頭脳の冷静な部分をフル回転させた。

「それでも駄目だ。そこを動くな。・・・・・・そうだな、おまえの借金はいくらだ?」

 フル回転させた結果、平凡男はある作戦を思いついた。準備にかなり時間が掛かっている様子を見て、この銀行には想像以上の金がある。ならば、この借金男も巻き込むべきではないか・・・・・・という作戦だ。

「借金ですか? それは・・・・・・」

 借金男の口から出た金額を聞いて平凡男の意思は固まった。

「それなら、おれと手を組まないか。安心しろ、このままお前がおとなしくしていればこの作戦は必ず成功する。そうすれば、お前が借金を返済できるだけの金をやる」

「ほ、本当ですか・・・・・・?」

「あぁ。お前たちもどうだ。抵抗しないあたり、この銀行に相当嫌気がさしているんだろう。俺と手を組んでこの状況を変えてみないか」

 行員たちにも声をかけ始めた自分に、平凡男は驚いていた。追い詰められた自分はここまで行動的になれるのかと、感動すら覚えていた。

 行員たちは、お互いに目を合わせて笑みを浮かべていた。自分の作戦に乗り気なのかと平凡男は期待した。

「いやいや、期待以上でしたよ」

「・・・・・・えっ?」

 そのとき、社員通用口から現れ、そう声をかけてきた人物に平凡男は驚きを隠せなかった。

「な、なぜあなたがここに?」

「いったでしょう、私はこの銀行の内部の人間だと。私はこの銀行の支店長なのですよ」

 そう、七三男は話を切り出した。

「私はこの銀行の支店長として、今の経営状態に危機感を抱いていましてね、危険な状態で臆せず動くことのできる人材がなんとしてでも欲しかったのですよ」

 平凡男は突然の事態についていけていない。

「そこの借金を抱えている男も行員の一人です。このような形で私が目を付けた方たちを危機的な状態に追い込んで、その様子を観察していたのです。そして、ようやくあなたのような人物に出会えました。単刀直入に申し上げます。私にスカウトされる気はありませんか? 私としては破格の条件でお迎えしたいと考えているのですが。それに、例の女性に支払わなければならない金額も肩代わりさせていただきましょう」

 ようやく話を理解できた平凡男は考えた。これはチャンスかもしれないと。今の会社での平凡な日常から破格の待遇の世界に移れるという素晴らしいチャンスだと。

「・・・・・・ちなみに、どれくらいの給料をいただけるのですか?」

 七三男から提示された金額を聞いて平凡男は肩を落とした。破格と言っても倒産寸前の銀行の破格。あの女性に金を渡した後も自分の人生は平凡なまま変わらないことを確信した。


リアンピンと申します

 こんな雰囲気の作品ばかり書いております

 気に入ってくださる方が少しでもいてくだされば嬉しいです

 ここまで読んでいただきありがとうございました

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