第1話
「決着を、つけよう」
ようやくだ、と思った。これで全てが終わるのか、それともまたやり直しになるのか。いや、たぶんもうやり直す必要はないだろう。前回だって極端に実力に隔たりがあったわけじゃない。再びここに立ってつくづくそう思う。
そう、再びここに来るのに10年かかった。この世界に呼ばれてからを考えると、11年。最終決戦までにかかる時間としてはあれだ、異世界に勇者が召喚されるパターンとしてはかなり長い部類じゃないだろうか? アニメも漫画もあんまり詳しくないけど、なんとなくそんな気がする。いや、どんな物語だって、勇者が旅立ってから魔王と戦うまで10年もかからないだろう。緑色で左利きな時の勇者だって7年眠らされただけらしいし。
「決着か……私は君に見覚えがないのだがね」
「10年前に一度は逢ってるんだけどな」
そして、10年前と俺の見た目は変わってないはずなんだぞ……というか、あんたこっちの顔見ようともしないじゃないか。別に旧交を暖める必要もない。あの時は結構頑張ったつもりだったから悔しいといえば悔しいけど、それはこいつに勝って晴らせばいい悔しさだ。けどもう少し真っ当に相手して欲しくはある。ので、執務机に座る魔王に向かって腰から抜いた剣を突きつける。
「それで、君は私を倒してどうしようというのかね」
「さぁ? それは正直よくわからない」
剣を一瞥することもなく、魔王は相変わらず机に広げられた書類を見比べている。この世界に俺を呼んだ王様も大概そうしていることを思えば、魔王も王様もやることは変わらないんだなぁとか思ってしまう。もっとも王様とは執務室じゃなくて謁見の間で会うことが多かったけど。
「それならあれだ、あと3枚目を通したら、右の書類の山にめくら判押すんで、それまで待っててくれるか」
「お茶とかないの」
「無い。というか口に合わんと思うぞ」
挑発失敗。諦めて腰に剣を戻し、腕を組んで魔王の仕事っぷりを眺める。別に、本当に人間と変わらない。だけど彼は魔王だ。そして俺は彼を倒すために召喚された。
もちろん拒否することはできる。倒さなきゃ帰れないなんてこともなく俺は帰る方法も知ってる。だけど、誰かが魔王を倒さなきゃ代わりの誰かが喚ばれるだけで。あるいは俺がまた喚び戻されるかもしれないわけで。そして、一応親友の仇だったりもするわけで。そして、俺を喚ぶ方法を知ってるのは、ある意味大元にこいつがいるわけで。
だから戦わなきゃいけない。こいつを殺さなきゃいけない。幸いなのは、こいつの仕事っぷりが人間らしいだけで、見た目が人間とは似ても似つかないことか。肌は青いし、顔面はまるっきり水牛の骸骨だし、目は黒くて赤い光が宿ってるし、腕にはよじれた角みたいのが絡んでるし。ついでに血も流れてないらしい。こうやってあげつらってみると、魔王の執務室というより閻魔大王に審判されるのを待ってるみたいな気分だけど。
「よし終わったぞ、相手をしてやろう」
「ああ、そう」
最後の書類にめくら判を押した魔王が、立ち上がって左手をさっと振ると机が書類ごと消えた……すごい魔法だ。普通の人間にはとても真似できないだろう。だけど恐れることはない。奴の攻撃は俺には通用しない。
「お前は知らないだろうが、私は境界を使い身を守っている。人の手で傷つけることはできない」
「知ってる。10年前にお互い体験しただろ」
「なに?」
腰から改めて剣を抜く。そしてこれは魔王を殺すための武器だ。
「その剣は……!?」
「10年前はこの剣の価値を知らなかった。だから負けた。今度はそうじゃない」
10年前。突然異世界に召喚されて、勇者ともてはやされて、実際あっさりとすごい力も手に入れて、だから調子に乗って負けた。魔王に対するリサーチが足りなかった。他に対して無敵だったし、魔王に対してもそうだと思ってた。だけど違った。いや、実際魔王の攻撃は通用しなかったけど、攻撃以外の手段であっさり無力化されてしまった。まさか異世界に来て別の異世界に……じゃなくて。
「神仕騎士……いや、先代勇者ハルディン=ボナートの遺産さ」
「っく、汚らしい盗人を勇者呼ばわりか……だがそれで私をどう殺すというのだ!」
如実に焦りを見せた魔王は左足をふみならす。それだけでブロック造りの床が波打ち、何かが一直線に向かってくる。どうやらまだ俺が何者かわかってないらしい。案外、人間の顔の見分けとかつかないんだろうか。バオッ! そんな音と共に足元のブロックが、音と光を伴って弾けるが……俺の立っている場所だけは綺麗なままだ。
俺には攻撃は効かない。
「……なにを!」
苛立つように魔王は右腕をひねり、左右の掌底を打ち合わせる。魔王の背後から現れた炎の龍が6匹、渦を巻いて襲いかかってくるけれど、俺に触れることを避けたようにすり抜けていく。さらに魔王は両手を天に掲げ指を不思議な形に組んで振り下ろすが、迸しった稲妻は俺を貫くことなく地面にとけてしまった。これだとどっちが魔王だかわからないな……恐怖を感じているのか後ずさる彼を見るとそう思う。
「そうか貴様……あの時の自称勇者だな!」
「一応人民には認められてるさ」
「知ったことか! 私は十年前と同じ方法で貴様を追い払えるのだぞ」
「無理だろ。あれは天井が開けた場所じゃないと」
「確かにな、だが」
「待てよ、何の為にこうして武器を見せたと思ってる」
「問答無用!」
魔王が天に掲げた両手で巨大な魔法陣を作り出す。内容はおそらく貫通か破壊。そう、天井を吹き飛ばすとか、壁を破るとか、条件を満たす方法があるのは知ってる。
「聞くき無しかよ……しょうがない」
まぁ、のど元に剣を突きつけて交渉するのが間違ってるとは思う。でもこうしないとそもそも魔王は交渉のテーブルに立つ必要が無い。俺が世界を巡ってきたように魔王もまた世界を巡って一つずつ自分の物にして行けばいい。無敵っていうのはそういうことだ。
だけど。だから。
「一発で終わらせてやる」
交渉出来ないときの為にちゃんと準備してきた。探すまでもない謁見の間で魔王を待つでなく、こんな狭くてごちゃごちゃした執務室を必死になって探し出したのもそうだし、とある魔法を作ってきたのもそうだ。こいつを交渉の出来るレベルに引き下げる手段……じゃない。残念ながらただこいつを殺す手段。
勇者と魔王の最終決戦にはふさわしくないけど。まともにやりあって同じ目に会うのは癪だから。
抜いた剣をただまっすぐ魔王に向ける。このためだけに作った魔法。
ただまっすぐ貫くための、魔法。
その呪文を唱える。
「『イゴクヤ……クヒトムシ……ウネンヒトナゼイ……ンヘヒトナゴム……ネン』」
「何の呪文だ、それは……!」
剣を持った右手をまっすぐ伸ばして左手を添えると両腕の間に光がほとばしり、掴んでいた剣を放すとまるで大砲に弾が装填されるように胸元に滑り込んでくる。
それを見た魔王は右手一本で大きさを増す魔法陣を維持し、左手を下ろした。こちらの動きを警戒し、いざという時に防御の魔法を使う為に開けたのだろう。防御呪文は基本的に時間をかけるほど効果が上がる。すぐに発動しないのは多分光に飲まれた剣がどうなったか多分魔王には見えないんだ。浮遊魔法の魔力を絶つ魔法障壁か、俺の接近を警戒した足場の破壊か、視界は遮られるが直線の動きには万能な物理障壁か。
「『イーナナローゼドクリツコクニ』」
「ち、何をするつもりかわらんが……かまわん!」
おそらくまだ魔王が無敵じゃなかった頃の名残だろう。執務机と入り口の距離は12メートル(6.7ハード)、その距離を侵さないのは交渉する上での最低限の礼儀だ。どんな魔法がその距離を飛ぶより魔法の障壁が完成する方が早いと言われている。だから、魔王は左足を振り下ろし、床をめくり上げて障壁を作ろうとしているのだ。
だけど遅い。
この魔法の速度はは秒速6キロ。雷魔法を改造したレールガン。この世界唯一の物質投射魔法。
「『インデペンデンス・デイ』!!」
弾け飛んだ剣は、確かに魔王の顔面を貫いた。
見切り発車する連載小説です。書き溜めなし。月曜分。