ばけものにたり
「お嬢さん、此れ、頼まれてた脇差でさぁ」
そう云って毛むくじゃらが少女に無造作に鞘を差し出した。少女が緊張した面持ちで受け取る。
「最近は刀狩令とやらで手に入れるのが矢鱈難儀でねぇ…へへ…」
「判っている」
物の怪の癖に恩着せがましい奴だ、と胸中で毒づきながら、少女は毛むくじゃらの横に座った。しとしとと降りしきる五月雨の一雫が、軒を伝って少女の目の前で静かに跳ねた。雨音に声はかき消され、内密の話をするにはもってこいの場所だった。
「本当に行くんですかい?」
醜い顔を好奇心で嬉しそうに歪ませ、毛むくじゃらが少女を覗き込んだ。少女は全身の毛が逆立つのを感じた。
「勿論、政忠様の為ならば」
「将軍様はお知りに?」
「其れは…」
少女の頬が紅く染まる。毛むくじゃらはのんびりと欠伸をした。
「聴く処に依ると、牛鬼はもう何百と人を喰らっているらしい。相手は大物です。お嬢さんの敵う相手じゃアない」
にたり、と笑って毛むくじゃらは少女の手に在る脇差を指差した。
「だけんど其れは、今まで十三の人間と二十四の物の怪の血を啜ってきた紛れもない妖刀だァ。其の脇差に任せておけば、まんず斬れないモノは無い」
そう云って毛むくじゃらは口を大きく開けて醜く笑った。少女は思わず後ずさりした。
「お礼は後ほど。如何様にも」
別れ際、少女は暗い顔を固く強ばらせ呟いた。どんな要求をされるのか、考えたくもなかった。毛むくじゃらは軒下から這い出し、振り向きもせずにたりと笑った。
「いいんでさぁ。その脇差が二十五匹目の血を啜った後に、十四人目もちゃあんと回収させてもらいやす…」
少女は震える手で脇差を抱え込んで云った。
「…どうせなら二十六にしよう」