第五話 新魔王とダーキル姫③
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朝、ダーキルが日課のおねしょ占いをしていると、眠そうな顔をした新魔王が城の庭へ出て来て、大きなくしゃみを一つした。
ダーキルの股間と布団に集まっていた蝶たちが、お祭りの開会セレモニーのように、色鮮やかに飛び立っていく。
「おはおーございます、新魔王様。今日も絶好のレイプ日和と出ています」
「お前、いい加減に何とかならないのか、その寝小便は」
「何とかと申されましても」
「朝の空気を吸おうと庭へ出れば、お前が布団を干している。昼飯を食って散歩しようと外へ出れば、お前が布団を干している。就寝前に窓から夜空を見上げれば、魔王城のてっぺんでお前が布団を干している。いったい何の嫌がらせなんだ、これは」
「嫌がらせのつもりはありません」
「小便をしたくなったらトイレへ行け。ただそれだけのことが、何故出来ないのだ」
「ダーキルだって、ちゃんとトイレに行っていますよ。でも、お布団に入ると何故かおしっこをしたくなってしまうのです。新魔王様だって、お風呂に入るとおしっこをしたくなりますよね?」
「まあ、分からなくもないが」
「トイレに入ると、おしっこをしたくなりますよね?」
「それは当り前だ」
「ダーキルは、お風呂やトイレよりも、お布団に入っている時が一番おしっこをしたくなるのです」
「そうは言ったって、寝る前にもトイレに行っているんだろ?」
「はい。寝る前にトイレに行って、さあ寝ようとお布団に入って、おねしょをしてお布団を干しに外へ出ます」
「おかしいだろ! どんだけのスピードで尿が生産されているんだよ!」
「おねしょは別膀胱?」
「おやつは別腹みたいに言うなよ!」
「ダーキルはお水をたくさん飲むので、おしっこが近いのです」
「それなら飲む水の量を減らせばいい」
「ダーキルはおしっこをたくさんするので、お水をたくさん飲むのです」
「それなら出す尿の量を減らせばいい」
「お水が先か、おしっこが先か……哲学ですね」
「仕方ない。トイレが間に合わないのなら、これをはけ」
「新魔王様の異世界ポケットから……可愛いドロワーズが出て来ました。少し丈が短いようですが」
「これは俺のいた世界で『オムツ』と呼ばれるものだ。こうして開いて、分かりやすいように色を付けた水をこぼすと――」
「あっ、水がオムツに吸収されていきました! しかも表面はサラサラのままです!」
「これをはいていれば、夜中に寝小便をしても布団を汚すことはないだろう。余裕で二回分くらいの吸収量はあるはずだ」
「ありがとうございます、新魔王様! こんな素敵なプレゼントを……」
「勘違いするな、プレゼントなどではない。布団を干している暇があったら、俺の為に働けということだ。用が済んだら魔王の間に来るように」
「はい、わかりました!」
☆
「お待たせいたしました、新魔王様」
「いつまで待たせ――ぶはあっ!?」
「どうしました、盛大にコーラを吹き出されて」
「ちょ、おま、下! 下!」
「下?」
「なんでオムツで来てんだよ!」
「可愛いので、このままでも良いかと……」
「そういうもんじゃない! ちゃんと上からスカートをはいて来い!」
「ですが」
「さっさと行け!」
☆
「スカートをはいて参りました」
「まったく、驚かせやがって……」
「これが、そんなに恥ずかしいものですか?」
「めくるな! お前には羞恥心というものがないのか!?」
「有ることも無いですけど」
「ないのかよ!」
「間違えました。無いことも有りません」
「で、次のハーレム候補は見つかったのか」
「はい、新魔王様。活きの良い美少女を見つけましたので、現在情報収集に当たっております」
「うむ、時間はいくらでもある。数より質が大事だからな」
「ですが、一つ困ったことがありまして」
「どうした」
「この手紙を読んで頂けませんか」
「……手紙?」
≪魔王ムシュトワール殿≫
「誰だよ、魔王ムシュトワールって」
「新魔王様が倒した前魔王、ダーキルのお父さんのことです」
「ああ、あいつか」
≪先達ての約定に従い、今宵、蒼と紅の月が交わる時までに、ダーキル姫を我が妃として連れて来られたし。なお僅かな時間でも違えた場合には、一族郎党皆殺しにした上、力づくでダーキル姫を奪わせて頂く。 ハイエンダール伯爵≫
「ハイエンダール……どこかで聞いたような……」
「異界にまで名を轟かす、最強最悪の吸血鬼です。その力は魔王ムシュトワールの比ではありません」
「そいつが、お前を嫁に欲しいって?」
「はい。かつてこの魔王城は、ハイエンダール伯爵の襲撃を受けました。殺戮を快楽とするハイエンダール伯爵は、魔王ムシュトワールをなぶり殺しにしようとしたのですが、幼かったダーキルの姿を見て一目惚れをしたのです。成長したダーキルを妃にすることを条件に、この魔王城は見逃されました」
「へえ」
「その約定に記された時間が、本日なわけですが」
「ほう」
「どうにかしないと、ダーキルがハイエンダール伯爵の妃になってしまいますよ?」
「まあ、約束なら仕方ないんじゃないか? 約束は守らないとな」
「新魔王様が大嫌いな、寝取られレイプをされてしまいます」
「寝取られるも何も、お前は俺の恋人でも何でもないぞ」
「ダーキルが、他の男に犯されても良いというのですか?」
「そう言われてもなー」
「ハイエンダール伯爵は残忍で恐ろしい男です。単なるレイプでは済まされないでしょう。指を一本ずつ切り落とされ、生皮を剥がされ、あらゆる苦痛と絶望を味わわされることになると思います。ハイエンダールの屋敷に連れ込まれた少女たちは、誰一人として生きて帰ることが出来ません。ダーキルは痛いのはイヤです。嫌いな相手にレイプされるのもイヤです。新魔王様、ダーキルを助けてください」
「普通にお願いされると、リアクションに困るぞ。まあいいけど」
「助けて頂けるのですか?」
「勘違いするなよ、俺はお前を助けるわけではない。ただ、お前がいなくなると、ハーレム要員の管理に影響が出てしまうからな」
「ハイエンダール伯爵のハーレムも、かなり大きな規模のものだと聞いています」
「他人のハーレムになど興味はない。さて、手紙に付着した魔力から、ハイなんとかという男の場所は特定した。一気に空間転位をするが、お前も付いてくるのか?」
「そうですね。面白そうなので」
「面白いことなどないぞ。ただ、殺してくるだけだ」
☆
「――だからと言って、一言も会話をせずに殺してしまうのは、いかがなものでしょう」
ハイエンダール伯爵の屋敷、謁見の間にある豪奢な椅子には、新魔王と目を合わせることもなく灰と化したハイエンダールが、さらさらと白い煙を上げていた。
地面に転がったグラスから血のようなワインが零れて、ハイエンダールの灰に滲み渡っている。
「言ったではないか、ただ殺すだけだと」
「ここまで来ると、さすがにハイエンダール伯爵が哀れに思えてきます」
「お前が助けてくれと言ったんだろうが! なんで敵に同情してんだよ!」
「新魔王様は、盛り上げ方というものが分からないのですか? ここは恐怖に怯えるダーキルを庇いつつ、そこそこ苦戦した上でハイエンダール伯爵を倒し、戦いで昂ったテンションそのままに、ダーキルをレイプする流れではありませんか」
「そんな流れ知るか!」
口喧嘩をする二人の周りで、ハイエンダールのハーレム要員らしい十数人の少女たちが唖然としている。
「そもそも俺はコミュ障なんだ! ハイなんとかという男と会ったって、何を話していいか分からん!」
「そう思って、台本を用意して来ましたのに……ダーキルの徹夜の苦労が台無しです。責任を取ってください!」
「ああ、分かった分かった! こうすりゃいいんだろ?」
新魔王が指を鳴らすと、灰になっていたハイエンダール伯爵が瞬時に復活した。
数百年という時間を生きているハイエンダールだが、処女の生き血を吸うことで、20代のような若々しさを保っていた。
「……むっ!? 何者だ、貴様は! どうやってこの屋敷に侵入した!」
「えっと……『魔王ムシュトワールの使いの者です。ハイエンダール伯爵、約束通りダーキル姫をお連れいたしました』」
「おおっ、なんと美しい! 比類なき闇の宝石と謳われ、天上の神々ですら一目で地獄に堕とされるという美と悪の化身、あのダーキル姫が、ついに我が物となるのか!」
「……お前、これを言わせたかっただけだろ?」
「はて、何のことでしょう」
「使いの者よ、ご苦労だった。だがこのハイエンダールの屋敷に、男が足を踏み入れることは決して許されぬ。本来であれば、永遠に続く苦しみを与えてやる所だが、今の私は機嫌が良い。褒美として楽に殺してや――」
「お前が死ね」
「……あ、また灰になってしまいました」
「帰るぞ。もう要件は済んだだろう。異世界に来てまで、男と話なんてしたくないわ」
「そうですね。新魔王様が仰られるのであれば、無理にとは言いません。それにしても、死人まで生き返らせることが出来るとは……」
「俺が考えたチート能力の一つ『生殺与奪』だ。自分が殺した相手を自由に生き返らせることが出来るという設定だが、別に自分が殺した相手でなくても生き返らせることは出来る」
「では、この謁見の間に散らばっている多数の骸を、同時に生き返らせることも?」
「簡単、簡単。この通り」
新魔王が指を鳴らすと、ハイエンダールに血を吸われて命を落とした少女たちが、傷一つない体で生き返った。
「こ、これは一体何が起こったのだ!? 女どもが生き返って――!」
「少女たちばかりでなく、灰の人まで蘇ってしまいました」
「お前が『同時に』とか言うからだ」
「新魔王様は、殺す以外のことは出来ないのですか? 例えば相手の力を無力化して、最弱にした上で永遠の命を与えてしまうとか」
「出来ない訳がない。ほら、この通り」
「かっ……体が動かぬ! 力が失われて……どうしたというのだ!」
「事情を察した女の子たちが、木の枝や硝子片を持って、灰の人に集まって行きますね。この後、どうなるのでしょう」
「興味ないわ。帰るぞ」
「はーい」
「お、お待ちください!」
転位をしようとする新魔王に、一人の少女が声を掛けた。
綺麗な顔立ちの少女ではあるが、髪の半分近くが抜け落ち、皮膚がただれ、肉の表面が腐りかけている。
「これは妙ですね。新魔王様の力で、全ての少女たちが生き返ったはずでしたが」
「私はハイエンダールの実験によって、不死の呪いを掛けられてしまったのです。死にたくても死ぬことが出来ません。どうか新魔王様、ハイエンダールを一瞬で葬ったお力で、私を殺しては頂けませんでしょうか」
「……殺す?」
「はい。私をこの苦しみから救って欲しいのです」
「俺には関係のないことだ。あそこに居るハイエンダールに頼んで、元に戻してもらえばいい」
「それが……ダメなのです。私を不死にした後、ハイエンダールは私を殺す研究をしていました。しかし研究は上手く行かず、私は捨て置かれたのです」
「気の毒ですが、諦めてください。いくらチート能力の新魔王様であっても、さすがに死んでも生きてもいない少女を助けることは不可能です」
「そうですか……」
「おいダーキル、勝手に決め付けるな。誰が不可能だって?」
「新魔王様、無理はなさらないでください。出来ないことを出来ると言っても、後で恥をかくだけです」
「だから、出来ないとは言っていないだろう! よし、見ていろ!」
新魔王は、思いつく限りの攻撃で不死の少女に攻撃をした。
しかしどれだけ細かい肉片にしようと、灰と化そうとも、少女は見る間に復活してしまうのだ。
「くっ……馬鹿な……!」
「ごめんなさい。やっぱり無理ですよね」
不死の少女は申し訳なさそうに俯いた。
「お陰さまでハイエンダールの束縛から逃れることも出来ましたので、私は私を殺してくれる人を捜しに、旅に出ようかと思います」
「待て! 俺に出来ないことが、他の誰に出来るはずもない。こうなっては意地だ。お前は俺が責任を持って殺してやる!」
「ほ、ホントですか!?」
「いいのですか、新魔王様。安請け合いをして」
「魔王城にはいくらでも空き部屋がある。なに、すぐに解決出来るはずだ。お前、名を何と言う」
「ノーラです!」
「よし、ノーラ。俺と一緒に来い」
「は、はい!」
「待ってくれええぇぇぇーーーーっっっ!!!」
三人の背後から、ハイエンダールの絶叫が響く。
「頼む! 俺を、俺を殺してくれええぇぇぇぇーーーっっっ!!!」
新魔王によって不死となったハイエンダールは、自らが命を奪った少女たちによって、生き地獄を味わわされていた。
「俺が悪かったよぉぉぉ! なあ頼む、助けてくれ! 新魔王様、新魔王様、新魔王さまぁぁぁぁーーーーっっっ!!!!」
新魔王は何の反応を示すこともなく、ダーキルとノーラの手を取ると、魔王城へと転位した。
☆
「新魔王様は強すぎます」
「そりゃ、チートだからな」
「多少は苦戦しないと面白くないではありませんか」
「チートには二種類ある。目的を達成するために有利になるチートと、目的そのものをぶち壊すチートだ。俺は異世界で無双をして楽しみたい訳でも、政治や経済を動かして楽しみたい訳でもない。ただネット環境があって、元いた世界から好きなようにアイテムを取り寄せることが出来れば、それで十分なのだ」
「……欲があるのか無いのか、よく分かりませんね」
半死半生の少女ノーラは、107号室に入居させられた。
多少の臭いがあるので、他の部屋から離しておこうということだ。
「しかしそんな魔王様でも、出来ないことがあるのですね」
「単に消滅させるだけなら容易い。しかしそれは、死を与えることとは意味が違うのだ」
「ダーキルには分かりませんが、すべて新魔王様にお任せいたします」
「さすがの俺でも、こんな細かい条件でのチート能力までは想定していなかったからな……この世界に存在する何かしらの魔法で、ノーラを殺してやることが出来るとは思うのだが」
「レイプはしないのですか?」
「レイプって……ノーラを?」
「半死半生とはいえ、ノーラさんもかなりの美少女です」
「いや、でも皮とか剥がれているし、肉も腐りかけてるからね?」
「美少女は腐りかけが美味しいと言いますし」
「言わねーよ! 死姦とか超上級者だから! ……いや、待てよ?」
「目覚めましたか、新魔王様」
「違うわ! レイプ出来ないのであれば、レイプ出来るようにすれば良いのではと思ったのだ。肉体を殺すのではなく、生かす方向で考えてみれば――」
「なるほど、綺麗な体に戻してから、レイプをするというわけですね」
「ククク……我ながら恐ろしい発想よ! 殺して貰えるとばかりに喜んでいる不死の少女を、有ろうことか元に戻してレイプ未遂をしてやろうとは!」
「なんという鬼畜な発想……新魔王様の恐ろしさに、ダーキルはおしっこを漏らしてしまいました!」
「こんなところで漏らしてんじゃねえ!」
「でも大丈夫、ダーキルはオムツをはいています」
「なら良……くねえよ!」
「オムツは最高ですね。どこでもおしっこが出来る便利なアイテムです」
「そういう使い方じゃないからな!?」
「ああ、新魔王様の見ている前で、おしっこがどんどん出て来ます。この背徳感がダーキルに今までにない快感を――」
「うっとりするな! さっさとトイレに行って来い!」
「……ふぅ」
「ふぅ、じゃねえよ! 誰だよこいつを『比類なき闇の宝石』とか言ってた奴は!」
「ダーキルの二つ名は割と広範囲で有名ですよ? ダーキルはお姫様なので、みんなの夢は壊せません。ダーキルが本当の自分を見せるのは……新魔王様だけです」
「いいセリフっぽく言ってるけど、マジ迷惑なだけだから――って、思い出したぞ?」
「何をですか」
「ハイなんとかの名前、どこかで聞いたことがあると思っていた。あれは異世界に来て間もなく、たまたまこの魔王城の前を通りがかった時のことだ。いきなり魔物の大群に襲われた俺は、訳も分からず片っ端から魔物を倒していった。そのうちの何体かが、『ハイなんとかを倒せ!』『ダーキル姫をお守りしろ!』とか何とか言っていたのだが……」
「なるほど。新魔王様を、ダーキルを奪いにきたハイエンダール伯爵と勘違いしたというわけですね」
「あんなカス野郎と間違られるとは、何たる屈辱」
「新魔王様に粛清されるのも当然です。ダーキルのお父様は、体が大きいだけのアホでしたから」
「しかし、魔物たちがあそこまで必死に守ろうとする『ダーキル姫』とはどんな存在なのか、途中からかなり気になってな。厳重な封印が施された、大層な棺を開けてみたら――」
「それはダーキルのベッドですね」
「白目を剥きながら親指をしゃぶり、股に手を突っ込んで半ケツを出している痴女が寝ていると来た」
「一目惚れですか?」
「一目萎えだわ。未だかつて、あんなにがっかりした瞬間はない」
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-----現在のハーレム状況-----
【101号室 ドロシー(オークの姫)】
ジョシュア以降、助けが来ないのはどういうことだろうか。
【102号室 名前不明(エルフの少女)】
部屋にテレビを置いて、子供向け番組を見せてみる。
【107号室 ノーラ(半死半生の少女)】
多少の腐臭はするが、消臭剤を置けば問題ないレベル。