温泉回(前
道中でドロシーが用意してくれたお弁当を食べて、陽が傾き始める前には温泉町リエドに到着した。町の各所からもくもくと湯気が立ち上り、硫黄のような匂いが鼻をつく。
「少し早いですが、本日はこちらで温泉に入って、冒険終了といたしましょう。皆さんが新魔王様の帰りをお待ちですからね」
ダーキルの案内で、滋養強壮に効能があると噂の温泉までやってきた。
正面に立てられた看板には『この温泉に入ったおかげで、男としての自信を取り戻しました!』などと宣伝臭い文句が並べられている。
若い女性の店員が、新魔王とルトを見て、愛想よく微笑みかけた。
「いらっしゃいませ。カップルさんですか?」
「い、いえ、違いますっ!」
ルトが赤面して否定すると、店員は「初々しくてかわいい♪」と口元に手を当てる。
「男性が1名様に、女性が……あっ、2名樣ですね」
「ボクは男ですからっ!」
ルトはそういって、店員に冒険者の証明書を突き付けた。
受付で代金を支払い、新魔王とルトは男湯に、ダーキルはサファイアを連れて女湯へと向かう。
「それでは新魔王様、ダーキルたちはこれで。男の子同士と女の子同士、ゆっくりお湯に浸かりながら、親睦を深め合うことにいたしましょう」
「ああ、他のお客さんに迷惑をかけるんじゃないぞ」
「その気になられましたら、いつでも女湯に飛び込んで、ダーキルをレイプしてくださいね」
ダーキルはウインクをすると、サファイアを肩に乗せて歩いて行った。
「じゃあ俺たちも行くか」
「あ、はい……」
ルトは気まずそうに顔を伏せる。
「実はボク、小さい頃からずっと女湯に入っていて……お母さんからそうするように言われていて……だから……」
新魔王はルトの頭にポンと手を置いた。
「気にすることはない。お前は男だ。堂々としていればいい。お前に嫌がらせをするような奴がいたら、俺が懲らしめてやる」
「あ、ありがとうございます、師匠!」
案の定、ルトが脱衣所に入った瞬間に、場の空気が一変した。目を見張るほどに可愛らしい美少女が、むさ苦しい男たちでひしめく脱衣所に入ってきたのだから、それも無理のないことだ。
ルトは隅っこに行って、遠慮がちに服を脱ぎ始める。白く滑らかな肩のラインに、丸みを帯びた腰回りが露わになった。本人が目立たないように意識すればするほど、その仕草は自然と男たちの注目を集めてしまう。脱衣所にいた男たちは前かがみになって、次々に脱衣所を出て行ってしまった。
「あ、あれ? いつの間にか誰もいませんね。団体さんが帰ったのでしょうか」
ルトはきょとんとあたりを見回した。
「どうでもいいがルト、お前なんで胸を隠しているんだ?」
「えっと、これは……周りがそうしていたから、自分も隠さなくちゃいけないのかなって」
「ああ、ずっと女湯に入っていたせいか。男は胸なんて隠さなくていいんだ」
新魔王がタオルを引っ張ると、ルトは「ひゃあ!」と身を屈める。
「ご、ごめんなさい、なんか恥ずかしくて、その……」
「恥ずかしいのは分かるが、タオルを取って素っ裸になれなければ、真の男になんてなれないぞ。ほら、この通りだ」
新魔王はそういって、自分の前を隠していたタオルを取った。正直なところ自分も恥ずかしかったが、ルトを一歩前に進ませるためならと、文字通り一肌脱いだのだ。
ルトは新魔王の股間をじーっと見つめて、ゴクリと唾を飲みこむ。
「こんな風になっているんですね……」
「……おい、あまり見るなよ、俺だってさすがに恥ずかしいぞ」
「す、すいません! 男の人の裸を見たことがなかったので、どういう風になっているのか気になって」
ルトはそういいながら、自分の股間と見比べた。
「ボクはまだまだですね……」
岩造りの露天風呂はかなり広く、青く澄んだ空が頭上に広がり、陽光をきらきらと反射させている。硫黄っぽい匂いの中に、わずかに甘い香りが混じって、滋養強壮に効くと言われれば納得してしまいそうな雰囲気だ。
そして脱衣所の時と同じく、ルトの姿を見た男性客たちが、次々と前かがみになって温泉を出て行ってしまった。
「貸し切りになったな。こりゃいい」
新魔王は湯浴びをしてから、露天風呂に飛び込んだ。ルトもそれに続いて、つま先からゆっくりとお湯に浸かる。
「ふぅ……気持ちいいですね、師匠」
「たまにはこういうのもいいな。温泉旅行なんて、ほとんど行った記憶がないくらいだが」
程よい熱さのお湯が、じんわりと肌を刺激する。癖のある温泉の匂いも、なれてくれば全く気にならない。
「ボク、師匠に会えて本当に良かったです。師匠だけです、本当のボクを見てくれているのは。女の子じゃない、男の子のボクを……」
お湯の表面を指先で撫でながら、ルトが小さな声で言った。立ち上がる湯気で頰は紅潮し、潤んだ瞳と毛先は、息を呑むほどに可愛らしい。
しかし、この容姿のせいでルトが辛い思いをしてきたことを考えると、新魔王は複雑な気分になる。王都グルノーヴァでのルトの人気は凄いもので、それこそファンタジー物語の勇者様そのものだった。ルトは人間たちの希望であり、ルトはその願いを小さな背中に背負って、ここまで戦い続けてきた。仲間に裏切られ、自らの命を危険に晒してでも、自分の心を押し殺してきたのだ。
そんな偉大な人物に比べて、いったい自分はどうなのか。たまたま与えられたチート能力で偉そうに振舞って、ルトを辱め、傷つけた。自分がルトの師匠……いや、友人を名乗ることさえおこがましいのではないか。
大賢者モードのせいか、どうしても思考がネガティブになるなと、新魔王は首を振った。
「悪かったな、ルト……その、出会った時から色々と」
「それは気にしないでください! もう済んだことですし、ボクは気にしていませんから」
「俺も、お前と会えて良かったと思っている。この世界で唯一の男友だちだ。俺のエロ画像コレクションにも嫌な顔をせずに付き合ってくれるし、今日だって何度も助けてもらった。本当に感謝している」
「そう言って頂けると、ボクも嬉しいです……」
ルトはお湯に口元を沈め、ぶくぶくと泡を立てた。




