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冒険者ギルドに向かうはずの一行だったが、すぐにそれどころではなくなってしまった。勇者ルトの姿を見つけた国民たちが集まってきて、身動きが取れなくなってしまったのだ。
世界を救う勇者としてグルノーヴァを出立したルトは各地で武勲を上げており、その話は当然グルノーヴァにも伝わっている。ただでさえ『可愛すぎる勇者さま』として大人気なのだから、ルトがこうして戻って来れば、大騒ぎになるのは当然のことだった。
結局、騒ぎに駆けつけた近衛兵に連れられて、ルトはグルノーヴァ王に謁見することになってしまった。
「ごめんなさい、こんなことになるとは思わなくて……」
王城にある豪奢な控え室で、ルトは申し訳なさそうに頭を垂れた。
ダーキルは冒険のしおりを開いて、そこにペンを走らせている。
「予定外ではありますが、これも美味しい展開です。冒険の旅には王様からのお言葉と餞別がつきものですからね」
「国を代表する勇者様が戻ってきたんだから、そりゃ騒ぎになるか。しかし、すごい人気だったな」
「旅に出た時は、こんなじゃなかったんです。見送りは数人の兵士さんと、お母さんだけだったくらいです」
「しかしどうやら、ルトさんが魔王ムシュトワルを倒して凱旋されたという話になっているようですね」
どのように話を合わせましょうか、とダーキルは新魔王を見た。
「ムシュトワルはすでに死んでいるから、ルトが倒したことにしておけばいいだろう。だが、それで世界が平和になったと思われては困るからな。さらなる凶悪な敵、新魔王が現れたことを告げて、もう一度旅に出るという報告をすれば、俺にとっても好都合な展開だ」
新魔王は破壊神キルドライノスを倒したことで、英雄視されてしまっていた。その名誉を返上するために、ミラーナの学校で工作員を育てさせて、世界各地で工作活動を行なっている最中だ。
「というか、だんだん緊張してきたんだけど、謁見の際のマナーとかあるのか? こういうの初めてだからわからないんだ」
新魔王は神社にお参りに行くと、何回手を叩けばいいのかが気になって、結局は何もお願いできずにその場を離れてしまうタイプである。
「特にこうしろとかはないので、ボクの真似をしていてもらえれば」
「新魔王様が緊張される必要などありません。その気になれば、こんな国など一瞬で消し去ることが出来るではありませんか」
「それはそれ、これはこれだ。今の俺は名もなき冒険者の一人に過ぎん。そんな自分が、伝説の勇者の仲間として王様に会うとか、やばすぎるシチュエーションだ」
新魔王は冷や汗を拭いながら、やたら綺麗なクリスタルグラスに注がれた水を口にした。腰を下ろしているソファは、今までに体験したことがないくらいに柔らかく、手触りがいい。落ちてきたら大惨事になりそうなシャンデリアが、神経を逆撫でするかのように七色に輝いている。
そこへ、立派な鎧を着た兵士がやってきた。
「お待たせいたしました、ルト様。グルノーヴァ王がお待ちです。お供の方々も、どうぞこちらへ」
「あ、いえ、この方たちはお供ではなくて、むしろ……」
新魔王はルトの脇腹を小突いて「その方が好都合じゃないか」と囁いた。
ルトは頷くと、新魔王とダーキルを連れて謁見の間に向かった。
「よくぞ戻ってきた、勇者ルトよ! そなたはグルノーヴァの誇りである!」
ルトが跪くのをみて、新魔王とダーキルもそれに倣った。謁見の間には金色の鎧を纏った兵士がずらりと並んで、旗やら剣やらを掲げている。
「聞けば、我らが怨敵である魔王ムシュトワルを討伐したと……んんっ!?」
言葉を止めたグルノーヴァ王は、ルトの後ろに控えているダーキルに目を留めた。
「おおっ、これはなんと美しい……! ルト殿のお連れの方であるか」
「ダーキルと申します。こちらに控えるシンマ様と夫婦の契りを交わしておりまして、ご縁あって勇者ルト様にご同行させて頂いております」
「なんと、そうであったか! どちらの国のご出身か」
「北方の小国、ノーザリーの生まれです」
よくも平然と嘘がつけるものだと、新魔王は隣のダーキルを睨みつける。
「彼の地には、美しい女性が多くいると聞いたが、まさかこれほどとは……」
「もったいなきお言葉、ありがたく存じます」
ダーキルは顔を伏せながら、そっと新魔王の方をみてドヤ顔をした。
国王は話がそれてしまったことをルトに詫びて、改めて魔王ムシュトワルを倒したルトを褒め称える。ルトはその賛辞を受けながらも、さらに強大で恐ろしい敵『新魔王』がいることを伝え、再び旅に出ることを告げた。
「新魔王……あの破壊神キルドライノスを倒した英雄と聞くが」
「それは誤った噂です。新魔王はキルドライノスの力を吸収し、さらに凶悪な力を手にしました。世界各地の国々と冒険者が連携して、この問題に当たらなければなりません」
「にわかに信じがたいことだが、他ならぬルト殿が言うのであれば間違いなかろう。至急、各国に連絡をとって対応を協議する」
国王は重々しく頷いて、ルトの旅に幸運が訪れるように祈りを捧げた。
謁見を終えると、新魔王たちは再び控え室に戻らされる。そこには大きな宝箱が置いてあった。
「こちらは国王より、ルト様への餞別です。どうぞお持ちください」
兵士たちが退室すると、ダーキルが興奮したように新魔王の袖を引っ張った。
「シンマ様、宝箱ですよ宝箱! ダーキル、ワクワクです! どうのつるぎと50ゴールドが入っているんですよ!」
「アホか、そんなケチくさい王様が現実にいるわけないだろ」
宝箱の中には大金の他に、希少な魔法アイテムなどが入っていた。ダーキルはぷくーっと頰を膨らませる。
「ダーキル、納得がいきません。あの王様はきっとニセモノです」
ルトは慣れた手つきでお金と装備品を身につけた。
「でもこれで、今後の冒険がずっと楽になりますよ。お金は大切ですからね」
「勇者だからって、金銭的な支援が約束されているわけじゃないのか?」
世界の命運を握る勇者には、それこそ最高の武器や防具を国が支援するべきだと、新魔王は主張した。
「そこは政治とか宗教とかで、色々と事情があるみたいです。ボクの他にも、世界を救おうと考えている冒険者がたくさんいますからね。あからさまな特別扱いは良くないということで」
勇者といっても生身の人間だ。誰かに恨みを買って後ろから刺されたりでもしたら、あっけなく命を落としてしまうことだろう。
「……面倒くさい世界なんだな」
「でもでもシンマ様、実績も何もない冒険者のダーキルたちが、勇者ルトさんと同じパーティーになれるなんてチート感があって面白いですよね! ダーキルたちも伝説の冒険者になれるかもしれませんよ!」
「お前、本来は勇者ルトと戦う立場にあることを忘れていないか? 魔族の姫だろう一応は」
「あ、言われてみればそうですね。お父さんが倒されたあとは、ダーキルが真のラスボスとしてルトさんと殺しあうことになっていたかもしれません」
「で、でも、ボクとダーキル様が戦うことは想像できませんね。きっとその場で、話し合いをして解決したんじゃないでしょうか」
微妙な空気を振り払うように、ルトは作り笑いをした。
「では、冒険者ギルドに行きましょうか! 王様が騒ぎにならないようにお触れを出してくれたそうなので、これからは大丈夫だと思います……たぶん」




