第二話 冒険者になろう
新魔王は異世界に来て初めて、人間の住む世界に降り立った。空気の香りも、踏みしめる土の感触も、新魔王が前世で知っていたものとは別物のように感じられる。
そもそもどうして、異世界転生した直後に魔界に放り込まれたのだろうかと、新たな疑問が新魔王の脳裏をよぎった。しかしそれを考えたところで仕方がない。
新魔王は気を取り直して、目の前の光景を観察した。水上要塞とも呼ばれる王都グルノーヴァは、街の周囲を人工的な湖と防壁で囲むことで、魔物の侵入を防いでいるという。湖面には荘厳な作りの王城が映り込んで、美しくも強大な圧迫感を放っていた。どんなゲームや映画よりも解像度の高い、リアルなファンタジー世界の光景に、新魔王は息を飲んだ。
「わあ、懐かしいなあ!」
新魔王の隣に立つルトが感慨深そうに言った。ルトはグルノーヴァの出身で、14才の時に神託を受け、勇者として冒険の旅に出たのだった。グルノーヴァに戻るのはその日以来になるという。
「師匠、ダーキル様、ボクが街をご案内させて頂きますね! 面白い見世物だとか、美味しい食べ物だとか、オススメできるところがたくさんあるんですよ!」
「ルトさんの生まれ育った街ですか。これは興味深いですね、新魔王様」
「なんだか俺も、ようやく異世界に来たって気分だ」
張り切るルトの後ろを、新魔王とダーキルが歩く。相変わらず優れない表情の新魔王に、ダーキルが声をかけた。
「もし気分が悪ければ、すぐにおっしゃってくださいね。冒険はすぐに切り上げますので」
「心配するな、気分が悪いというわけではない。色々と考えすぎてしまうだけだ」
「考えてしまうとは、どのようなことをでしょう」
ダーキルの問いに、新魔王はため息交じりに答える。
「本当にくだらないことだ。さっきルトが、この湖は人工的に作ったものだと言っただろう? それについて、どれくらいの人が、どれくらいの時間をかけて、どんな手段で湖を作ったのだろうとか、安全性に問題はないのかとか、そういうことを考えてしまう」
「新魔王様は、こういったものに興味がお有りなのですか」
「ない、まったくない。普段なら気にせずに通り過ぎるだけだ。それなのに今は、つまらないことまで考え込んでしまうのだ。この世界は俺がやってくる前から存在していて、そこには長い歴史とか文化だとか、たくさんの人生があるのだろうな、とか……」
新魔王から少し離れた小道を、行商人の一団や、冒険者のパーティーが通り過ぎていった。その表情や動きを目で追う新魔王は、彼らがこの世界に現実に生きている人間なのだということを実感せざるを得ない。
異世界転生してからこれまでは、この世界はチート能力を手にした自分のために存在するものだと思っていた。しかし大賢者タイムとなった今は、自分がこの世界にとって招かれざる客なのではないかという疎外感と罪悪感に苛まれ、締め付けられるように胃が痛む。
「難儀なものですね、大賢者タイムというものは。しかし、考えることは悪いことではありませんよ。ダーキルをどうやってレ◯プしようとか考えて頂ければ、良いアイデアが思いつくかもしれません!」
「そうだな、しっかり考えてみることにするよ」
「……んむむ、これは重症ですね。ダーキル、心配です」
巨大な吊り橋から街に入るところで、ダーキルはこれからの目的を伝えた。新魔王とダーキルは身分を隠して、ごく一般的な冒険者として行動をすることになる。まずはグルノーヴァの冒険者ギルドで登録をして、旅に必要な武器と防具を揃えていくのだ。
「冒険者ギルドか。ライトノベル定番の展開だな」
新魔王の皮肉にも、ダーキルは嬉しそうに頷いた。
「そこで新魔王様には、冒険者としての仮の名前を決めて頂きたいと思います。新魔王のお名前で登録をするわけにはいきませんので」
「ああ、たしかに。名前……名前か」
しばらく検討した結果、新魔王は仮の名前を『シンマ』とすることにした。
「それではダーキルは今後、冒険中はシンマ様とお呼びさせて頂きます」
「ボクはこのまま、師匠、ダーキル様とお呼びして問題ありませんよね」
「いや……今の俺に、師匠と呼ばれる資格はない」
新魔王は表情を曇らせる。
「お前を真の男に育ててやると約束しておきながら、師匠であるはずの俺自身が、エロ画像を見てもピクリともしない体になってしまったのだからな」
「気にしないでください、師匠! たとえエッチじゃなくなっても、ボクにとって師匠は師匠ですから!」
ルトは新魔王の手をとって、ぎゅっと握りしめる。
「ボクにだって、剣を持てなくなった時期がありました。自分に勇者としての資格があるのだろうかとか、命を賭けてまで人間のために戦うべきなのだろうかとか……だから師匠ならきっと、この試練を乗り越えることができるって、ボクは信じています!」
「試練、か……」
正直なところ、ルトの立派な試練と比較されると情けなくなるのだが、それを言ったところでルトを困らせてしまうだけだろう。心配してくれる友人に応えるためにも、うじうじ悩んでいるわけにはいかない。
しばらく俯いていた新魔王は、ゆっくりと視線をあげると、ルトに微笑みかけた。
「ありがとうな、ルト」
それを聞いたルトは、ぽっと顔を赤くする。
「いっ、いえ! お、おお、お礼を言われるようなことではっ!」
「これが試練だというのなら、焦っても仕方がない。今はこの世界での旅を楽しみながら、俺自身を見つめ直すことにしよう」
新魔王は弱々しくも、前向きな一歩を踏み出した。
今朝方パソコンで調べたところ、ED(勃起不全)の原因には、様々な理由が考えられるらしい。異世界に転生し、生活環境が大幅に変わったことで、自分でも知らないうちにストレスが溜まっていたのかもしれない。それならばこの世界に適応することで、元の自分に戻ることが出来るはずだ。この茶番のような冒険も、今の自分には必要なことなのかもしれない。そう考えると、だいぶ気が楽になってきた。
「ダーキル、恐ろしいです! この試練を乗り越えた新魔王様が、さらなる鬼畜凌辱パワーに目覚められる日が……!」
「ふふふ……そう、今は雌伏の時なのだ。真の鬼畜凌辱新魔王として完成するために、じっと欲望の力を蓄えておく必要がある!」
新魔王の不敵な笑みに、ルトはほっと胸をなでおろした。新魔王に聞こえないように、そっとダーキルに耳打ちをする。
「よかったです、いつもの調子に戻ってきたみたいですね」
「ルトさんのおかげです。ありがとうございます」
ダーキルも微笑み返して、冒険のしおりを開いた。
「まずは冒険者ギルドに向かいましょう。ルトさん、案内をお願いできますか?」
「はい、お任せください!」




