第三話 『神の御使い』エルフの少女
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新魔王の言いつけを守らなかったとして、ダーキルは懲役1時間の刑に処されていた。
両手に持った大きなカゴの中には、新魔王が罰の為に拾ってきたスライムがたっぷりと乗せられている。
刑期を終えると、ダーキルは魔王城の窓を開けて、スライムたちを草むらの上に放り投げた。
「新魔王様、ダーキルは反省して戻って参りました。手が痺れてしまって、今夜は一人遊びに耽ることが出来ないかもしれません」
「俺の知ったことか」
「ですが、感覚のない手で作業に勤しむというのも、乙なものかもしれませんね。触っている感覚が失われた分、触られている感覚が増すと言いましょうか……――はっ! まさかこれは、ダーキルへの罰と見せかけた新魔王様からのご褒美なのですか!?」
「お望みとあれば、たっぷり褒美を追加してやるが」
「いえ、結構です」
「しかし新魔王様がスライムを持ってきた時には、どんな罰を受けるのだろうかと期待いたしましたのに」
「何を期待したんだよ……とにかく、もう俺のパソコンに近づくな。それ以前に、勝手に俺の部屋に入ってくるんじゃない」
「悪気はなかったのです。知らない女の声が聞こえてきたので、何事かと様子を窺ったところ、その魔法の箱の中で、女がこちらへ向かって話しかけてくるではありませんか」
「魔法の箱? ああ、パソコンのことか」
「話しかけられたので、ダーキルもそれに応えていたのですが、どうにも話が噛み合いません。これはどうしたものかと……」
「噛み合わないのは当然だ。これは動画だからな」
「どうが?」
(――新魔王様説明中)
「なるほど、パソコンとは便利なものです。音楽や映像など、様々な情報を検索したり保存することが出来るのですね。この世界の何処を探したって、そんな技術はありません」
「そうだろう。いくら異世界に転生したって、パソコンとネットが使えないのでは退屈で死んでしまう。このパソコンは、俺の元いた世界とリアルタイムで繋がっているのだ」
「エッチな画像や動画も見られるのですか?」
「もちろん、チート能力であらゆる有料チャンネルに加入している。AVもエロアニメも見放題だ。回線速度も光を超えて、神回線になっている」
「よく分かりませんがスゴイです! あと、先程から新魔王様が飲んでいるそれは、一体なんです?」
「コーラだ」
「甲羅? 亀さんが背負っている?」
「甲羅ではない、『コーラ』だ。俺の元いた世界にあった飲み物だ」
「どうして、そんなモノがここにあるのです?」
「ククク……知りたいか?」
「ダーキル、わくわくです!」
「これこそ俺の7つのチート能力が一つ、『異世界ポケット』だ!」
「新魔王様のお腹に付いている、半円形の白いポケットのことですか?」
「この異世界ポケットの中は、俺の元いた世界に繋がっている。こうして手を突っ込んで、欲しい物を念じれば――」
「冷え冷えの『コーラ』が出てきました! ダーキルが飲んでもいいですか?」
「ああ、構わんぞ」
「ガラスみたいな容器ですが、とても軽いです」
「それはペットボトルといってな。飲み口の赤いところを回して開けるのだ。飲み終わったら、反対方向に回して閉めておけばいい」
「開きました! ぱちぱち音が聞こえてきます!」
「せっかく異世界に転生したって、メシはマズイ、物が無いでは困るからな。ティッシュすらないだろう、この世界には……」
「けほっ、けほっ! の、喉に電撃が走りましたよ! これは罠ですか!?」
「いいえ、炭酸です。まあ、その感覚を楽しむ飲み物だ。慌てずに少しずつ飲むといい」
「んくんく……お、美味しいです! しゅわしゅわが癖になりそうです!」
「ククク……これぞ真の文明チートだ! 快適な異世界生活のために、俺は一切の妥協をしない!」
「ということは、新魔王様はそのポケットから何でも出せるのですね?」
「ああ。元の世界に存在するものであれば、サイズに関係なく、このポケットからにゅーっと取り出せるぞ」
「ダーキルも、パソコン欲しいな」
「人差し指を咥えながら、上目遣いでおねだりをしてもダメだ」
「ダーキルをレイプしていいので、パソコンくーださい♪」
「レイプもしないし、パソコンもやらん」
「そこを何とか。せめてレイプだけでも……」
「しつこい。そんなことより、例の件はどうなったんだ」
「レイプの件なら、お任せください。バッチリ、新魔王様がレイプしたくなるような美少女をさらって来ました」
「今度は大丈夫なんだろうな」
「もちろんです。お気に召しましたら、ダーキルにも少しだけパソコンを使わせてくれませんか?」
「うーん……まあ、働き次第では考えてやらなくもない」
「やった! では行きましょう!」
「あ、こら、コーラを振るな! ……って、これは洒落じゃないぞ?」
「どうしてです?」
「あっ、馬鹿! 今フタを開けると――!!」
「えっ……きゃあーーっ!?」
「びっくりしました。コーラだけに、こーらびっくり、なんちゃって」
「俺のいた世界では、その洒落を言うと死罪になるのだが、特別に見逃してやる」
「泡の逃げて行ったコーラは、あまり美味しくありませんでした」
「まあ、そういうものだ」
☆
「到着いたしました、102号室です」
「どんな美少女なんだ?」
「エルフ族の少女です」
「おお! エルフといえば、人間やオーク、魔物や怪物などあらゆる種族の子を妊娠するという、まさに異世界被レイプの代名詞的な存在!」
「エルフ族では千年に一度、『神の御使い』と呼ばれる特別な力を持った女の子が生まれるのですが、新魔王様はご存じでしたか?」
「いや、初耳だが」
「その容姿は天上の光と謳われ、流す涙は宝石に、語る言葉はこの世の何よりも美しい旋律になるそうです」
「ほう……まさか、お前はその『神の御使い』とやらを――」
「はい、捕まえて参りました」
「グッジョブだ、ダーキル! 一日一時間、パソコンを使う権利をお前にやろう!」
「わあい!」
「しかし、そんなに希少な存在をよく見つけて来られたな」
「実は、既に人間に捕らえれた後だったのです」
「人間に?」
「エルフ族の少女は、売れば金になりますからね。とある村が襲撃を受けた後で、ダーキルがたまたま通りがかったのです。人間たちは、少女が神の御使いであることに途中で気付いたのでしょう。他に捕らえていた少女たちは、既に首を切られて殺されていました。もちろんエルフ族の村には、誰一人として生きている者はいませんでした」
「……って、いきなり展開が重いわ! ハッピーだった俺のテンションが、物凄い勢いで下降中だよ!」
「この世界ではよくあることです。その為、申し訳ないのですが、少女についての事前情報がございません。名前や年齢、境遇など一切が不明となっております」
「それは仕方ないが……で、その人間たちはどうした」
「ダーキルが適切に処理をいたしました」
「……具体的には」
「死なせてくれと言うまで苦痛を与え、死なせてくれと言わなくなったところで殺しました」
「そうか」
新魔王は頷き、102号室の扉を開ける。
洋服を返り血に染めたエルフの少女が、部屋の隅で膝を抱えて座っていた。
その髪は死神に魅入られたかのように白い。
美しくも生気を失った横顔は、廃墟となった美術館に捨て置かれた天使画のようだった。
「すでにレイプ目じゃん!」
「泡の無くなったコーラみたいです」
「呼びかけても、まったく反応しないのだが」
「感情を失っているようです。家族を殺され、村を焼かれ、自身が神の御使いであったがために、他の少女たちまで目の前で殺されたのですから、当然と言えば当然でしょう」
「なんという鬱展開」
「処女であることは確認済みです」
「淡々とそういう事を言わないで欲しいかな!」
「さあどうぞ、思う存分に襲いかかってください」
「よーし、新魔王様、張り切って怖がらせちゃうぞー! ……って、できるかーっ!」
新魔王のツッコミが部屋に響き渡るが、エルフの少女はぴくりとも反応しない。
「遠慮することはありません。新魔王様は、絶望に打ちひしがれた少女の表情が好きなんですよね?」
「限度というものがあるだろう。感情を失っては終わりなのだ。俺はそれに至るまでの過程をエンドレスに楽しみたいのだからな。無反応な相手を襲ったって、面白くも何ともない」
「そうですか。では、処分いたしましょう」
ダーキルは、魔槍グングニルをエルフの少女の喉元に当てた。
エルフの少女は反応することなく、ただ虚空を見つめている。
「早まるな。せっかくの『神の御使い』を、殺してしまうのは惜しい」
「ですが、この少女は壊れてしまっています。外へ返したとしても、野犬に食われるか、再び人間に捕らえられるか……この場で殺してあげるのが、せめてもの情けというものでしょう」
「まあ、待て。一時的なショックで反応が出来ないだけかもしれん。もう少し様子を見ることにしよう」
「魔王城に置いて、この少女の面倒を見るということですか?」
「その通りだ」
「新魔王様が?」
「うむ」
「ちゃんと面倒を見られます? 途中からダーキルに任せっきりになるのではないですか?」
「大丈夫だってば」
「餌とかトイレとかお散歩とか、生き物を飼うのは大変なのよ?」
「お母さんみたいに言うなよ!」
「新魔王様がそこまで仰るのなら仕方ありません。認めてあげます」
「お前に決定権があるのかよ!」
「言っておくが、こいつを助けてやろうという訳ではないぞ。無事に回復して感情が戻ったら、あらためて襲いかかってやろうという算段なのだ。自分を助けてくれた恩人に裏切られるショックは格別だろう」
「さすがです、新魔王様。鬼畜極まりない発想……ダーキルは新魔王様の恐ろしさに、おしっこを漏らしてしまいそうです」
「そうと決まればダーキルよ、エルフの娘に着替えを与え、温かいミルクを用意するのだ! おっとその前に、血で汚れた体を綺麗にしてやる必要があるな! 湯を沸かせい!」
「はい、かしこまりました……って、やっぱりダーキルに世話をさせる気ではありませんか」
「仕方なかろう、着替えや風呂まで俺がやるわけにはいかん。飯は俺が面倒を見るから、それ以外はお前が担当しろ。褒美にコーラやるから」
「はーい」
「エルフ族の至宝、『神の御使い』か……その表情が恐怖にひきつる瞬間が、実に楽しみだ! はーっはっはっは!」
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-----現在のハーレム状況-----
【101号室 ドロシー(オークの姫)】
どんな理由を付けて追い返そうか検討中。夜中はイビキがうるさい。
【102号室 名前不明(エルフの少女)】
何をしても反応しない。