第二話 『博愛の姫君』ドロシー
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翌朝、新魔王が城の庭へ出ると、パジャマ姿のダーキルが布団を干していた。
柔らかな日差しを浴びる白い布団の真ん中には、どこの世界の物とも知れない、見事な世界地図が出来ている。
「おねしょ占いです」
「……oh」
「新魔王様の今日の運勢を占っておりました」
「結果は?」
「最高の結果ですよ。マジでキチと出ております」
「それはお前のことだ。その年でまだ寝小便をしているのか」
「お布団の中での放尿は気持ち良いですからね。新魔王様も試されてみてはいかがですか」
「するかバカ」
「癖になりますよ。太ももにズボンがくっつく感覚が堪らないのです。ほら、この通り」
「見せつけるな! さっさと着替えてこい!」
「でも、ショーツの白と太ももの肌色が透けて、なかなかのエロスだとは思いませんか?」
「……それは否定しないが」
「ダーキルをレイプしちゃいます? ちょうど、お布団ならここにあります」
「やだよ、ばっちい」
「ばっちくないです。見て下さい、ダーキルの尿の香りにつられて、蝶たちが布団に集まってきました」
「シュールだな、おい」
「ダーキルの股間にも集まってきましたよ。まさに大自然のモザイクです」
「やかましいわ!」
「あっ、いやっ……そんなとこ吸わないで……!」
「お前が吸わせてんだろうが!」
「ああっ、新魔王様、ダーキルの恥ずかしい姿を見ないでください……!」
「お前はもっと、別の部分で恥ずかしさを感じるべきだからね?」
「別の部分……乳首ですか?」
「そういう意味ではない!」
「ところで新魔王様、ダーキルに何か御用でしょうか」
「ああ、例の件はどうなったんだ」
「レイプの件?」
「聞き間違いだろうが、間違っている訳ではない」
「それならバッチリです。今朝方、新魔王様がレイプしたくなるような美少女を捕らえて来ました」
「おお、仕事が早いな」
「えっへん、こんなの朝ション前です」
★
「101号室です。とある国のお姫様を連れて来ました」
「監禁陵辱といえば、やはり高貴な身分が相応しいな」
「扉を開ける前に、ダーキルが調査してきた事前情報をお知らせいたしますね」
「ご苦労」
「西方の小国『オーベストーク』の姫で、名前をドロシーと言います。年齢は15歳、高貴な身分でありながら、誰に対しても分け隔てなく接することから、 オーベストークでは『博愛の姫君』と呼ばれています。隣国の王子との結婚を控えておりましたが、その前夜祭の最中に、ダーキルに連れ去られてしまいました。オーベストークでは行方不明になったドロシー姫を救出しようと、国民が総出で捜しまわっています」
「結婚を前日に控えた姫君か。実に良いシチュエーションだ」
「寝取り属性も大きなプラスですね。隣国の王子とは幼馴染で、小さい頃に結婚の約束をしていたようです。両国民から盛大な祝福を受けて、今まさにハッピーエンドを迎える直前の出来事でした」
「クックック……お主も悪よのう、ダーキル」
「げっへっへ……新魔王様ほどではありませぬ」
新魔王は101号室の扉に手をかけて、ドロシー姫の恐怖心を煽るかのように、ゆっくりと開けた。
暗闇の中から、張りつめた恐怖と緊張感が伝わってくる。
新魔王が魔法の火を飛ばすと、純白のパーティードレスに身を包んだ、囚われの姫君の姿が露わになった。
「これはこれは、何とも美しい姫君だ。金細工のような髪にサファイアの瞳……男を知らぬ滑らかな肌は、嶺の処女雪を思わせる」
新魔王はその姿を、ねめつけるように観察する。
「ククク……良い眼をしているな、ドロシー姫よ。『博愛の姫君』と呼ばれているそうだが、邪悪には決して屈しないという強い意志を感じる。そのハートマークをひっくり返したかのような大きな鼻は、物事の表面だけでなく、真実をも嗅ぎわけるのだろう。鍛え上げられた巨大な体躯は、守られる立場に満足することなく、自らの力で民を守ろうという高潔な魂を感じずにはいられな――――って、こいつオークじゃねえか!!!!」
「お、オデになにをする気だっちゃ……オデは悪に屈しないとよ……!」
「おいダーキル、ちょっとこっちに来い!」
「はいはーい」
「どういうことだ、これは! なんでオークがここにいる!」
「オークですけど、正真正銘のお姫様ですよ。オーベストークはオークたちの住む国なのです」
「アホかお前は! 姫ったって、俺の倍以上でかいじゃないか!」
「お気に召しませんでしたか?」
「召すわけあるか! だいたいお前は――」
「――新魔王様、どうやら城内に侵入した者がいるようです」
「なんだと?」
「ドロシー姫を救出しにきたのでしょう。オークの鼻は良く利きますからね」
まもなく、巨大なオークが101号室にやってきた。
「ドロシー! 無事っちゃか!?」
「ああっ、ジョシュア! 助けに来てくれたっちゃか!」
「このジョシュアというオークが、ドロシー姫の結婚相手です。オーベストークの隣国、オーマイナークの王子様ですね」
「おのれ、新魔王! ドロシーを返すっちゃ!」
「……どうすんだよ、この状況」
「こんなこともあろうかと、ダーキルが台本を用意しておきました」
「おお、助かる。『ククク……罠とも知らず、のこのこと現れおったなジョシュア! 私の目的はドロシー姫などではない。猪突猛進、一日一善と名高いオーク族の勇者である貴様を、配下として迎えることが真の目的だったのだ!』」
「な、なんだっちゃと!?」
「『しかしそれには、高潔なる貴様の魂を闇に堕とす必要がある。ククク……さあ、ジョシュアよ! この場でドロシー姫を犯すのだ!』」
「ど、ドロシーを!?」
「ジョシュア……!」
「――っておい」
「なんでしょう、新魔王様」
「オークの絡み合いなど、俺は見たくないぞ」
「大丈夫です、ジョシュアは正義のオークですから、事に及ぶようなことはいたしません。ここは趣向を変えて、勇者と姫を追い詰める魔王ごっこを楽しみませんか?」
「なるほど、そういうことか。俺もこういうノリは嫌いではないからな。後は台本無しで……さあどうするジョシュアよ――って、もう脱いでる!?」
「や、やめて、ジョシュア!」
「ハァハァ……ごめん、ドロシー……!」
「ダメだこいつ! なにが正義のオークだよ!」
「とんだ見込み違いでしたね」
「でも、こうしないとドロシーが……」
「正気に戻って、ジョシュア!」
「くっ……ダメだ、新魔王の強力な魔力が、オラを……!」
「何もしていないぞ、俺は」
「操られているフリをして、一発やってしまおうという魂胆ですね。所詮は畜生です」
「きゃー! 助けてください、新魔王様ー!」
「助けを求められているんだが?」
「放っておけばジョシュアにレイプされてしまいますからね。どうしましょう」
「オークがオークをレイプしようが知ったことではないが、俺の城をオークの体液で汚すことは許さん!」
新魔王が手をかざすと、ジョシュアの体が空中に浮いた。
「ぐへへへへ! ドロシー、オラと子作りするっちゃーーー!!」
「いやああぁぁぁぁーーーっ!!」
「目障りだ、消えろ!」
次の瞬間、ジョシュアの体が闇に飲まれて消えた。
新魔王が指を鳴らすと、何処か遠くで、大きな爆発音が響いた。
「ああ、ジョシュア……こんなことって……」
「新魔王様、ドロシー姫はどうしましょう。お気に召さないのであれば、この際まとめて始末いたしますか。あっさり生きて帰らせては、新魔王様の沽券に関わりますので」
ダーキルは魔槍グングニルを取り出すと、ドロシーの喉元に先端を突き付けた。
「お、オデはどうなってもいいっちゃ……国のみんなには、どうか意地悪しないでけろ……」
ドロシーの瞳からは美しい涙が零れている。
それを見た新魔王は、大きくため息を吐いた。
「早まるな、ダーキル。ドロシーよ、その心意気に免じて、命ばかりは助けてやる。しかし、すぐに解放するわけにもいかん。今しばらく、ここで過ごしているのだな」
「うう……ぐすっ……」
新魔王はそう言い残して、ダーキルと共に101号室を出た。
「あいた! どうして叩くのですか、新魔王様」
「お前が面倒事を持ち込むからだ!」
「ですが、『人間の美少女限定』とは言われていませんでしたし……」
「言われなくても察しろ! オークの怯える顔など見ても、面白くもなんともないわ!」
★
――現在のハーレム状況――
【101号室 ドロシー(オークの姫)】
最愛の人を色んな意味で失ってショックを受けているようだ。