第十二話 新魔王様の憂鬱(後編) 【最終話】
☆
ダーキルが新魔王と距離を置くようになってから、数日が経った。
自室にいる新魔王は腕を組み、苛立ちを紛らわすように足を動かしている。
「……おい、ダーキルはいるか!」
声をかけて間もなく、部屋の扉が静かに開いて、メイド服のダーキルが現れた。
「お呼びでございますか、新魔王様」
「その……なんだ、新しいハーレム要員はまだ見つからないのか?」
「申し訳ありません。捜索中でございますが、新魔王様にご満足頂けそうな美少女は、見つかっておりません」
「そうか……まあ、急いでいる訳ではないのだが――」
「御用件は以上でしょうか」
「え、ああ……」
「それでは失礼いたします」
ダーキルは丁寧なお辞儀をして、扉を閉めた。
あの日以来、ダーキルは一事が万事、この調子である。
元々、表情に変化の少ないタイプではあったが、今はまるで機械のように、同じセリフを同じ口調で繰り返すだけだ。
「ちっ……あいつ、いつまでこれを続けるつもりなんだ?」
新魔王は閉められた扉を睨み付けながら、親指の爪を噛んだ。
なぜ、今まで新魔王にべったりだったダーキルが、素っ気ない態度を取るようになったのか。
新魔王はその理由を知っている。
というより、新魔王の気を引きたいと言ったダーキルに、「押してダメなら引いてみたら」とアドバイスをしたのは、性反転の指輪でシンコへと変身していた新魔王自身なのだ。
始めこそ静かになったダーキルに、これで平穏な毎日を送れると喜んでいた新魔王だったが、しばらく経つと、なんだか調子が狂ってきた。
ダーキルは依然として忠実だ。
常に新魔王の近くに待機していて、呼べばすぐに姿を現す。
しかし新魔王が呼ばない間は、向こうから姿を見せることはない。
使用人としては理想的な立ち回りなのだが、新魔王はどうにもそれが面白くなかった。
どうして面白くないのか、それがわからないこと自体が面白くない。
部屋の中をぐるぐると歩き回っていた新魔王は、はたと立ち止まり、「そうか!」と手を叩いた。
「わかったぞ! 俺がイラついている理由が!」
ダーキルは今、新魔王に対する興味を失ったという演技をしている。
それはつまり新魔王を騙しているという事であって、新魔王はそれを知っているからこそ、忠実な態度を取られるほどにイライラしてくる、ということだ。
「ククク……ダーキルめ、この俺を相手に駆け引きをしようなんぞ100万年早いわ! いいだろう、その化けの皮を剥がしてやる!」
★
「お呼びでございますか、新魔王様」
「そこに座れ」
テーブルに座ったダーキルの前には、おにぎりが一つ置かれている。
「腹も空いた頃合いだろう」
「いえ、ダーキルなどに勿体なく存じます」
「いいから食え、これは命令だ」
「かしこまりました。それでは有難く、頂戴致します」
「ククク……」
これはもちろん、ただのおにぎりではない。
ダーキルが苦手としている、とびっきり酸っぱい梅干しの果肉が、これでもかと詰め込まれているのだ。
さしものダーキルも、これにはリアクションをせざるを得ないだろう。
プンスカと怒りながら、「新魔王様、冗談にしてもこれはやりすぎです!」と、いつもの調子に戻るに違いない。
「では、頂きます」
一口、おにぎりを口にしたダーキルの動きが止まる。
しかし動きが止まったのは一瞬で、ダーキルは何事もないように、おにぎりを平らげてしまった。
「ば、馬鹿な……!」
まさか、入れる梅干しを間違えてしまったのか。
新魔王は予備に作っておいたおにぎりを口にする。
「ぶはっ!?」
梅干し慣れをしている新魔王でさえ、一口でむせるレベルの酸っぱさだ。
ダーキルは本当に、この酸っぱさを我慢したというのだろうか。
「お、俺の残りもくれてやる! さあ、食ってみろ!」
「頂戴いたします」
ダーキルはそのおにぎりも、やはり平然と食べてしまう。
「なん……だと……」
「御用件は以上でしょうか。それでは――」
「まだだ! 次はこれだ!」
新魔王が取り出したのは、ダーキルの好物であるコーラだ。
しかしこれも、普通のコーラではない。
世界一まずいコーラとして発売禁止となった、『飲む湿布薬』とまで形容される人外の飲み物である。
なまじコーラが好きなダーキルだけに、受けるショックも大きいはずだ。
麦茶と間違えて麺つゆを飲んでしまった時のように、ダーキルの表情は苦悶に歪むことだろう。
プンスカと怒りながら、「新魔王様、こんなものはコーラではありません!」と、いつもの調子に戻るに違いない。
「では、頂きます」
一口、湿布薬コーラを飲んだダーキルの動きが止まる。
しかし動きが止まったのは一瞬で、ダーキルは何事もないように、コーラを飲みほしてしまった。
「ば、馬鹿な……!」
念のため、新魔王は予備に取っておいたコーラを口にする。
「ぶはあっ!?」
瞬間、鼻の奥から脳髄にまで広がる湿布薬の刺激臭。
どろしとした後味の悪さと相まって、信じられない不味さだった。
「御用件は以上でしょうか。それでは、失礼――」
「ま、待て!」
「何でしょうか」
「え、えーと……そうだ、オムツ! そろそろストックが切れる頃ではないのか?」
「問題ありません。もうオムツは使っていませんので」
「なんだ、元のおねしょに戻ったのか。そういえば、布団の感触が恋しいと言っていたな」
「いいえ、おねしょもしていません。新魔王様に御不快な思いをさせたくありませんので、きちんとトイレで済ませています」
「オムツもおねしょもしていない……だと……!?」
「御用件は以上でしょうか。それでは、失礼いたします」
「むぐぐ……」
完敗だった。
新魔王の目論見は、全く通用しなかったのだ。
☆
どうすれば、ダーキルにひと泡吹かせてやれるだろう。
思案を続けながら魔王城を歩く新魔王は、目の前にあった大きな影――ドロシーに気付かなかった。
新魔王とオークのドロシーでは、体の大きさに倍ほどの違いがある。
ぶつかった衝撃で後方に尻もちをついたのは、無警戒だった新魔王の方だった。
「新魔王様、大丈夫っちゃか!?」
「ああ、すまない……余所見をしていた」
「服に洗剤が付いてしまったとよ。洗濯をしておくっちゃから、脱いでくださいっちゃ」
「いや、この程度であれば問題ない」
ドロシーは、服についた洗剤を払う新魔王を見て、心配そうに小さく息をついた。
「新魔王様、まだダーキルさんと喧嘩をしているっちゃ? 」
「は? 喧嘩?」
「みんな心配しているとよ。お二人に元気がないと、魔王城の雰囲気も暗くなってしまうっちゃ」
「知るか! 魔王城の雰囲気なんて、だいたい暗いものだろうが!」
「何があったか知らないっちゃけど、こういう時は男の子の方から謝らないとダメっちゃよ?」
「なぜ俺が謝る! そもそも喧嘩をしているわけではない! あいつが勝手に――」
「それならどうして、ダーキルさんはあんな態度を取るんだっちゃ? 何か理由があるはずとよ。聞いてみたっちゃ?」
「いや、直接には確認していないが――」
「配下の悩みを聞くのも、上に立つ者の役割とよ。……まあ、お二人のことだから、心配はしていないっちゃけどね。仲良しさんほど喧嘩をするって言うっちゃ」
「誰が仲良しだ!」
「さあさ、新魔王様、お掃除の邪魔だとよ。向こうに行ってくれっちゃ」
★
「まったくドロシーめ、好き勝手なことを……!」
ダーキルがやっていることは、自分の気を引くための演技であることを、新魔王は知っている。
だからこそ、ダーキルの方から「参りました」と言わせたいのだ。
浅はかな計略など通用しないことを、どうすれば思い知らせてやれるのか。
しかし、梅干しや湿布コーラを平然と飲み干すあたり、ダーキルの気合いの入れようも半端ではない。
小手先の嫌がらせでは焼け石に水、返ってダーキルを勢いづかせかねないだろう。
それに、こう何度もちょっかいを出していては、まるで自分がダーキルを意識しているように思われそうで、実に面白くない。
「……待てよ! 嫌がらせをしようと考えるからダメなんだ! 逆に、喜ばせてみるというのは――」
どんな拷問にも屈しない女騎士が、快楽には屈してしまったという話を聞いたことがある。
鞭が通じないのなら、飴を与えるのだ。
「ククク……我ながら、何と言う鬼畜の発想よ! さて、ダーキルが一番喜びそうなことといえば――」
考えるまでもなく、答えは明らかだ。
ダーキルは新魔王にレイプされたいがために、日頃からアプローチを繰り返してきた。
そしてアプローチが通用しないと見るや、シンコちゃんのアドバイスを取り入れて、『押してダメなら引いてみよう作戦』を決行しているのだ。
「……見えたぞ! 完璧な勝利への道筋が!」
★
自室へ戻った新魔王は、ダーキルを呼び付ける。
「お呼びでございますか、新魔王様」
「うむ。こっちへ来い」
「はい」
「もっとだ。近くに寄れ」
「……はい」
「まだだ。俺が良いというまで来るのだ」
「…………」
体が触れ合いそうなくらいまで近づくと、新魔王はダーキルを止めた。
至近距離でダーキルの顎を持ち上げ、その表情に変化が見えないか、じっくりと観察をする。
「……新魔王様、御用件を」
「黙れ」
「……はい」
新魔王の抱えている苛立ちが、良い方向へ作用しているのだろう。
普段であれば動揺してしまいそうな程に近い距離だったが、新魔王は至って冷静に、ダーキルの目を見つめることが出来た。
比類なき闇の宝石と謳われ、天上の世界からも求婚者が後を絶たないという、絶世の美少女、ダーキル。
これだけの距離まで近づいても、新魔王はその瞳の奥に、僅かな揺らぎをも見つけることが出来なかった。
しかし、ここまでは想定の範囲内だった。
新魔王はダーキルの手首を引っ張ると、ベッドの上に放り投げた。
馬乗りの体勢になって、仰向けに倒れたダーキルを抑え込む。
これこそ、新魔王の考えた奥の手だ。
新魔王にレイプをされたがっていたダーキルが、夢にまで見ていたシチュエーション。
その願いが叶うのであれば、これ以上の演技を続ける意味もない。
そもそもあのダーキルが、この状況で演技を続けられるはずがない。
新魔王は勝利を確信して、押し倒したダーキルの顔を覗き込む。
しかしダーキルは、機械のような表情のまま、微動だにしていなかった。
ただ興味のないものを見つめるように、その瞳は完全に冷めきっている。
「……新魔王様、御用件を」
「――――!!」
このとき新魔王は、自分でも訳が分からないほどに、全身の熱が瞬時に上がるのを感じていた。
行き場のない感情をぶつけるように、新魔王はダーキルの服の首元を掴むと、無造作に引き下ろした。
胸元にかけて布が引き裂かれ、ダーキルの白い膨らみの、上半分ほどが露わになる。
その扇情的な光景を目にして、新魔王は我に返った。
突き離すようにダーキルから離れると、ベッドを降りて、扉へ向かう。
「……出掛けてくる」
「かしこまりました」
★
――もしかしたら、本当に嫌われたのではないか。
魔王城の外に出た新魔王は、そんなことを考えていた。
あそこまでして反応が無いなんて、とても信じられない。
勢いでやってしまったとはいえ、服まで引き裂いたのだ。
「って、俺は何を考えている! ダーキルに嫌われたから、なんだというのだ!?」
多少の慣れ合いもあったかもしれないが、所詮は支配する者とされる者であり、最初から対等な立場ではない。
好かれようが嫌われようが、自分には関係が無いではないかと、新魔王は頭を振った。
無造作にポケットに手を突っ込むと、指の先に触れるものがある。
性反転の指輪だ。
「……」
ダーキルに嫌われようが、そんなことは問題ではない。
しかしここまで来たら、ダーキルの真意を確かめずには居られない。
新魔王は性反転の指輪を、左手の薬指に付けた。
★
シンコちゃんに変身した新魔王が、魔王城の入口を歩いていると、タイミングよくダーキルが通りがかった。
「……シンコちゃん?」
「こ、こんにちは~……」
シンコの姿を見つけたダーキルは、次第に早歩きに、かけ足に、全力ダッシュになって、勢いそのままに飛び付てきた。
「会いたかったです、シンコちゃん!」
「わわっ!?」
「聞いてください、シンコちゃんが言った通りです!」
ダーキルは鼻息荒く、目を輝かせながら、破れ掛かったメイド服の胸元を指さした。
「たった今、新魔王様にレイプされそうになったんですよ! ああっ、ダーキルは頭の中が真っ白で、何と言って良いか分かりません! これもすべて、シンコちゃんのアドバイスのお陰です! 押してダメなら引いてみよう作戦、大成功です!」
「そ、そう……」
ダーキルの言葉を聞いて、新魔王は全身から力が抜けていくのを感じた。
やはり全ては、ダーキルの演技だったのだ。
★
シンコを魔王城の頂上、自室へ連れて来たダーキルは、この数日間、いかに自分が耐え忍んできたかを語った。
オムツを捨て、おねしょをすることもなく、新魔王との食事も辞退し、中毒になりかけていたパソコンにも触らず、何より新魔王との雑談を意識的に避けてきた。
「そ、そうなんだ……頑張ったんだね、ダーキルちゃん」
「はい、頑張りました! シンコちゃんのアドバイスを無駄にしてなるものかと、ダーキルは血尿の滲む思いで耐え続けました!」
「血尿って、何もそこまでしなくても」
ダーキルは引き裂かれたメイド服の胸元を抑えて、感慨深そうに溜息をつく。
「もう少しです。この調子で頑張れば、新魔王様はダーキルをレイプしてくれるでしょう。ですが……」
「どうしたの?」
「この所、毎日が面白くないのです。新魔王様の気を引くためとはいえ、新魔王様のお傍にいられないことは、とても辛くて……」
それまで嬉しそうに語っていたダーキルの表情に、影が落ちる。
「シンコちゃん。もしこのまま、ダーキルが頑張って、新魔王様にレイプされることが出来たとして……元のように、楽しい毎日に戻ることは可能だと思いますか」
そんなことは、無理に決まっている。
ダーキルを押し倒した時に一瞬感じた、全身を焼き尽くすような劣情。
あの衝動に任せてダーキルを襲っていたら、新魔王は二度と、ダーキルの顔を直視出来なくなっていただろう。
「ダーキルは迷っているのです。新魔王様にレイプされたいという気持ちは変わりません。ですが、以前と変わらないように、新魔王様と楽しくお話をしたいとも思っているのです。いったい、どうすれば……」
「そんなに急がなくてもいいんじゃないかな? 無理せず、毎日出来ることからコツコツ、というか……」
「いいえ、それではダメなのです。それでは、ダーキルは耐えられそうにありません」
「どういうこと?」
「もし……もし新魔王様が何かの弾みで、ダーキル以外の女をレイプしたらと思うと、不安で、不安で――……」
その時、ダーキルの瞳の奥に、黒い炎が揺らめいた。
「――そんなことがあれば、間違いなくダーキルは、その女を殺してしまいます」
ダーキルは、胸の内をシンコに明かした。
ハーレム要員として部屋に連れ込まれた女の子たちを、心の底から羨ましく思っていること。
『お前をレイプする気はない』と新魔王に言われる度に、深く傷ついているということ。
「でも、新魔王様って『レイプされる寸前の表情』を集めるためにハーレムを作っているんでしょ? 実際にレイプをする気はないと思うけど……」
「ダーキルもそう思っていました。ですが最近、新魔王様はある悩みを抱えてるようなのです」
「悩み?」
「はい。……実は、ここだけの話、新魔王様は童貞なのです」
「……」
一瞬、時が止まった。
「ど、どどど……!」
「新魔王様はそれを隠していらっしゃいます。しかし『レイプされる寸前』の状況まで進めない――――例えば女性の服を脱がせたり、体を触ることに抵抗のあるところを見ると、間違いないでしょう。……というより、今までに何度か、新魔王様自身が口を滑らせていますし」
「そ、そう……だったの」
「ですから新魔王様が、『取りあえず女の体に慣れておかなくては』という動機で、レイプでなくとも童貞を捨ててしまう可能性があるのです」
「なるほど……」
陵辱をするために童貞を捨てようとまでは考えていなかったが、『女の体に慣れよう』と性反転の指輪を使用したことは事実だ。
そこまで読まれているとは、新魔王も驚きを隠せなかった。
「新魔王様が童貞だと分かった以上、新魔王様には童貞のまま、ダーキルをレイプしてもらわなければなりません」
「そこ、こだわるところなの!?」
「当然です。童貞も処女も一生のうちに一度きり。最高のレイプを求めるダーキルには、妥協は許されません」
「ふ、ふえぇ……」
★
「ありがとうございます。シンコちゃんと話をして、だいぶ気が楽になってきました」
「これから、どうするつもりなの?」
「それは……」
ダーキルの表情から、不安の色は消えていない。
「私ね、思うんだけど」
「……」
「たぶん新魔王様は、これからも本当のレイプはしないし、女の子の体に慣れようなんて理由で、童貞を捨てることもないじゃないかな?」
「どうして、そう思うのですか?」
「だって、わざわざ異世界から来てまで、『レイプされる寸前の表情が見たい!』なんて言ってる変態さんだよ? 大賢者だって破壊神だって倒すことが出来て、その気になれば世界の全てを手に入れることが出来るのに、そうはしないんだよ? つまりね……」
新魔王にとってのレイプは、ショートケーキのてっぺんに乗ったイチゴであり、お子様ランチに差された紙の旗なのではないかと、シンコはダーキルに語った。
それは、そこにあるからこそ価値を想像させるもので、実際に食べてみたり、手に取ってしまえば、途端に価値を失ってしまうものだ。
新魔王がもし、本当にレイプをしてしまったら、二度と『レイプされる寸前の表情』など楽しめなくなってしまうことだろう。
だから新魔王は、決してレイプをすることはない。
「たしかに新魔王様は、初めてお会いした時に、女騎士さんが陵辱されているイラストを破り捨てていました。ここから先は必要ないのだと……」
「そうでしょ? それはきっと、自分が童貞であることについても同じなんじゃないかな」
「童貞……も……?」
「童貞であるからこそ感じられる、ドキドキみたいなものも、新魔王様だったら楽しめるんだと思うよ」
その場凌ぎの言葉だったが、それは新魔王自身に対しても、深く突き刺さった。
たしかに自分は童貞であり、そもそもデートすらしたことがなく、リアルな女の子の扱い方が分からない。
陵辱をしようとしても、いざ女の子を目の前にすると、焦りや戸惑いといったネガティブな感情が出て来てしまった。
しかし、だから何だと言うのだ。
自分は何のためにここに来たのだ。
こっそり女の体に慣れる訓練をしたり、恥をかかないように人真似を繰り返したところで、俺による俺のための陵辱が、いったいどこあるといえるのか。
「ダーキルちゃんだって、処女だからこそ、処女のままレイプされる日を楽しみにしていられるんだよね」
「たしかに……」
「新魔王様もダーキルちゃんも、人間の私と違って、永遠みたいに長い寿命なんでしょ? いつまでも目標や楽しみがあるなんて、素敵だと思うよ。ショートケーキの上に乗ったイチゴを、いつまでも食べないで、一緒に眺めているのも楽しいんじゃないのかな」
シンコの言葉に、ダーキルははっと目を見開いた。
「そ、そうだったのですね! 新魔王様が真に求められていたのは、『寸止め』という自虐プレイ! 食べたいのに敢えて食べない、この満たされない渇望こそが、永遠を支配する新魔王様に相応しい唯一無二の快楽!」
「そ、そう……なのかなあ? ちょっと大袈裟だと思うけど」
「やはり新魔王様は、ダーキルなど理解の及ばない、偉大な方です! そんな新魔王様に、『女の体に慣れるために童貞を捨ててしまうかもしれない』などと考えたダーキルは、どれだけ浅ましく矮小な存在だったでしょうか!」
ダーキルはシンコに力一杯抱きついた。
「シンコちゃんのお陰です! ダーキルは目の覚める思いです!」
「まあ、私の想像に過ぎないんだけど……あっ、いけない! そろそろ帰らないと!」
★
魔王城の入口に設置された、ノールロジカへ続くワープホールの前で、シンコはダーキルを振り返った。
「ねえ、ダーキルちゃん。一つ聞きたいんだけど」
「はい、何でしょう。シンコちゃんの言うことでしたら、ダーキルは何でも答えますよ」
「ダーキルちゃんは、その……新魔王様のこと、好きなの?」
ダーキルは顎に指を当てて空を見上げ、そのまま「そうですね」と頷いた。
「好きという定義が、シンコちゃんの言う通りのものであれば、ダーキルは新魔王様が好きなのだと思います。一緒に居たいですし、声を聞きたいですし、新魔王様のことを考えていると、ある意味夜も眠れません」
「だから、ある意味って何なのかな!?」
「もちろん、シンコちゃんのことも好きですよ。シンコちゃんとなら、新魔王様と一緒にレイプされてもいいくらい――はっ!? 3Pレイプという発想はありませんでした!」
「ノーセンキューだよ! 私は遠慮しておくよ!」
「そうですか、残念です……」
「とにかく、その……頑張って、というか……」
「シンコちゃんの励ましを無駄にはいたしません。ダーキルは新魔王様の側で、新魔王様が理想のハーレム城を作れるように、精一杯お手伝いをしていきたいと思います」
魔界の夕陽に照らされたダーキルの微笑みに、新魔王はしばしの間、見惚れていた。
★
魔王城に戻ってきた新魔王に、ダーキルは思惑の全てを打ち明けた。
「ふん、全てお見通しだったわ! つまらん小細工を弄しおって」
「申し訳ございません。ダーキルは、どんな罰でも受ける覚悟です」
「お前に罰を与えたところで喜ぶだけだろう。お前には罰を与えないのが一番の罰だ」
「そこまで見抜かれていたとは……ダーキルは畏怖と尊敬の余り、数日ぶりに膀胱がうずいてきました」
「出すなよ? 絶対に出すなよ!?」
「それは前フリと受け取ってよろしいですね?」
「前フリではない!」
「ご安心ください、ちゃんとオムツは付けて――……あっ……」
「おい、なんだか甘い匂いがするぞ」
「……」
新魔王がふと床を見ると、ダーキルの足元に大きな水たまりが出来ていた。
甘い香りを漂わせるそれは、みるみる面積を広げていく。
「お前、まさか、それ……」
「オムツを外していたのを、うっかり忘れていました。てへっ」
「てへっ、じゃねえよ!! 止めろ、止めろ!!」
「こうなってしまっては、もはやダーキルにも止めることは出来ません」
「RPGの山場みたいに言うなよ! 股間に力を入れるんだ!」
「股間に力を……こうですか?」
「勢い増してんじゃねえか! 開けるんじゃない、閉めるんだよ!」
「オネショにオムツと楽しんできましたが、生の放尿に優る快感はありませんね」
異世界ポケットからオムツを取り出した新魔王は、吸水面を下にして、ダーキルの回りに出来た水たまりの上に被せていく。
「新魔王様」
「なんだよ!」
「不束者ですが、これからもよろしくお願いします」
「このタイミングで言うなよ! 丁重にお断りしたいよ!」
「……そんなこと言って、本当は嬉しいくせに」
「なんか言ったか?」
「いえ、何も。ふふふ……」
☆エピローグ☆
魔王城の内装工事にも、ようやく一段落がついた。
冷暖房に上下水道、電気系統に観葉植物など、ハーレム要員の鮮度を保つに十分な条件が整っている。
「はーっはっは! これで心おきなく外の世界へ出られるぞ! 新魔王による鬼畜ハーレム計画は、ここからが本番なのだ!」
「おめでとうございます、新魔王様。ダーキルも感無量です」
「やはり陵辱する美少女は、自らの目で選ばなくてはな!」
「どんな美少女を探されるのです?」
「うむ! まずは原点に立ち戻って『女騎士』を探すことにする!」
「女騎士といえば遥か南方に、女性だけで作られた国家『ラマージャ』があると聞きます」
「ほう、ではさっそく向かうとしよう! ……しかし、女だけで生活が成り立つものなのか?」
「噂によると、男は奴隷として各地から攫って来るようですね。労働力、そして生殖用の子種として」
「……なんだか、嫌な予感がしてきたぞ?」
「新魔王様なら大丈夫ですよ。さあ、行きましょう!」
恐怖と絶望の声が響く、理想の鬼畜ハーレム城を目指して――
新魔王とダーキルの戦いは、まだ始まったばかりなのだ。
~おしまい~
【101号室 『博愛の姫君』ドロシー】
先日、一人で出かけたドロシーが、夜になっても戻ってこないという出来事があった。
気配を追ってみれば、ドロシーは洞窟の奥で、怪物に襲われかけている。
間一髪、俺が間に合ったから良かったものの、一歩間違えれば命を落としていただろう。
なぜそんな無茶をしたのかと問い詰めれば、ドロシーはあらゆる生物を人間へと変化させるという『人化の秘宝』を手に入れたかったのだと言う。
ドロシーは最近、好きな人が出来たらしい。
相手の気を引くために、人間に変身したいということだが、まったく馬鹿げていると説教をしてやった。
「人間の姿になったくらいでお前になびくほど、お前が惚れた人間というのは愚か者なのか!? その程度の人間に、お前に惚れられる資格などないわ!」
「新魔王様の仰る通りだとよ……ありのままのオデを好きになってもらえるよう、頑張るっちゃ!」
ドロシーも反省したようだ。
しかしまあ、ドロシーがどのように変化をするのかは気になるわけで、手に入れた人化の秘宝とやらを試してみることにしたのだが……
……俺はこの日以降、ドロシーに対する意識を変えざるを得なかったと言っていい。
想像を絶する、完璧なお姫様がそこいたのだ。
やや舌足らずな感じで、「オデは――」「~とよ?」「~っちゃ!」と語りながら、実に美味しそうにコンソメポテチを食べている。
こんなに可愛いドロシーを、他の誰にも見せるわけにはいかないと、俺は人化の秘宝を机の引き出しに封印したのだった。
【102号室 『神の御使い』エルフの娘】
娘を育てる親の気持ちとは、こういうものなのだろうか。
日々成長していくエルフの娘を見守っている時間は、殺伐とした毎日を送る俺の清涼剤となっている。
しかし、少しずつ言葉を覚えているものの、記憶はまだ戻っていない。
俺の力で、殺されたエルフたちを生き返らせてみてはどうだろうかと、考えなかったわけではない。
しかし、それをどうするべきかは、エルフの娘が自分を取り戻してから、この子の判断に任せようと思っている。
「パーパ、大好き!」
「そうか~」
「パパはエルのこと好き?」
「好きだぞ~」
「ママとエル、どっちが好き?」
「もちろん、エルだぞ~」
「えへへ」
「エルは、パパとママどっちが好きだ?」
「パパー!」
扉の隙間から、ダーキルが恨めしそうな視線を送っているが、気にしないことにする。
【103号室 『緋毒の百合』ゼッカ】
非常にマズいことが判明した。
俺が二度目にシンコちゃんになった日、ノールロジカで性反転の指輪を外した瞬間を、よりによってゼッカに見られていたのだ。
この瞬間、魔王城におけるヒエラルキーの頂点は、俺ではなくゼッカになった。
「そんなに私が嫌だったら、殺すなり記憶を奪うなりすればいいじゃない」
俺の後頭部を、空のお弁当箱がポカリと打った。
今朝のお弁当は大きなハートマークのちらし寿司にしたのだが、ゼッカにダメージは無かったようだ。
「さすがはゼッカさん、殺すとか記憶を奪うとか、発想からして怖すぎますね」
「どうして敬語なの!?」
「今は二人きりですから……上下関係はハッキリさせなければいけません」
「あのねえ……勝手に連れて来られて、勝手に避けられて、勝手に上に持って来ないでよ!」
ある日、そんな超魔王ゼッカさんから、一枚のプリントを渡される。
≪授業参観&進路相談のお知らせ≫
両親の代わりに、俺に来て欲しいのだと言う。
もちろん拒否権はない。
しかし、これはチャンスだ。
俺の負い目を上回るだけの秘密を得ることが出来れば、再び俺がこの世界の頂点に返り咲くことが出来る!
いつもより気合いを入れた重箱弁当の仕込みをしながら、俺は人知れず、邪悪な笑みを浮かべるのだった。
【104号室 『神眼の聖女』ミラーナ】
各地から集めて来た孤児たちを、工作員として育てる計画は順調に進んでいる。
俺が視察へ行くと、新魔王様への忠誠心を示す出し物を用意しているといった。
子どもたちは『新魔王様を称えるうた』の後、俺が主役として登場する芝居を披露してくれた。
「ミラーナよ、工作員たちの教育は順調なようだな!」
「どうでしたか、新魔王様。みんな今日のために、一所懸命に練習していたんですよ」
不安と恐怖に怯える子どもたちに、俺は言う。
「クックック……たいへん良く出来ました!」
俺の言葉に狂喜する子どもたちを見て、新魔王の悪名が轟く日もそう遠くはないことを、俺は確信するのだった。
【107号室 『半死半生の少女』ノーラ】
死にたくても死ねないノーラに、俺はいつか殺してやると約束をしていたのだが、「あ、その件はもう大丈夫です」とノーラが言って来た。
姉であるミラーナにも会えたし、毎日が充実しているので、今はこんな体でも生きていたいのだと言う。
そんなノーラは、ホラー映画や恐怖漫画を読むことが趣味で、隙あらば俺を驚かせようとしてくる。
最近はダーキルを撮影に従えて、『びっくりする新魔王様の表情』を集めているというのだから、とんでもない悪趣味なやつだ。
まったく、誰に影響を受けたのか……。
【201号室 『烈風の勇者』ルト】
どこから見ても美少女な男の娘勇者、ルト。
話を聞いたところ、勇者であることが判明する14歳までの間、ルトは女の子として育てられ、有名な劇場の踊り子として働いていたらしい。
それが突然、勇者として魔王を倒しに行けと言われたのだから、困惑したことだろう。
勇者らしく、男らしく振る舞おうとするも、それが返ってルトの美しさを際立たせたようだった。
旅先では王族や貴族に夜伽を迫られ、共に冒険をしていた仲間たちからは、痺れ薬を盛られてレイプをされかけたという。
それがトラウマとなり、一人旅を続けていたのだという話を聞いた俺は、嬉々としてルトに悪戯をしていた自分を思い出し、何とも気分が悪くなった。
せめてもの詫びとして、ルトを真の男に育ててやることに決めた俺は、自分がムシュトワールではなく新魔王であることを告げた。
その時のルトの驚きようといったらない。
ルトは英雄と称えられる新魔王の大ファンだったのだ。
俺から苛められている間も、
「いつか新魔王様がお前を倒しに来るからな!」
「ボクには新魔王様が付いているんだ!」
なんて涙目で言っていたので、相当のものだろう。
俺にとっても異世界で唯一の男友達が出来たということもあり、俺はルトを自室へ連れて、ダーキルにも見せたことのない秘蔵のエロ画像を見せてやっている。
男の友情というもの良いものだ。
……しかし最近、ルトがやけに色っぽくなっているような気がするのだが……気のせいだよな?
【魔王城頂上 『比類なき闇の宝石』ダーキル】
ダーキルは最近、「レイプしてください!」と言わなくなった。
「――つまりダーキルにとっての新魔王様は、ショートケーキのイチゴなのです。レイプされたいけど、レイプしてもらえない。このもどかしさが気持ち良いのです。寸止めの境地なのです」
完全にシンコちゃんの受け売りだった。
「だから、ダーキルをレイプ未遂してください!」
「断る!」
まあ、未遂という言葉が追加されただけで、根本的には何も変わっていないのだが。
……しかし俺は最近、想像することがあった。
ダーキルと、魔王城の庭で雑談している時。
ダーキルと、おかずを交換しながら食事をしている時。
ダーキルと、パソコンの動画を見ながら笑っている時。
ダーキルと、就寝の挨拶をして別れる時。
もし突然、俺が本気で襲いかかったら、ダーキルはどんな反応をするのだろうか、と。
「新魔王様、いまエッチなことを考えていますね」
「……えっ!?」
「ダメですよ、本当にレイプなんてしたら。ショートケーキのイチゴは、食べずに取っておくものなのです」
「分かっている――って、エッチなことなんて考えていない!」
「ダーキルだって我慢してるのです。ですが、この我慢を楽しめなければ、新魔王様の隣で永遠の時を楽しむことなんて出来ません」
「その通りだ。レイプをしてしまっては、レイプ未遂が楽しめなくなるからな」
「……でも、クリームくらいなら舐めてもいいかなと、ダーキルは思うのです」
一瞬の隙を突いて、ダーキルは俺の頰に唇を押し付けてきた。
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