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第十二話 新魔王様の憂鬱(後編)  【最終話】


 ダーキルが新魔王と距離を置くようになってから、数日が経った。

 自室にいる新魔王は腕を組み、苛立ちを紛らわすように足を動かしている。


「……おい、ダーキルはいるか!」


 声をかけて間もなく、部屋の扉が静かに開いて、メイド服のダーキルが現れた。


「お呼びでございますか、新魔王様」

「その……なんだ、新しいハーレム要員はまだ見つからないのか?」

「申し訳ありません。捜索中でございますが、新魔王様にご満足頂けそうな美少女は、見つかっておりません」

「そうか……まあ、急いでいる訳ではないのだが――」

「御用件は以上でしょうか」

「え、ああ……」

「それでは失礼いたします」


 ダーキルは丁寧なお辞儀をして、扉を閉めた。


 あの日以来、ダーキルは一事が万事、この調子である。

 元々、表情に変化の少ないタイプではあったが、今はまるで機械のように、同じセリフを同じ口調で繰り返すだけだ。


「ちっ……あいつ、いつまでこれを続けるつもりなんだ?」


 新魔王は閉められた扉を睨み付けながら、親指の爪を噛んだ。


 なぜ、今まで新魔王にべったりだったダーキルが、素っ気ない態度を取るようになったのか。

 新魔王はその理由を知っている。

 というより、新魔王の気を引きたいと言ったダーキルに、「押してダメなら引いてみたら」とアドバイスをしたのは、性反転の指輪でシンコへと変身していた新魔王自身なのだ。


 始めこそ静かになったダーキルに、これで平穏な毎日を送れると喜んでいた新魔王だったが、しばらく経つと、なんだか調子が狂ってきた。


 ダーキルは依然として忠実だ。

 常に新魔王の近くに待機していて、呼べばすぐに姿を現す。

 しかし新魔王が呼ばない間は、向こうから姿を見せることはない。


 使用人としては理想的な立ち回りなのだが、新魔王はどうにもそれが面白くなかった。

 どうして面白くないのか、それがわからないこと自体が面白くない。


 部屋の中をぐるぐると歩き回っていた新魔王は、はたと立ち止まり、「そうか!」と手を叩いた。


「わかったぞ! 俺がイラついている理由が!」


 ダーキルは今、新魔王に対する興味を失ったという演技をしている。

 それはつまり新魔王を騙しているという事であって、新魔王はそれを知っているからこそ、忠実な態度を取られるほどにイライラしてくる、ということだ。


「ククク……ダーキルめ、この俺を相手に駆け引きをしようなんぞ100万年早いわ! いいだろう、その化けの皮を剥がしてやる!」



「お呼びでございますか、新魔王様」

「そこに座れ」


 テーブルに座ったダーキルの前には、おにぎりが一つ置かれている。


「腹も空いた頃合いだろう」

「いえ、ダーキルなどに勿体なく存じます」

「いいから食え、これは命令だ」

「かしこまりました。それでは有難く、頂戴致します」

「ククク……」


 これはもちろん、ただのおにぎりではない。

 ダーキルが苦手としている、とびっきり酸っぱい梅干しの果肉が、これでもかと詰め込まれているのだ。


 さしものダーキルも、これにはリアクションをせざるを得ないだろう。

 プンスカと怒りながら、「新魔王様、冗談にしてもこれはやりすぎです!」と、いつもの調子に戻るに違いない。


「では、頂きます」


 一口、おにぎりを口にしたダーキルの動きが止まる。

 しかし動きが止まったのは一瞬で、ダーキルは何事もないように、おにぎりを平らげてしまった。


「ば、馬鹿な……!」


 まさか、入れる梅干しを間違えてしまったのか。

 新魔王は予備に作っておいたおにぎりを口にする。


「ぶはっ!?」


 梅干し慣れをしている新魔王でさえ、一口でむせるレベルの酸っぱさだ。

 ダーキルは本当に、この酸っぱさを我慢したというのだろうか。


「お、俺の残りもくれてやる! さあ、食ってみろ!」

「頂戴いたします」


 ダーキルはそのおにぎりも、やはり平然と食べてしまう。


「なん……だと……」

「御用件は以上でしょうか。それでは――」

「まだだ! 次はこれだ!」


 新魔王が取り出したのは、ダーキルの好物であるコーラだ。

 しかしこれも、普通のコーラではない。

 世界一まずいコーラとして発売禁止となった、『飲む湿布薬』とまで形容される人外の飲み物である。


 なまじコーラが好きなダーキルだけに、受けるショックも大きいはずだ。

 麦茶と間違えて麺つゆを飲んでしまった時のように、ダーキルの表情は苦悶に歪むことだろう。

 プンスカと怒りながら、「新魔王様、こんなものはコーラではありません!」と、いつもの調子に戻るに違いない。


「では、頂きます」


 一口、湿布薬コーラを飲んだダーキルの動きが止まる。

 しかし動きが止まったのは一瞬で、ダーキルは何事もないように、コーラを飲みほしてしまった。


「ば、馬鹿な……!」


 念のため、新魔王は予備に取っておいたコーラを口にする。


「ぶはあっ!?」


 瞬間、鼻の奥から脳髄にまで広がる湿布薬の刺激臭。

 どろしとした後味の悪さと相まって、信じられない不味さだった。


「御用件は以上でしょうか。それでは、失礼――」

「ま、待て!」

「何でしょうか」

「え、えーと……そうだ、オムツ! そろそろストックが切れる頃ではないのか?」

「問題ありません。もうオムツは使っていませんので」

「なんだ、元のおねしょに戻ったのか。そういえば、布団の感触が恋しいと言っていたな」

「いいえ、おねしょもしていません。新魔王様に御不快な思いをさせたくありませんので、きちんとトイレで済ませています」

「オムツもおねしょもしていない……だと……!?」

「御用件は以上でしょうか。それでは、失礼いたします」

「むぐぐ……」


 完敗だった。

 新魔王の目論見は、全く通用しなかったのだ。

 


 どうすれば、ダーキルにひと泡吹かせてやれるだろう。


 思案を続けながら魔王城を歩く新魔王は、目の前にあった大きな影――ドロシーに気付かなかった。


 新魔王とオークのドロシーでは、体の大きさに倍ほどの違いがある。

 ぶつかった衝撃で後方に尻もちをついたのは、無警戒だった新魔王の方だった。


「新魔王様、大丈夫っちゃか!?」

「ああ、すまない……余所見をしていた」

「服に洗剤が付いてしまったとよ。洗濯をしておくっちゃから、脱いでくださいっちゃ」

「いや、この程度であれば問題ない」


 ドロシーは、服についた洗剤を払う新魔王を見て、心配そうに小さく息をついた。


「新魔王様、まだダーキルさんと喧嘩をしているっちゃ? 」

「は? 喧嘩?」

「みんな心配しているとよ。お二人に元気がないと、魔王城の雰囲気も暗くなってしまうっちゃ」

「知るか! 魔王城の雰囲気なんて、だいたい暗いものだろうが!」


「何があったか知らないっちゃけど、こういう時は男の子の方から謝らないとダメっちゃよ?」

「なぜ俺が謝る! そもそも喧嘩をしているわけではない! あいつが勝手に――」

「それならどうして、ダーキルさんはあんな態度を取るんだっちゃ? 何か理由があるはずとよ。聞いてみたっちゃ?」

「いや、直接には確認していないが――」


「配下の悩みを聞くのも、上に立つ者の役割とよ。……まあ、お二人のことだから、心配はしていないっちゃけどね。仲良しさんほど喧嘩をするって言うっちゃ」

「誰が仲良しだ!」

「さあさ、新魔王様、お掃除の邪魔だとよ。向こうに行ってくれっちゃ」



「まったくドロシーめ、好き勝手なことを……!」


 ダーキルがやっていることは、自分の気を引くための演技であることを、新魔王は知っている。

 だからこそ、ダーキルの方から「参りました」と言わせたいのだ。

 浅はかな計略など通用しないことを、どうすれば思い知らせてやれるのか。


 しかし、梅干しや湿布コーラを平然と飲み干すあたり、ダーキルの気合いの入れようも半端ではない。

 小手先の嫌がらせでは焼け石に水、返ってダーキルを勢いづかせかねないだろう。

 それに、こう何度もちょっかいを出していては、まるで自分がダーキルを意識しているように思われそうで、実に面白くない。


「……待てよ! 嫌がらせをしようと考えるからダメなんだ! 逆に、喜ばせてみるというのは――」


 どんな拷問にも屈しない女騎士が、快楽には屈してしまったという話を聞いたことがある。

 鞭が通じないのなら、飴を与えるのだ。


「ククク……我ながら、何と言う鬼畜の発想よ! さて、ダーキルが一番喜びそうなことといえば――」


 考えるまでもなく、答えは明らかだ。

 ダーキルは新魔王にレイプされたいがために、日頃からアプローチを繰り返してきた。

 そしてアプローチが通用しないと見るや、シンコちゃんのアドバイスを取り入れて、『押してダメなら引いてみよう作戦』を決行しているのだ。


「……見えたぞ! 完璧な勝利への道筋が!」



 自室へ戻った新魔王は、ダーキルを呼び付ける。


「お呼びでございますか、新魔王様」

「うむ。こっちへ来い」

「はい」

「もっとだ。近くに寄れ」

「……はい」

「まだだ。俺が良いというまで来るのだ」

「…………」


 体が触れ合いそうなくらいまで近づくと、新魔王はダーキルを止めた。

 至近距離でダーキルの顎を持ち上げ、その表情に変化が見えないか、じっくりと観察をする。


「……新魔王様、御用件を」

「黙れ」

「……はい」


 新魔王の抱えている苛立ちが、良い方向へ作用しているのだろう。

 普段であれば動揺してしまいそうな程に近い距離だったが、新魔王は至って冷静に、ダーキルの目を見つめることが出来た。


 比類なき闇の宝石と謳われ、天上の世界からも求婚者が後を絶たないという、絶世の美少女、ダーキル。

 これだけの距離まで近づいても、新魔王はその瞳の奥に、僅かな揺らぎをも見つけることが出来なかった。


 しかし、ここまでは想定の範囲内だった。

 新魔王はダーキルの手首を引っ張ると、ベッドの上に放り投げた。

 馬乗りの体勢になって、仰向けに倒れたダーキルを抑え込む。


 これこそ、新魔王の考えた奥の手だ。

 新魔王にレイプをされたがっていたダーキルが、夢にまで見ていたシチュエーション。

 その願いが叶うのであれば、これ以上の演技を続ける意味もない。

 そもそもあのダーキルが、この状況で演技を続けられるはずがない。

 

 新魔王は勝利を確信して、押し倒したダーキルの顔を覗き込む。


 しかしダーキルは、機械のような表情のまま、微動だにしていなかった。

 ただ興味のないものを見つめるように、その瞳は完全に冷めきっている。


「……新魔王様、御用件を」

「――――!!」


 このとき新魔王は、自分でも訳が分からないほどに、全身の熱が瞬時に上がるのを感じていた。

 行き場のない感情をぶつけるように、新魔王はダーキルの服の首元を掴むと、無造作に引き下ろした。

 胸元にかけて布が引き裂かれ、ダーキルの白い膨らみの、上半分ほどが露わになる。


 その扇情的な光景を目にして、新魔王は我に返った。

 突き離すようにダーキルから離れると、ベッドを降りて、扉へ向かう。


「……出掛けてくる」

「かしこまりました」



 ――もしかしたら、本当に嫌われたのではないか。


 魔王城の外に出た新魔王は、そんなことを考えていた。


 あそこまでして反応が無いなんて、とても信じられない。

 勢いでやってしまったとはいえ、服まで引き裂いたのだ。


「って、俺は何を考えている! ダーキルに嫌われたから、なんだというのだ!?」


 多少の慣れ合いもあったかもしれないが、所詮は支配する者とされる者であり、最初から対等な立場ではない。

 好かれようが嫌われようが、自分には関係が無いではないかと、新魔王は頭を振った。


 無造作にポケットに手を突っ込むと、指の先に触れるものがある。

 性反転の指輪だ。


「……」


 ダーキルに嫌われようが、そんなことは問題ではない。

 しかしここまで来たら、ダーキルの真意を確かめずには居られない。


 新魔王は性反転の指輪を、左手の薬指に付けた。



 シンコちゃんに変身した新魔王が、魔王城の入口を歩いていると、タイミングよくダーキルが通りがかった。


「……シンコちゃん?」

「こ、こんにちは~……」


 シンコの姿を見つけたダーキルは、次第に早歩きに、かけ足に、全力ダッシュになって、勢いそのままに飛び付てきた。


「会いたかったです、シンコちゃん!」

「わわっ!?」

「聞いてください、シンコちゃんが言った通りです!」


 ダーキルは鼻息荒く、目を輝かせながら、破れ掛かったメイド服の胸元を指さした。


「たった今、新魔王様にレイプされそうになったんですよ! ああっ、ダーキルは頭の中が真っ白で、何と言って良いか分かりません! これもすべて、シンコちゃんのアドバイスのお陰です! 押してダメなら引いてみよう作戦、大成功です!」

「そ、そう……」


 ダーキルの言葉を聞いて、新魔王は全身から力が抜けていくのを感じた。

 やはり全ては、ダーキルの演技だったのだ。



 シンコを魔王城の頂上、自室へ連れて来たダーキルは、この数日間、いかに自分が耐え忍んできたかを語った。


 オムツを捨て、おねしょをすることもなく、新魔王との食事も辞退し、中毒になりかけていたパソコンにも触らず、何より新魔王との雑談を意識的に避けてきた。


「そ、そうなんだ……頑張ったんだね、ダーキルちゃん」

「はい、頑張りました! シンコちゃんのアドバイスを無駄にしてなるものかと、ダーキルは血尿の滲む思いで耐え続けました!」

「血尿って、何もそこまでしなくても」


 ダーキルは引き裂かれたメイド服の胸元を抑えて、感慨深そうに溜息をつく。


「もう少しです。この調子で頑張れば、新魔王様はダーキルをレイプしてくれるでしょう。ですが……」

「どうしたの?」

「この所、毎日が面白くないのです。新魔王様の気を引くためとはいえ、新魔王様のお傍にいられないことは、とても辛くて……」


 それまで嬉しそうに語っていたダーキルの表情に、影が落ちる。


「シンコちゃん。もしこのまま、ダーキルが頑張って、新魔王様にレイプされることが出来たとして……元のように、楽しい毎日に戻ることは可能だと思いますか」


 そんなことは、無理に決まっている。

 ダーキルを押し倒した時に一瞬感じた、全身を焼き尽くすような劣情。

 あの衝動に任せてダーキルを襲っていたら、新魔王は二度と、ダーキルの顔を直視出来なくなっていただろう。


「ダーキルは迷っているのです。新魔王様にレイプされたいという気持ちは変わりません。ですが、以前と変わらないように、新魔王様と楽しくお話をしたいとも思っているのです。いったい、どうすれば……」

「そんなに急がなくてもいいんじゃないかな? 無理せず、毎日出来ることからコツコツ、というか……」

「いいえ、それではダメなのです。それでは、ダーキルは耐えられそうにありません」

「どういうこと?」

「もし……もし新魔王様が何かの弾みで、ダーキル以外の女をレイプしたらと思うと、不安で、不安で――……」


 その時、ダーキルの瞳の奥に、黒い炎が揺らめいた。


「――そんなことがあれば、間違いなくダーキルは、その女を殺してしまいます」

 

 ダーキルは、胸の内をシンコに明かした。

 ハーレム要員として部屋に連れ込まれた女の子たちを、心の底から羨ましく思っていること。

 『お前をレイプする気はない』と新魔王に言われる度に、深く傷ついているということ。


「でも、新魔王様って『レイプされる寸前の表情』を集めるためにハーレムを作っているんでしょ? 実際にレイプをする気はないと思うけど……」

「ダーキルもそう思っていました。ですが最近、新魔王様はある悩みを抱えてるようなのです」

「悩み?」

「はい。……実は、ここだけの話、新魔王様は童貞なのです」

「……」


 一瞬、時が止まった。


「ど、どどど……!」

「新魔王様はそれを隠していらっしゃいます。しかし『レイプされる寸前』の状況まで進めない――――例えば女性の服を脱がせたり、体を触ることに抵抗のあるところを見ると、間違いないでしょう。……というより、今までに何度か、新魔王様自身が口を滑らせていますし」

「そ、そう……だったの」

「ですから新魔王様が、『取りあえず女の体に慣れておかなくては』という動機で、レイプでなくとも童貞を捨ててしまう可能性があるのです」

「なるほど……」


 陵辱をするために童貞を捨てようとまでは考えていなかったが、『女の体に慣れよう』と性反転の指輪を使用したことは事実だ。

 そこまで読まれているとは、新魔王も驚きを隠せなかった。 


「新魔王様が童貞だと分かった以上、新魔王様には童貞のまま、ダーキルをレイプしてもらわなければなりません」

「そこ、こだわるところなの!?」

「当然です。童貞も処女も一生のうちに一度きり。最高のレイプを求めるダーキルには、妥協は許されません」

「ふ、ふえぇ……」



「ありがとうございます。シンコちゃんと話をして、だいぶ気が楽になってきました」

「これから、どうするつもりなの?」

「それは……」


 ダーキルの表情から、不安の色は消えていない。


「私ね、思うんだけど」

「……」

「たぶん新魔王様は、これからも本当のレイプはしないし、女の子の体に慣れようなんて理由で、童貞を捨てることもないじゃないかな?」

「どうして、そう思うのですか?」

「だって、わざわざ異世界から来てまで、『レイプされる寸前の表情が見たい!』なんて言ってる変態さんだよ? 大賢者だって破壊神だって倒すことが出来て、その気になれば世界の全てを手に入れることが出来るのに、そうはしないんだよ? つまりね……」

 

 新魔王にとってのレイプは、ショートケーキのてっぺんに乗ったイチゴであり、お子様ランチに差された紙の旗なのではないかと、シンコはダーキルに語った。


 それは、そこにあるからこそ価値を想像させるもので、実際に食べてみたり、手に取ってしまえば、途端に価値を失ってしまうものだ。


 新魔王がもし、本当にレイプをしてしまったら、二度と『レイプされる寸前の表情』など楽しめなくなってしまうことだろう。

 だから新魔王は、決してレイプをすることはない。


「たしかに新魔王様は、初めてお会いした時に、女騎士さんが陵辱されているイラストを破り捨てていました。ここから先は必要ないのだと……」

「そうでしょ? それはきっと、自分が童貞であることについても同じなんじゃないかな」

「童貞……も……?」

「童貞であるからこそ感じられる、ドキドキみたいなものも、新魔王様だったら楽しめるんだと思うよ」


 その場凌ぎの言葉だったが、それは新魔王自身に対しても、深く突き刺さった。

 たしかに自分は童貞であり、そもそもデートすらしたことがなく、リアルな女の子の扱い方が分からない。

 陵辱をしようとしても、いざ女の子を目の前にすると、焦りや戸惑いといったネガティブな感情が出て来てしまった。


 しかし、だから何だと言うのだ。

 自分は何のためにここに来たのだ。

 こっそり女の体に慣れる訓練をしたり、恥をかかないように人真似を繰り返したところで、俺による俺のための陵辱が、いったいどこあるといえるのか。


「ダーキルちゃんだって、処女だからこそ、処女のままレイプされる日を楽しみにしていられるんだよね」

「たしかに……」

「新魔王様もダーキルちゃんも、人間の私と違って、永遠みたいに長い寿命なんでしょ? いつまでも目標や楽しみがあるなんて、素敵だと思うよ。ショートケーキの上に乗ったイチゴを、いつまでも食べないで、一緒に眺めているのも楽しいんじゃないのかな」


 シンコの言葉に、ダーキルははっと目を見開いた。


「そ、そうだったのですね! 新魔王様が真に求められていたのは、『寸止め』という自虐プレイ! 食べたいのに敢えて食べない、この満たされない渇望こそが、永遠を支配する新魔王様に相応しい唯一無二の快楽!」

「そ、そう……なのかなあ? ちょっと大袈裟だと思うけど」

「やはり新魔王様は、ダーキルなど理解の及ばない、偉大な方です! そんな新魔王様に、『女の体に慣れるために童貞を捨ててしまうかもしれない』などと考えたダーキルは、どれだけ浅ましく矮小な存在だったでしょうか!」


 ダーキルはシンコに力一杯抱きついた。


「シンコちゃんのお陰です! ダーキルは目の覚める思いです!」

「まあ、私の想像に過ぎないんだけど……あっ、いけない! そろそろ帰らないと!」



 魔王城の入口に設置された、ノールロジカへ続くワープホールの前で、シンコはダーキルを振り返った。


「ねえ、ダーキルちゃん。一つ聞きたいんだけど」

「はい、何でしょう。シンコちゃんの言うことでしたら、ダーキルは何でも答えますよ」

「ダーキルちゃんは、その……新魔王様のこと、好きなの?」


 ダーキルは顎に指を当てて空を見上げ、そのまま「そうですね」と頷いた。


「好きという定義が、シンコちゃんの言う通りのものであれば、ダーキルは新魔王様が好きなのだと思います。一緒に居たいですし、声を聞きたいですし、新魔王様のことを考えていると、ある意味夜も眠れません」

「だから、ある意味って何なのかな!?」

「もちろん、シンコちゃんのことも好きですよ。シンコちゃんとなら、新魔王様と一緒にレイプされてもいいくらい――はっ!? 3Pレイプという発想はありませんでした!」

「ノーセンキューだよ! 私は遠慮しておくよ!」

「そうですか、残念です……」


「とにかく、その……頑張って、というか……」

「シンコちゃんの励ましを無駄にはいたしません。ダーキルは新魔王様の側で、新魔王様が理想のハーレム城を作れるように、精一杯お手伝いをしていきたいと思います」


 魔界の夕陽に照らされたダーキルの微笑みに、新魔王はしばしの間、見惚れていた。



 魔王城に戻ってきた新魔王に、ダーキルは思惑の全てを打ち明けた。


「ふん、全てお見通しだったわ! つまらん小細工を弄しおって」

「申し訳ございません。ダーキルは、どんな罰でも受ける覚悟です」

「お前に罰を与えたところで喜ぶだけだろう。お前には罰を与えないのが一番の罰だ」

「そこまで見抜かれていたとは……ダーキルは畏怖と尊敬の余り、数日ぶりに膀胱がうずいてきました」

「出すなよ? 絶対に出すなよ!?」

「それは前フリと受け取ってよろしいですね?」

「前フリではない!」

「ご安心ください、ちゃんとオムツは付けて――……あっ……」

「おい、なんだか甘い匂いがするぞ」

「……」


 新魔王がふと床を見ると、ダーキルの足元に大きな水たまりが出来ていた。

 甘い香りを漂わせるそれは、みるみる面積を広げていく。


「お前、まさか、それ……」

「オムツを外していたのを、うっかり忘れていました。てへっ」

「てへっ、じゃねえよ!! 止めろ、止めろ!!」

「こうなってしまっては、もはやダーキルにも止めることは出来ません」

「RPGの山場みたいに言うなよ! 股間に力を入れるんだ!」

「股間に力を……こうですか?」

「勢い増してんじゃねえか! 開けるんじゃない、閉めるんだよ!」

「オネショにオムツと楽しんできましたが、生の放尿に優る快感はありませんね」


 異世界ポケットからオムツを取り出した新魔王は、吸水面を下にして、ダーキルの回りに出来た水たまりの上に被せていく。


「新魔王様」

「なんだよ!」

「不束者ですが、これからもよろしくお願いします」

「このタイミングで言うなよ! 丁重にお断りしたいよ!」

「……そんなこと言って、本当は嬉しいくせに」

「なんか言ったか?」

「いえ、何も。ふふふ……」







☆エピローグ☆



 魔王城の内装工事にも、ようやく一段落がついた。

 冷暖房に上下水道、電気系統に観葉植物など、ハーレム要員の鮮度を保つに十分な条件が整っている。


「はーっはっは! これで心おきなく外の世界へ出られるぞ! 新魔王による鬼畜ハーレム計画は、ここからが本番なのだ!」

「おめでとうございます、新魔王様。ダーキルも感無量です」

「やはり陵辱する美少女は、自らの目で選ばなくてはな!」

「どんな美少女を探されるのです?」

「うむ! まずは原点に立ち戻って『女騎士』を探すことにする!」

「女騎士といえば遥か南方に、女性だけで作られた国家『ラマージャ』があると聞きます」

「ほう、ではさっそく向かうとしよう! ……しかし、女だけで生活が成り立つものなのか?」

「噂によると、男は奴隷として各地から攫って来るようですね。労働力、そして生殖用の子種として」

「……なんだか、嫌な予感がしてきたぞ?」

「新魔王様なら大丈夫ですよ。さあ、行きましょう!」



 恐怖と絶望の声が響く、理想の鬼畜ハーレム城を目指して――

 新魔王とダーキルの戦いは、まだ始まったばかりなのだ。





 ~おしまい~





【101号室 『博愛の姫君』ドロシー】

 先日、一人で出かけたドロシーが、夜になっても戻ってこないという出来事があった。

 気配を追ってみれば、ドロシーは洞窟の奥で、怪物に襲われかけている。

 間一髪、俺が間に合ったから良かったものの、一歩間違えれば命を落としていただろう。


 なぜそんな無茶をしたのかと問い詰めれば、ドロシーはあらゆる生物を人間へと変化させるという『人化の秘宝』を手に入れたかったのだと言う。

 ドロシーは最近、好きな人が出来たらしい。

 相手の気を引くために、人間に変身したいということだが、まったく馬鹿げていると説教をしてやった。


「人間の姿になったくらいでお前になびくほど、お前が惚れた人間というのは愚か者なのか!? その程度の人間に、お前に惚れられる資格などないわ!」

「新魔王様の仰る通りだとよ……ありのままのオデを好きになってもらえるよう、頑張るっちゃ!」


 ドロシーも反省したようだ。

 しかしまあ、ドロシーがどのように変化をするのかは気になるわけで、手に入れた人化の秘宝とやらを試してみることにしたのだが……

 ……俺はこの日以降、ドロシーに対する意識を変えざるを得なかったと言っていい。


 想像を絶する、完璧なお姫様がそこいたのだ。

 やや舌足らずな感じで、「オデは――」「~とよ?」「~っちゃ!」と語りながら、実に美味しそうにコンソメポテチを食べている。

 こんなに可愛いドロシーを、他の誰にも見せるわけにはいかないと、俺は人化の秘宝を机の引き出しに封印したのだった。



【102号室 『神の御使い』エルフの娘】

 娘を育てる親の気持ちとは、こういうものなのだろうか。

 日々成長していくエルフの娘を見守っている時間は、殺伐とした毎日を送る俺の清涼剤となっている。

 しかし、少しずつ言葉を覚えているものの、記憶はまだ戻っていない。

 俺の力で、殺されたエルフたちを生き返らせてみてはどうだろうかと、考えなかったわけではない。

 しかし、それをどうするべきかは、エルフの娘が自分を取り戻してから、この子の判断に任せようと思っている。


「パーパ、大好き!」

「そうか~」

「パパはエルのこと好き?」

「好きだぞ~」

「ママとエル、どっちが好き?」

「もちろん、エルだぞ~」

「えへへ」

「エルは、パパとママどっちが好きだ?」

「パパー!」


 扉の隙間から、ダーキルが恨めしそうな視線を送っているが、気にしないことにする。



【103号室 『緋毒の百合』ゼッカ】

 非常にマズいことが判明した。

 俺が二度目にシンコちゃんになった日、ノールロジカで性反転の指輪を外した瞬間を、よりによってゼッカに見られていたのだ。

 この瞬間、魔王城におけるヒエラルキーの頂点は、俺ではなくゼッカになった。


「そんなに私が嫌だったら、殺すなり記憶を奪うなりすればいいじゃない」


 俺の後頭部を、空のお弁当箱がポカリと打った。

 今朝のお弁当は大きなハートマークのちらし寿司にしたのだが、ゼッカにダメージは無かったようだ。


「さすがはゼッカさん、殺すとか記憶を奪うとか、発想からして怖すぎますね」

「どうして敬語なの!?」

「今は二人きりですから……上下関係はハッキリさせなければいけません」

「あのねえ……勝手に連れて来られて、勝手に避けられて、勝手に上に持って来ないでよ!」


 ある日、そんな超魔王ゼッカさんから、一枚のプリントを渡される。


 ≪授業参観&進路相談のお知らせ≫


 両親の代わりに、俺に来て欲しいのだと言う。

 もちろん拒否権はない。


 しかし、これはチャンスだ。

 俺の負い目を上回るだけの秘密を得ることが出来れば、再び俺がこの世界の頂点に返り咲くことが出来る!

 いつもより気合いを入れた重箱弁当の仕込みをしながら、俺は人知れず、邪悪な笑みを浮かべるのだった。



【104号室 『神眼の聖女』ミラーナ】

 各地から集めて来た孤児たちを、工作員として育てる計画は順調に進んでいる。

 俺が視察へ行くと、新魔王様への忠誠心を示す出し物を用意しているといった。


 子どもたちは『新魔王様を称えるうた』の後、俺が主役として登場する芝居を披露してくれた。


「ミラーナよ、工作員たちの教育は順調なようだな!」

「どうでしたか、新魔王様。みんな今日のために、一所懸命に練習していたんですよ」


 不安と恐怖に怯える子どもたちに、俺は言う。


「クックック……たいへん良く出来ました!」


 俺の言葉に狂喜する子どもたちを見て、新魔王の悪名が轟く日もそう遠くはないことを、俺は確信するのだった。



【107号室 『半死半生の少女』ノーラ】

 死にたくても死ねないノーラに、俺はいつか殺してやると約束をしていたのだが、「あ、その件はもう大丈夫です」とノーラが言って来た。

 姉であるミラーナにも会えたし、毎日が充実しているので、今はこんな体でも生きていたいのだと言う。


 そんなノーラは、ホラー映画や恐怖漫画を読むことが趣味で、隙あらば俺を驚かせようとしてくる。

 最近はダーキルを撮影に従えて、『びっくりする新魔王様の表情』を集めているというのだから、とんでもない悪趣味なやつだ。


 まったく、誰に影響を受けたのか……。



【201号室 『烈風の勇者』ルト】

 どこから見ても美少女な男の娘勇者、ルト。

 話を聞いたところ、勇者であることが判明する14歳までの間、ルトは女の子として育てられ、有名な劇場の踊り子として働いていたらしい。


 それが突然、勇者として魔王を倒しに行けと言われたのだから、困惑したことだろう。

 勇者らしく、男らしく振る舞おうとするも、それが返ってルトの美しさを際立たせたようだった。


 旅先では王族や貴族に夜伽を迫られ、共に冒険をしていた仲間たちからは、痺れ薬を盛られてレイプをされかけたという。

 それがトラウマとなり、一人旅を続けていたのだという話を聞いた俺は、嬉々としてルトに悪戯をしていた自分を思い出し、何とも気分が悪くなった。


 せめてもの詫びとして、ルトを真の男に育ててやることに決めた俺は、自分がムシュトワールではなく新魔王であることを告げた。

 その時のルトの驚きようといったらない。

 ルトは英雄と称えられる新魔王の大ファンだったのだ。


 俺から苛められている間も、

「いつか新魔王様がお前を倒しに来るからな!」

「ボクには新魔王様が付いているんだ!」

 なんて涙目で言っていたので、相当のものだろう。


 俺にとっても異世界で唯一の男友達が出来たということもあり、俺はルトを自室へ連れて、ダーキルにも見せたことのない秘蔵のエロ画像を見せてやっている。

 男の友情というもの良いものだ。


 ……しかし最近、ルトがやけに色っぽくなっているような気がするのだが……気のせいだよな?



【魔王城頂上 『比類なき闇の宝石』ダーキル】

 ダーキルは最近、「レイプしてください!」と言わなくなった。


「――つまりダーキルにとっての新魔王様は、ショートケーキのイチゴなのです。レイプされたいけど、レイプしてもらえない。このもどかしさが気持ち良いのです。寸止めの境地なのです」


 完全にシンコちゃんの受け売りだった。


「だから、ダーキルをレイプ未遂してください!」

「断る!」


 まあ、未遂という言葉が追加されただけで、根本的には何も変わっていないのだが。


 ……しかし俺は最近、想像することがあった。


 ダーキルと、魔王城の庭で雑談している時。

 ダーキルと、おかずを交換しながら食事をしている時。

 ダーキルと、パソコンの動画を見ながら笑っている時。

 ダーキルと、就寝の挨拶をして別れる時。


 もし突然、俺が本気で襲いかかったら、ダーキルはどんな反応をするのだろうか、と。


「新魔王様、いまエッチなことを考えていますね」

「……えっ!?」

「ダメですよ、本当にレイプなんてしたら。ショートケーキのイチゴは、食べずに取っておくものなのです」

「分かっている――って、エッチなことなんて考えていない!」

「ダーキルだって我慢してるのです。ですが、この我慢を楽しめなければ、新魔王様の隣で永遠の時を楽しむことなんて出来ません」

「その通りだ。レイプをしてしまっては、レイプ未遂が楽しめなくなるからな」

「……でも、クリームくらいなら舐めてもいいかなと、ダーキルは思うのです」


 一瞬の隙を突いて、ダーキルは俺の頰に唇を押し付けてきた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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