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第十話  新魔王様の憂鬱(前編)


 ベッドから起き上がった新魔王は、深々と息をついた。


 この異世界へ来てから、しばらくが経つ。

 恐怖と絶望の鬼畜ハーレム計画は、進展していないわけではない。

 しかし、思っていた以上に考えるべき問題が多いことを、新魔王は痛感していた。


 当然のことながら、美少女を集めてくればハイ完成、というわけにはいかない。

 二次元の世界とは違って、現実に美少女たちは生きている。

 メシを食えばトイレにも行くし、体調だって崩す。風呂に入らなければ汚れるし、着ているものだって洗濯をしなければならない。


 その面倒を見るのは、支配者である自分の責任なのだ。

 人を雇えば良いという考えもあるが、それはそれで、また別の面倒が増える。


 あくびをしながら調理室に向かった新魔王は、元いた世界から何でも取り寄せられるチートアイテム『異世界ポケット』に手を突っ込んだ。

 調理済みの料理を取り出すこともあるが、料理好きの新魔王は、基本的に材料から調理をすることが多い。

 出来上がった朝食を台車に乗せ、美味しそうな匂いと湯気を立ち上らせながら、ガラガラと魔王城の廊下を進んで行く。


 魔王城の入口では、ノールロジカ魔法学校の制服を来たゼッカが、腕組みをしながら新魔王を待っていた。


「……遅いんだけど。私、今朝は委員会の集まりがあるって言ったよね」

「そ、そうだったか……?」

「どれだけ物覚えが悪いのよ。神様にお願いして、チートの記憶力でも貰ってきなさい。その命と引き換えにね」


 ゼッカは新魔王からお弁当を受け取ると、魔王城の入口に作られたワープホールへ、足早に向かって行った。

 その後ろ姿を見ながら、今日のゼッカは機嫌が良かったみたいだと、新魔王は額の汗を拭った。


 各部屋に食事を配り、魔王の間に戻ってくると、ダーキルが大音量でエロ動画を再生している。

 新魔王はダーキルの横腹を蹴飛ばし、エロ動画を停止して、自分の朝食の準備を始めた。



「それでは新魔王様、今日もルトさんの所へ行きましょう!」


 ビデオカメラを手にしたダーキルが、鼻息荒く、新魔王の腕を引っ張った。

 ルトとは、最近連れて来られたばかりの男の娘勇者だ。

 新魔王は男の娘に興味はなかったが、ダーキルの強い勧めで、陵辱プレイの練習台として利用している。


「……いや、今日は遠慮しておく」

「何を仰るのです、新魔王様! ダーキルのおかず……じゃなかった、新魔王様の陵辱スキルを高めるために、日々精進しなくてはなりません!」

「今の本音、聞こえているからな?」


 ダーキルの働きについては、新魔王は一定以上の評価をしていた。

 大なり小なり誤解があったとはいえ、ダーキルが連れて来た少女たちは、一般的な価値観からして最上級の部類に入っている。


 本来であれば、新魔王自らハーレム要員を捜しに行きたいところなのだが、今は魔王城の環境改善――空調設備、上下水道、照明等々――の工事を優先する必要があったため、ダーキルに任せきりになっていた。


 魔王城の工事は、まもなく完了する。

 しかし、本格的な鬼畜ハーレムを始める前に、新魔王はいくつかの問題を解決しなければならなかった。


「シスター・ミラーナを連れてこい」



 新魔王が解決しなければならない問題の一つ。

 それは、新魔王が人間界で『救世主』扱いをされているという事実だ。


 無敵のチート能力を持つ新魔王は先日、人間を滅ぼそうとした大賢者エリオストと、破壊神キルドライノスを瞬殺した。

 新魔王にとっては目障りな小石をどけたに過ぎなかったが、人間にとってみれば、世界を破滅から救った英雄なのである。


 目の前にいる巨乳の修道女、シスター・ミラーナもまた、新魔王を救世主様と崇める人間の一人だ。

 英雄や救世主などと尊敬されては、理想の鬼畜ハーレムは成立しない。


「――というわけで、俺は救世主などではない! 絶望と恐怖に満ちた鬼畜ハーレムを作ることが、俺の真の目的なのだ! わかったか!」

「は、はい……??」


 新魔王が目指すものは、一時の快楽などではない。

 100年、1000年と続いていく、陵辱寸前プレイという名の最高の娯楽なのだ。

 それを実現するために、新魔王は恐れられなければならない。

 かつてその残虐性から、最強最悪の吸血鬼と恐れられたハイエンダール伯爵のように、その名前だけで人々を震わせるような悪名が必要だった。


 そして新魔王は、まさに鬼畜の極みとも言えるアイデアを思い付き、その実行に移ろうとしている。


「ミラーナよ。お前は先日、『孤児院に残してきた子どもたちの面倒を見させて欲しい』と言ったな。その願い、叶えてやろう」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます、新魔王様!」

「ただし! 孤児たちが生活をするのは人間界ではない。この、魔界だ!」

「えっ……?」


 継続的に新魔王の悪名を広めるためには、忠実な工作員を育て上げ、人間界で有ること無いこと吹聴してもらうのが最も効果的だと、新魔王は考えたのだ。


「都合の良いことに、人間界には身よりのない子どもたちが大勢いるという! これを利用しない手はない! 無知な子どもたちを洗脳し、この新魔王様の鬼畜ハーレムの礎としてやろう! お前たち、あれを見るがいい!」


 新魔王が指さした窓の向こうには、なんと巨大な学校が建てられていた。

 校舎は新築同然で、整地されたグラウンドには、遊具などの設備が揃えられている。


 新魔王が持つ異世界ポケットは、元いた世界にある物を取り寄せることが出来るが、その大小は関係ないのだ。

 元いた世界では、新築の校舎が忽然と姿を消すという騒ぎが起こっていることだろう。しかしそれは、新魔王にはどうでも良いことだ。


「優秀な工作員を育てるには、良好な教育環境が不可欠! 無論、健康な体もな! 自給自足に必要なだけの条件は用意した! あとは食うなり金にするなり、好きにするがいい!」

「ダーキルは驚愕しています! あまりに鬼畜、あまりに残酷! 餓えて死にそうな孤児を集め、食べ物を与えて懐柔するばかりか、無理やりに教育の機会を与えて洗脳するなんて……天上の神々が、大挙して押し寄せかねない無類の悪行です!」

「はーっはっはっは! この新魔王、目的のためには手段を選ばぬ!」

「ご覧下さい、新魔王様! 洗脳施設を見つめているミラーナさんが、絶望と恐怖の余りに泣きだしてしまいました!」

「ククク……どうやらミラーナも、俺の真の鬼畜っぷりが理解できたようだな! ミラーナよ、吐いた唾を飲み込むのではないぞ? 貴様には、孤児の教育と管理を一任する! 新魔王様の悪名を広めるための、優秀な工作員を育て上げるのだ!」

「はい……! ありがとう……ございます……!」


 泣きじゃくるミラーナに近づいた新魔王は、その胸元に掛けられていたネックレスを引きちぎり、床に落とした。

 それはミラーナが信仰しているアルテナ神教のシンボルだった。

 修道女であるミラーナにとっては、魂の支えとも言うべき絶対のものだ。


「踏みつけろ」

「……!」

「お前の信じる神を捨て、この新魔王様に忠誠を誓うのだ、ミラーナ」


 無言でネックレスを見つめていたミラーナは、やがて小さく頷いた。


「……はい、新魔王様。私は新魔王様に忠誠を誓います。全ては新魔王様の、鬼畜ハーレムのために――」


 ネックレスを踏みつけたミラーナは、微笑みながら、目もとの涙を拭った。



 ――――数日後。


 ミラーナが各地から集めて来た孤児たちが、新魔王の洗脳施設に続々と到着していた。

 学校のチャイムが響き、校庭では何人かの子どもたちが走り回っている。

 新魔王は城の庭で、その様子を遠目に眺めていた。

 やがて空からフラフラと、疲労困憊といった表情のダーキルが落ちて来る。


「た、ただいま戻りました、新魔王様……」

「ミラーナの護衛、ご苦労だったな。褒美にコーラをやろう」

「ふ……フタが開きません……」

「そんなに大変だったのか」

「ダーキルは子どもが苦手です。あちこち引っ張られて、飛び付かれて、レイプされた気分です」

「良かったじゃないか」

「良くないです! ダーキルは、新魔王様以外にはレイプされたくありません! さあ、今すぐ上書きレイプをしてください!」

「なんだよ、上書きレイプって」


 無論、これだけ大勢の子どもたちの面倒を、ミラーナ一人で見ることは出来ない。

 しかしミラーナには、『神眼の聖女』と呼ばれる、人間の善悪を見抜く特別な能力があった。

 子どもたちだけでなく、各地の教会や施設から、新魔王の洗脳施設で働くに値する人間を集めているようだ。


「あの方たちはチートです。あれだけ子どもに囲まれても、ずっとニコニコしているのです。ダーキルには、とても理解できません」

「俺にだって、理解できんわ」


 そこへ、ノールロジカ魔法学校に通じるワープホールから、制服姿のゼッカが帰って来た。


「まさか、魔界に学校を作るなんてね。……私も、あっちに転校しようかな?」

「ぜ、絶対にダメだぞ! お前が行ったら、洗脳どころの騒ぎではない! 最強のメンタルキラー養成学校になってしまう!」

「……誰がメンタルキラーですって?」

「はーっはっはっは! ……逃げるぞ、ダーキル!」

「はい、新魔王様!」

「ちょ、これ、お弁当箱――……」


 全力ダッシュで走り去る新魔王とダーキルの背中を見ながら、ゼッカは大きくため息をついた。


「なんなのよ、もう……」


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