第一話 新魔王とダーキル姫
※本作をもとに執筆いたしました小説が、第5回オーバーラップ大賞で特別賞を頂きました。2019年冬に、オーバーラップ文庫より『ちょっぴりエッチで変態なお姫様は好きですか?』というタイトルで刊行される予定です。
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それは、あっという間の出来事だった。
どこからともなく現れた人間が、ほんの数刻のうちに、魔王を含む全ての魔物たちを皆殺しにしてしまったのだ。
ただ一人、魔王の娘にして絶世の美しさを誇る少女、ダーキルを除いて――――
「――それで、新魔王様は別の世界から転生して来られたと仰るのですね」
「うむ、その通りだ」
魔族の姫であったダーキルは、日頃から豪華絢爛なドレスを身に纏っていたが、今は新魔王の命令によって、ごく一般的なメイド服に着替えさせられている。
「ククク……屈辱に満ちた良い眼をしているな。さぞかし憎いだろう、一族の仇であるこの俺が」
「いえ、別に。目つきが悪いのは生まれつきです」
「隠さずとも良い。抑えきれぬ殺意の衝動が、その瞳を地獄の釜のように紅く染めているではないか」
「少し寝不足なだけです。昨晩は、徹夜で……一人遊びに耽っておりましたので」
ダーキルは白く細い指を口元に当てて、「くあ」と小さく欠伸をした。
「それで、なんでしたっけ。ハーレムを作るんでしたっけ?」
「うむ。チート能力を身につけて異世界転生をしたのならば、やることはハーレム作りと相場が決まっている」
「チートとか異世界とか、何を言っているのか分かりませんが……つまり私がその一人目だということですね。誇り高き魔族の姫に下賤の服を着せて、その身体だけでなく精神までも陵辱しようと……『おのれ、人間ごときに処女を奪われるとは何たる屈辱! 貴様だけは絶対に殺してやる! 我らが魔族の誇りに賭けて、必ずだ!』なんて泣いて悔しがる私を、新魔王様は無理やりに――――」
「いや、お前はハーレム要員ではない。俺の為に忠実に働く手駒だ。チート能力があるとはいえ、この世界では知らないことも多いからな。ナビ役というものも必要だろう」
「あら、そうですか……ご遠慮なさらなくてもいいですのに……」
大勢の魔物で賑わっていた魔王城は、いまや新魔王とダーキルの二人だけである。
住人の居なくなった部屋には、ハーレム要員として連れて来た女たちを住まわせるつもりだと、新魔王は言った。
「しかし新魔王様、性欲を満たしたいのならば、さっさと人里に行って片っ端からレイプでもしてくればいいじゃないですか。こんな回りくどいことをしなくても――」
「ダーキル、お前は何も分かっていない」
新魔王はチッチと指を振りつつ、一枚のフリップを取りだした。
そこには捕虜となった女剣士が陵辱を受けているイラストが描かれている。
「このイラストを見てどう思う」
「淫らな官能を刺激する、良い絵だと思いますが」
「そうだろう。異世界に持ち込んだ俺のパソコンの『エロ画像フォルダSSランク』に分類された一枚だ。これだけでも十分に戦力になる。だが、しかし――」
新魔王はもう一枚のフリップを陵辱イラストの隣に置いた。
鎧を外した普段着の女剣士が、小さな村で子どもたちと遊んでいる絵だ。
「どうだ。この絵を横に置くことで、陵辱シーンが更に映えると思わないか?」
「たしかに……平和的なシーンを並べることで、陵辱シーンとのギャップが出てきますね」
「さらに、こうだ」
今度は女剣士の子ども時代のイラストだ。
木の枝を持って、背後の弟を庇いながら、勇猛果敢にスライムに立ち向かっている。
「彼女はこれをきっかけに、剣士を目指すことになったのでしょうね」
「正義の心を持った優しい女の子だったのだろうな。ではそこでもう一度、この陵辱シーンを見て欲しい」
「格別な味わいがありますね」
「そうだろう。しかしここまで来ると、俺は罪悪感で心臓が押し潰されそうになる」
「新魔王様はメンタルがスライムなのですね」
「よって、俺が出した結論は――――」
四枚目のフリップは、鎧を付けた女剣士が魔物たちに追い詰められているイラストだ。
この後に訪れるであろう陵辱を、女剣士は何としても認めるものかと前方を睨みつけている。
しかしその表情には、隠しきれない絶望と恐怖、そして諦めの色が浮かんでいた。
「これで十分だ。これ以上は必要ない」
新魔王は、最初に出した女剣士が陵辱を受けているフリップをビリビリと破り捨てる。
「陵辱は直前のシーンこそが至高。恐怖に怯える美少女の表情こそ、異世界にチート転生した俺が求めるものだ。それを更に引きたてるのが、陵辱に至るまでのストーリー。ただ陵辱をして性的欲求を満たすだけでは、すぐに飽きてしまうことは明白だろう」
「では、レイプすると見せかけて、実際は事に及ばないと言うのですか」
「当然だ。処女を陵辱してしまったら、二度と処女陵辱寸前のシチュエーションを楽しめなくなってしまうではないか」
「なんて残酷な……」
「はーっはっは! 何とでも言うがいい! 俺はこの魔王城を、最高のストーリーを持った美少女たちで埋め尽くしてやる! そして、いつ俺に陵辱されるか分からないという恐怖を、毎朝毎晩たっぷりと味わわせてやるのだ!」
「……レイプしてくれないなんて、生殺しではないですか」
「ん? なんか言ったか?」
「いえ、別に」
★
「ところで、新魔王様のお名前は何と仰るのでしょう。いつまでも新魔王様とお呼びするのは、どうにも面白味に欠けます」
「ふむ、たしかにそうだな。この俺に相応しい名前はないだろうか」
「元の世界のお名前ではダメなのですか?」
「ダメに決まっている! せっかくカッコいい魔王様に生まれ変わったのだ」
「そうですか。……あ、新魔王様宛に小包が届きましたよ」
「何だろう。こないだ注文した、中古のエロゲーかな?」
「では、こちらに受け取りのサインを」
「はいはい。さらさら~っと」
「新魔王様の本名は○○○○というのですね」
「――はっ!? だ、騙したな!」
「素敵な名前ではないですか」
「こっちへ来い! お前の頭をぶっ叩いて、記憶を強制消去してやる!」
「怒らないでください。その代わり、新魔王様に超カッコいい名前を付けて差し上げます」
「ほほう、言ってみろ」
「『羅王』というのはどうでしょう」
「うーん……悪くはないんだが、俺のいた世界で、ちょっと被るキャラがいてなあ」
「では、頭に『魔』をつけて『魔羅王』と」
「精力増強剤か、俺は! 直接的過ぎるだろ!」
「ハーレムを目指す新魔王様には、ぴったりのお名前かと思いますが」
「ハーレムばかりが魔王ではない。勇者や賢者たちと戦う可能性だってある。ちゃんとカッコいい名前を考えてくれ」
「『覇王』というのはどうでしょう」
「むう……やっぱり、何かと被っているような気がするなあ」
「では、頭に『悪』を付けまして」
「何て読むんだ?」
「『悪覇王』と読みます」
「挨拶みたいだな」
「おはおー♪」
「女子高生みたく手を振るな! 可愛いじゃないか!」
「女子高生の間で流行れば、流行語になるかもしれません」
「流行はいつか必ず廃れるものだ。自分の名が死語になるのは辛い。だいたい、この世界に女子高生などおらんではないか」
「無ければ作ればいいのですよ」
「ほう、いい事を言うではないか。褒めてやろう」
「ハメてやろう?」
「……」
「孤独な王と書いて『孤王』(コオウ)というのはどうでしょう」
「おお、そこはかとなく中二病っぽくて好きだぞ!」
「では、更に中二病度を上げてみましょうか。とっても偉い人だけが使える一人称の『朕』を頭に付けまして――」
「ほう!」
「『朕孤王』ですね」
「お前、俺をおちょくってるだろ?」
「ハーレムを目指す新魔王様には、ぴったりの名前かと思いますが」
「アホか! そんな名前にしたら、シリアスなシーンで勇者たちが笑ってしまうわ!」
「ば、馬鹿な! 倒したはずの朕孤王が、むくむく巨大化していくぞ!」
「ふははは! 驚くのはまだ早い! 私はまだ、もう一回変身を残しているのだ!」
「ああっ、朕孤王を覆っていた闇の衣が、ズルズルと剥けていく!」
「完全体となった私の姿を――って、やかましいわ!」
「あいた! 乗ってきたのは新魔王様ですのに……くすん」
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「もう名前は『新魔王』でいい! とにかくダーキル、お前は俺の為に働いてもらうぞ」
「具体的に何をすれば良いのでしょう」
「人間界へ赴き、俺が陵辱したくなるような美少女たちを連れてくるのだ。もちろん、ただ連れてくれば良いという訳ではない」
「心得ております。レイプされるまでのストーリーが大事、ということですよね。ところで新魔王様は、どのような女の子が好みなのですか?」
「そうだなあ……処女だけどエッチで、頭は良いんだけど馬鹿なところもあって、素っ気ないんだけど実は俺が大好きで、ボケもツッコミも両方出来るみたいな?」
「……そんな人間、どこを捜してもいませんよ」
「わかっている。だからこそハーレムを作るのだ。不足している部分は、他の女で補えばいい」
「なるほど。それでは早速、下調べに行って参りますね」
「ああ、頼んだぞ」
ダーキルは、その身を美しい鳥に変え、雷鳴の轟く魔界の空へ飛び立って行った。
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