【競作】こっち向いて?
この街全体を見下ろせるように造成された丘がある。
街の名前をとって、積木丘と呼ばれているが、子供達も寄り付かず、1日待っても車一台、人一人出会うことがないほど寂れた公園だ。
その理由は、丘の斜面に立てられている洋館だ。
この丘ができる前からあったらしいのだが、地主さんが壊すことを了承しなかったため、一部を埋めて丘が作られた。
だから、今は斜面に建っているが、玄関が無く、もともと3階だったところを改造して中に入れるようになっている。
一回入るのに100円取られるという不親切設計のため、この丘ができてから、誰も入ったことがないという。
そのせいか、昔からこの洋館には、都市伝説がついて回っている。
曰く、白い人影が、夜な夜な血を求めて歩き回っている。
曰く、ここの地主はすでに死んでいるが、本人は気づいていない。
そのような噂だ。
俺がここに来たのは、市から依頼を受け、その真相を解明して欲しいと、何度も頭を下げられたからだ。
礼金も出してくれるというので、俺は仕方がなくその洋館「積木館」へ入った。
100円を木箱に入れると、カタンと入った音が聞こえる。
久しく人が入っていないのか、石造りの堅牢な洋館だが、蜘蛛の巣や埃が積もっている。
「どなたかいますか?」
誰もいないだろうが、一応声を掛ける。
すると、白いワンピースを着た、20台ぐらいの女性が、俺のところへやってきた。
「…どちら様でしょうか」
「この洋館を見学したいのですが」
病弱。それが彼女の第一印象だ。
透き通りそうな白い肌、その声は甘美で耳に心地よく響く。
触れば、間違いなく絹のような感触が味わえるだろう。
「では、こちらへ」
電気は通っているようで、電気がパッとついた。
そして俺は、洋館へと足を踏み入れる。
鉄のドアをくぐると、螺旋階段が上下方向に伸びている。
「あなたのお名前を伺っても?」
「ソラヌム・シノニム・フィカンシムといいます。ソラヌムと、お呼びください」
「ソラヌムさん。この洋館の歴史を伺っても?」
階段を降りると、いきなり冷んやりする空気を感じる。
「19世紀末。日本を訪れた家族のソラヌム一家が住んでいました。彼らは本国では魔法使いと呼ばれていましたが、ここへ逃げることで、一切の束縛がなくなりました。この洋館は、その頃に建てられたものです。そして、第2次大戦によって破壊されましたが、子孫の手によって、いまから50年ほど昔に復旧。そして、今に至ります」
その時、窓だったところに人形がおかれているのに気づいた。
「この人形は?」
「ソラヌム一族に伝わっている人形です。子供らが悲しまないように、初代が買い続けたそうです。戦争で大半が焼けてしまいましたが、今でも幾つかは残っており、こうして飾られております」
2階へつくと、部屋の一つを見せてくれる。
「この部屋は、当主が使っていた部屋になります。ここにも、いつ子供達がやってきてもいいように、人形があります」
確かに、フランス人形が3体、今は使われていないであろう机の上に置かれていた。
埃が積もっているためか、一足ごとに粉状の何かがふわっと舞い上がる。
それは、なんだか灰色がかっていた。
「一階は見れないのですか」
書棚に置かれた、数々の稀覯書を眺めながら、俺は聞いた。
「……そこは、見学のエリア外となりますので」
ソラヌムがいうのならば、そうなのだろう。
だが、人間の性か、ダメだと言われると、見に行きたくなる。
「そう言われると、さらに見たくなってしまいますね」
そう言って、俺はソラヌムの手をつかむ。
「ギャッ」
ソラヌムは叫ぶと、逃げた。
その行き先こそ、1階だった。
「待ってください!」
急激な悪寒がするが、それよりもソラヌムを追いかける方が先だ。
螺旋階段へと戻り、さらに寒さをましている空気をかき分けて1階へと向かう。
1階は、もはや冬のような寒さだ。
薄めの長袖な俺は、とてつもなく寒く感じる。
それでも、好奇心の方が優った。
目の前にある木の扉を勢いよく開けると、冷凍庫のような寒さが襲ってくる。
「…来てしまったわね」
残念そうに、ソラヌムが俺に言った。
昔は玄関だったようだが、今では単なる一つの部屋にすぎない。
その部屋の中央に大鍋が一つ、冷たい炎に炙られていた。
「これ、なんだかわかる?」
薄暗い部屋だからか、ソラヌムが持っているものがイマイチ見えない。
「これはね、初代当主の頭。彼は世界中で唯一、人形だった私に命を吹き込んでくれた。以来、私は彼が死んでから、復活させるための方法を、ずっと探している」
言われたら、それは確かに、人間の頭蓋骨に見える。
目が慣れてきたせいだろう、部屋のあちこちの様子が見えてきた。
人形が、あっちやこっちに、うず高く盛られている。
だが、どれもこれも、腹が割かれていたり、首がもげていたりしている。
「元を正せば、私は彼の奥さんのために作られた。でも、奥さんが亡くなられてからは、私が彼の孤独を癒した。そして悲しみあふれる彼が、私に奥さんの代わりになるように生かしてくれた。じゃあ、私の孤独を癒してくれるのは誰?」
俺は答えに窮した。
「あなたじゃない。それはわかってる。そして彼の子孫でもない。それもわかってる。でも私でもない。それも分かっている!」
鍋を蹴飛ばし、ソラヌムは俺を睨みつける。
中身がなんだったにしろ、鍋からこぼれた液体に触れた人形は、泡を出しながら、溶けて行く。
それは、蹴った当人も同じだった。
たまたま蹴る力が弱かったのであろう。
倒れることなく鍋は元の位置に戻ろうとした。
その時、液体が振り子のように鍋の中で跳ね回り、そして溢れた。
「ギャアッ」
短い声をあげ、ソラヌムは顔面から液体をかぶった。
とたんに倒れ、数秒後、動かなくなった。
俺がソラヌムの体に触れると、何ら反応を示さず、もはや単なる人形へと戻った。
そして、洋館から出た。
それから俺は簡単にソラヌム一族について調べて見た。
だが、そんな一族はどこにもおらず、唯一出てきたのはとある植物の学名だ。
それが、和名ではアメリカイヌホオズキと呼ばれるものだった。
そして、その花言葉は。
「あなたを呪う」