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宇田川四季は罰せず


 『美しき閻魔』と評される彼女のことを知らない人間は学内にほとんどいないだろう。

 

 『宇田川四季(ウダガワ シキ)』法学科2年。


 何物をも寄せ付けぬ美貌と鉄壁な存在感に果敢に挑戦して散って行った勇者は数知れず。サークル勧誘からコンパのお誘い、ミスコン参加にいたる一切を歯牙にもかけず、我が道を行く女王。

 「あなたのことが好きです。付き合ってください!」

 「なぜ?」

 黒ぶちの、色気の無い眼鏡の奥から冷ややかな瞳を向けられ、ただただ淡々と『好き』の理由を述べさせられる。

 それだけ聞くと、特殊な趣味をお持ちの方々には大好物に思われるかもしれない。

 しかし、彼女はそういう意味では公平すぎるのだ。

 彼女は怖れない。彼女は蔑まない。彼女は怒らない。しかして、喜びも無い。

 彼女は感情を表さない。

 彼女は関心を示さない。

 少なくともこれまでのチャレンジャーたちが彼女の心を動かした者はいない。

 そんな現状を鑑みても、チャレンジャーは後を絶たない。『山があるから登る』メソッドなのだろうか。そんな恋の重罪人たちを揶揄して、彼女に『告白する』ことは『自白る』と呼ばれているぐらいだ。

 今日もまた、一人の男が彼女に謁見を求めたのである。

 「おい聞いたか!ハッタリくんが宇田川に自白るらしいぞ!」

 「マジでか!!」

 

 

 数日前


 「こんにちは、宇田川さん。はじめまして。服部真実(ハットリ サネミツ)と申します」

 「こんにちは」

 学食の2階、テラス席。

日の当り方も適当な角の席に座り、文庫本に目を落とす宇田川に男は話しかけた。にこやかに、かつ爽やかに。それに対し無表情のまま挨拶を返した宇田川は文庫本をカバンにしまった。

 「推理小説、好きなんですか?」

 服部はカバンを指差して言う。ブックカバーをしていなかったから、表紙に書かれた『密室』の文字を目ざとく見つけたのだろう。

 「たまたまです」

 「その著者だったら僕は『暁に眠れ』が最高だと思うんだけど、どうかな?」

 「そんな作品はありません」

 「へえ…。つまり、そう断言できるぐらいにその著者の作品はチェックしている、と」

 服部は仮面のように貼りつけた「にっこり顔」を宇田川に向ける。

 それでも宇田川の表情が変わることは無かった。

 「………」

 「ん、じゃ。またね。宇田川さん」



 次の日

 「いやあ、奇遇だね。宇田川さん」

 「白々しい人ですね、あなたは」

 休講の連絡を見に、掲示板を確認している人ごみのなかに服部はいた。

 「偶然を装うにも、わざとらしすぎるでしょう」

 「あはは。ここにいれば見かける機会もあるかと思ってね。会いたかったのは本当だし」

 悪びれもせず服部は笑う。

 「で、今日はなんの用ですか?」

 「いやね、昨日 宇田川さんにオススメされた作家さんの本を読んでみたから感想なんかを語り合いたいなあ、なんてね」

 「オススメした覚えはありません」

 「ままま、いいじゃないの!細かい話は!」

 「……」

 「『氷河を抜けろ』って作品面白いよね。一気に読んじゃったよ。氷漬けにされた恋人の仇をとるために主人公が犯人に詰め寄っていくクライマックスのシーンの緊迫感たるや…。ええと、なんだっけ?そうそう、『お前が俺の心に火を点けたんだ!復讐という火をな!』って台詞は多少くさかったけれど、痺れたね」

 身振り手振りを交えつつ、服部は流暢に語る。

 それを黙って聞いていた宇田川が口を開く。

 「…他には何を読んだのですか?」

 「ん?んー、あとは『落雷』と『墜ちた林檎』かな。どちらも面白かったよ」

 そう言い切る服部に対して、宇田川は深いため息で応える。

 「…また、嘘なんですね」

 「うん?」

 「あなたは読んでいませんね?」

 「う~ん、わからないなあ。なんでそう思うんだい?」

 服部は否定も肯定も示さぬニコニコ顔である。

 「まず、それらの作品は著者の作品の中でも大長編であり、一作でも一日に読み切るのは骨です。あなたが速読を心得ているなら別ですが…」

 宇田川の指摘に、服部は肩をすくめた。

 「そして、あなたが挙げた三作品はいずれも映像化されている作品です。さらに言えば、あなたが引用した台詞は映画オリジナルの台詞です。あなたは映画でそれらの作品を見たのですね?」

 決定的な宇田川の告発にも、服部は動じない。

 むしろ、我が意を得たり、とニヤリと笑う。

 「ああ、やっぱり映画もチェックしてたねぇ、宇田川さん。いや、むしろ映画からあの作家さんを知ったって線も考えられるかな?まあ、どのみちあの作家さんの大ファンじゃん」

 「…否定した覚えはありません」

 「いや、一応原作を読むつもりではいるんだけどね。でも普段 本なんて読まないからさあ」

 「私に言い訳する必要はありません」

 「あ、そう?」口笛を吹くより気軽に服部は話題を進める。「ところで宇田川さんは、映画は映画館で見るの?」

 「はい」

 「一人で?」

 「答える必要がありますか?」

 「無いね。微塵も無い。いや、しかし、映画館はいいよね。大迫力だし、大音量だし」

 「そうですね」

 「どんな映画が好き?」

 「まあ、いろいろと」

 「へえ、そう。僕はなんたって分かりやすいのがいいかな。胸がすくような快刀乱麻、勧善懲悪のB級アクションなんて大好物だよ」

 「あなたがそういう作品に出ていたら真っ先に撃ち殺されそうですね」

 「はは、それはいいね!ところで今度いっしょに映画なんてどうです?」

 「…ところで、の意味が分かりません」

 「おっと残念。次の講義に遅れてしまう!この話はまた今度!」

 「あ、…ちょっと」 

 一方的に会話をぶった切り、服部は走り去る。

 その背中はあっという間に人ごみにまぎれて見えなくなってしまった。

 宇田川四季はそこでゆっくりとため息を吐く。

 ずいぶんと疲れたような気がしていた。


 その後も事あるごとに服部は宇田川の前に現れては他愛ない話をして去って行った。

 「この前は『女体盛りについてどう思うか?』なんて聞かれたわ」

 宇田川が焼き魚の骨を器用に取り除きながらそう口にしたとき、ランチ中ではあったが、友人の五輪里香(イツワ リカ)はそれを聞いてすすっていたソバを拭きだしそうになった。

 「あはは。あんたにそんなこと聞く奴がいるとは」

 「笑いごとじゃないわ…ほぼ毎日よ」

 表情の筋肉自体は仕事していないが、宇田川本人としては憮然とした表情である。

 「で、あんたはどう答えたのよ」

 「『べつにどうとも思わない』よ」

 「で、ハッタリくんは?」

 「ええと…『僕はたしかに好きな女の子に足を嘗めろと言われれば嘗め、嘗めるなと言われれば嘗めるほどのぺロリストですが、女体盛りだけは看過できないんですよね。だってあれって女性の体をすごく冷やす必要があるでしょう?女性の健康を害してまで行う価値のある行為とは思えないんですよね』だったかしら」

 「うわ~くだらねえ!はは、ハッタリくんらしいわ…ってか、それを完ぺきに暗記しているあんたもどうかしているけど!」

 「うるさいな…って、さっきから言ってる『ハッタリくん』って?」

 「ああ。服部真実のニックネームというか通り名?よ」

 「彼、有名なの?」

 「あんたほどでは無いけどね。名前がハットリで、かなりやり手の嘘つきだからハッタリくん。前に文化会の予算を学校からもぎとったのは彼らしいし」

 「……」

 「なに難しい顔してんのよ」

 「…別に…」

 「まあ、意外と相性いいかもよ、あんたとハッタリくん」

 「え?」

 「喋りすぎに黙りすぎ。足して2で割りゃあちょうどでしょ」



 「やあ、宇田川さん。わざわざありがとう。呼び出したりしてごめんね」

 「いいえ。あの…」

 「ん?なあに?」

 「あなた、『ハッタリくん』って呼ばれているのね」

 宇田川の言葉を聞くと、服部は満面の笑みを返す。

 「やっと僕を名前で呼んでくれたね!」

 「え?」

 「名前と言うのは重要だよ。名前が無ければ対象を捉えられない。妖怪変化に対抗する まじないを組めないし、宇宙人とは友達になれない…。精神的な疾患の中には、名付けることで『病気』としてラベリングしてはじめて治療が可能になるものもある。宇田川さんが僕を受け入れるなり排除するなりするにしても、名前を認識してくれたことは、これは大いなる一歩と言えるだろうね。宇田川さんにとっても、僕にとっても、ね。ああ、おしいな。なぜテープレコーダーを持って来なかったのだろう…。永久保存しときたかった」

 「……ちょっと黙ってもらえるかしら…」

 片手で服部を制し、目線を逸らした。それは宇田川四季にはめずらしい感情の微妙な揺れであった。

 「どうしたの?気分でも悪いのかな?よかったらそこのベンチに座らないかい?なんなら飲み物を買ってこよう。確かコーヒーは飲めなかったよね。お茶でいい?」

 「いいえ。いいの。大丈夫」

 「そう?気分が悪いようなら日をあらためようか?僕はどちらでもかまわないけれど…」

 「いいわ。済ませてしまいましょう」

 「じゃあ、単刀直入に言うけれど、僕は君が好きだ。愛している。ベリーマッチだ」

 ためもなく、あっさりとした調子で服部は言う。

 「なぜ?」

 「ん?」

 「なぜ私なの?」

 「はい?」

 「誰も彼も…私にそう言った人たちは明確には答えられなかったわ」

 「大半は顔、あとはスタイル、あとはキャラクターとか?口に出すのが恥ずかしかったんじゃないかな?」

 「だとしたら、そんな口に出すのも恥ずかしい理由で『好きだ』なんて言うの?理解しがたいわ」

 「かもね。でも、彼らだって君に興味をもっていて、少なからず仲良くしたかっただけさ。いやらしい気持が無かったとは言わないけれど、そればかりじゃない」

 「そんなことはわかっているわ」

 「でも、許せなかった?いや、違うな。納得がいかなかったのかな?」

 「そう…かもしれない」

 「なぜそれを僕に?」

 服部の問いは、宇田川の心に考える時間を与えた。

 「あなたなら、答えてくれる?」

 「ああ、もちろん。もちろんだとも」

 即答だった。

「宇田川さんが納得するまで、僕は僕の舌がちぎれるまで言葉を尽くそう。どれだけ宇田川さんが僕の嘘を破っても、疑っても構わない。僕がどれだけ口先だけの…否、舌先三寸だけの男であることを証明してみせるよ。これは絶対だ」

 「それは誇るようなことなの?」

 「それが達成できるなら、それは男として誇らしいと思うけどな」

 「…そうかしら」

 「究極のところ、言葉なんてものは全て嘘さ。嘘って『口』に『虚ろ』って書くだろう?口から『実』のあるものが出てきたら、それはゲロぐらいなものだ。耳に心地よく、心に響く言葉は全部嘘だ。どれだけ本質に近づいたとしてもその線は漸近して交わることは無い。言葉で真実を捉えることはできない」

 「でも、言葉は偉大だわ」

 「そうだね。だから僕は無駄と分かっても、いや無駄だと分かっていながら言葉を使うんだ。『無駄じゃない』と証明するためにね」

 そこで言葉を区切り、服部は宇田川の眼鏡の奥の澄んだ瞳を捉える。

 「宇田川さん、君は魅力的な人だ。千の言葉、万の言葉を駆使してもその魅力を語り切るには足りないだろう…。ましてや君を楽しませるためなら僕は億の言葉を並べたてることに躍起になるさ…」


 「君のためなら、僕の嘘は尽きない。これは約束だ」

 

 宇田川の表情に変化があったのはその時だろう。

 「約束、ね」

 彼女は確かに、ほほ笑んだ。

 すぐに短い咳払いをしていつもの無表情に戻ってしまったが、明確な変化もある。

 瞳に宿った、好奇心の光だ。

 「信じてあげてもいいわ、あなたの嘘を」

 「楽しませるよ」

 「でも、友達からね」

 犬に言い聞かせるような口調で、宇田川が言う。

 「わお、トキメク提案だ!ところで、友達同士二人きりで食事をしたり映画を見たりするのはありかな?」

 「そうね。それも検討しましょう」

 「やったーーーー!!!」

 子供のように手放しで喜ぶ服部を、宇田川がたしなめる。

 「恥ずかしい真似をしないで。怒るわよ」

 「んふふ。怒られてみたい気もするなあ~。宇田川さんを怒らせたらどうなるの?」

 「そうね。指を一本へし折るわ」

 「…怒らせないようにしよ~っと。ふふ、もし僕が約束を破ろうもんなら本当に針千本飲まされかねないな」

 「いいえ、そんなことはしないわ」

 「だよねえ!」

 「その無責任な舌を引っこ抜くだけよ」

 「思ったよりひどかった!」

 「ふふ、どうする?やめる?」

 今度は、確かに声を出して彼女が笑った。

 そんな『確か』を積み重ねていけるなら、

 「問題無いよ。君のためならそれくらい」


 服部真実は躊躇なく、偽り、騙り、装い、嘘をつく。



 マンガとかでよくある、安直なまでに名前が体と態度をあらわすキャラクターを書いてみたくて以前書いたものです。


 たらたら続きが書けたら挙げていきたいと思います。



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