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アルストロメリア

作者: あさぴ

地震後に、白泉社さん刊行のコミック雑誌「楽園」に引用の一文(林檎の〜)が載ってるのを読み、すごくはっとして、何回も何回も字を見つめて、そっから思いついたのです。

「アルストロメリア」




たとえ明日世界がおわりになろうとも、私は今日、林檎の花を植える。(マルティン・ルター)



青い空に、無数の浮島が浮かんでいます。浮島はどれも揃って綺麗な円形をしていて、広さも工事で大量生産されたみたいに均一でした。ぴったり半径10メートル。


半径10メートルが、わたしの世界なのです。




わたしは毎日、花に水をやります。

「この花の名前は、アルストロメリアといいます。…エキゾチックな花でしょう」

わたしが言うと、客人は神妙な顔をして頷きます。

「ふむ…」

「花言葉は、凛々しさ」

「桃色なら、未来への憧れ、持続、援助、幸福な日々、だろう」

「あら…ふふ。そうです。詳しいんですね」

「うむ…」

客人は頷くと、ふわり、とその身体を宙に浮かせます。彼は、空を鳥のように自由に漂い、世界を巡る旅人でした。



数日前の事。天空に浮かぶ無数の円形を発見した客人が、好奇心の赴くまま近づいてみれば、浮島のひとつになんと、生命体の姿が見えたのでした。

それを珍しく思った客人は、生命体、つまりわたしに声をかけたというわけです。



その客人は少年の姿をしておりました。ですが叡智溢れる双眸、達観したような言葉づかいは、少年というよりはどこか老人のよう。わたしと穏やかなこの客人は、不思議なくらいすんなり打ち解け、もはや長年の友と錯覚を覚えるほどでした。


「ところで……」

少年の顔に、ふいに影が落ちました。

「お嬢さん、貴方は、いつまでここにいるつもりなのだ……?」



その言葉と同時に。わたし達ふたりのいる浮島から南に30メートル程の距離にある浮島が、音を立てて崩れ、まるでたった今重力という存在を思い出した、という風に、堕ちて行きました。真っ逆さまに、奈落へと……。



島の寿命、とでも言いましょうか。

浮島は日々、堕ちていくのです。

毎日、どこかで朽ち果てる円形の、悲しい音を、わたしは聞いていました。広い世界を知る客人もまた、それを理解していたのでしょう。



次は、わたしの島の番かもしれない。

それは幾度も頭をよぎったた、恐ろしい未来。

わたしは毎晩、その想像に怯えました。

破滅の音は、わたしの心を恐怖で支配するのでした。



私は黙りこみます。

しばらくして客人が沈黙を破りました。

「私と行かないか、円の外へ……。私は飛ぶことができる。貴方をここから連れ出すことも可能なのだ……!」

その言葉には、どこか弱々しい響きが混ざっていました。

恐らく、気付いていたのでしょう。

わたしの両の脚から生えた根が、浮島の大地にしっかり根付いていたことに。

わたしは、この地でしか生きられないのです。



風が吹き、白の花弁が揺れました。

アルストロメリア。わたしの大好きな花。

客人の去った狭い浮島で、みしりと崩壊の足音をききながら、わたしは今日もアルストロメリアに水を与えます。



最後の瞬間まで。



「凛々しく。」

全く違う意味合いの話になってしまいますけど、逃げるのも手なんですよね。

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