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「お疲れ様。重いのもあったから、大変だったでしょう?」
荷物を運び終え、お昼になると、キヌサヤも家に戻ってきていた。
「昼食後は、そうね、キュウリ夫人のところへ行きましょうか。あの人の家にも、置きっぱなしで動かしていなかった村の食料が置いてあるから。今度は私も手伝うわ。それから、そのあとは姫の手伝いをしに行くことになってるの。午後も大変だと思うけど、頑張ってね!」
なんというか、目いっぱい、こき使われまくっている感じだった。
とはいえ、ご厄介になっている身の上だし、納得はしているのだけど。
力仕事に向いている年代の男性が他にいないのだから、僕に課せられた使命と思って頑張ろう。
☆☆☆☆☆
「あらあら、ホントに来てくれたのねぇ。ありがとう。やっぱり彼氏さんと一緒だと嬉しそうねぇ、キヌちゃん!」
キュウリ夫人は会うなりまたキヌサヤをからかい始めた。
その後ろでは、以前会ったときと同様、モロヘイヤじーじが笑顔を張りつけながら立っていた。
「ちょ……ちょっと、そんなんじゃないってば。……アスパラも、落ち着いて笑ってないでよぉ」
「相変わらず……だね」
優しい声を発するモロヘイヤじーじ。
考えてみたら、じーじの声を聞くのはこれが初めてな気がする。
言葉に吸い込まれてしまいそうな、優しい柔らかい感じの声。聞いた者の心まで温かくしてくれそうだった。
モロヘイヤじーじはたまにしか喋らないみたいだけど、これだけのいい声の持ち主だから、キュウリ夫人はそこに惚れ込んで一緒になったという面もあるのかもしれない。
まぁ、どんな理由があったにせよ、今一緒にいるふたりを見てこれほど幸せそうに思えるのだから、最高のパートナー同士だと言えるだろう。
僕にもいつか、そんな相手が見つかるのだろうか……。
ふとそんなことを考えてしまう。
キュウリ夫人にからかわれているキヌサヤ。
いつもは落ち着いていて大人っぽく振舞っているのに、この夫人の前ではまだまだ子供ということなのだろう。
そんなキヌサヤを見ていると、とても可愛らしく思える。
まだ出会って数日程度しか経っていないのに、すでに一緒にいることが当たり前のようにすら感じてしまっているのは、僕の勝手な思い込みなのだろうか。
「ほら……ぼーっとしてないで、荷物を運んじゃいましょう」
ほのかに赤く染まった頬のまま、キヌサヤは手近にあった袋をふたつほど持って玄関を出ていく。
僕も箱と袋を抱え上げて、老夫婦に会釈してキヌサヤを追いかけた。
袋の重さでたまにふらつきながらも、スタスタと早足で倉庫へと向かうキヌサヤの少し後ろを、優しい微笑みをたたえながら僕は歩いていた。
少しはモロヘイヤじーじのような素敵な男性に近づけたかな、なんて思いながら。
キュウリ夫人宅の荷物は、キヌサヤとふたりで四往復することで運び終えた。
「さてと、次は姫のところよ。ちょっと予定より遅くなってしまったけど」
遅くなったのは、キヌサヤが夫人のからかいの言葉に対して、いちいち恥ずかしがったりしていたからなのだけど。
もちろん僕はそんなことを口には出さない。
僕たちは急いでワサビ姫の家へと向かった。
☆☆☆☆☆
「キヌサヤぁ~~! 遅い遅い~!」
ワサビ姫の家は、さすがに村長の家だけあって、村の他の建物と比べると若干大きめではあった。
とはいえ、クレソン医師の診療所とさほど変わらない程度だから、村全体が基本的に質素なのだろう。
母親を幼くして亡くし、父親である村長も数ヶ月前に亡くなったと、昨日聞いた。
とするとワサビ姫は、この家にひとりで暮らしているということになる。
子供ひとりで住んでいると考えれば、少々広すぎるくらいかもしれない。
「あっ、来てくれたんだ!」
「べつに来なくてもよかったのだがな」
ふと、家の中からブロッコリーとパセリのふたりが顔を出した。
どうしてこのふたりがここに?
「この子たちも親を亡くしている境遇なのよ。それでワサビ姫がふたりを招いて、一緒に住むことにしたってわけ。……姫も寂しいと思っていたんじゃないかな」
後半は僕にだけ聞こえるように小声で解説してくれるキヌサヤ。
それを目ざとく見つけたワサビ姫が、テンションの高い声で絡んでくる。
「なにふたりで内緒話してるのよ! いやらしい! ……まぁ、とにかく、早く行くわよ!」
いやらしいって、なんでだよ、と思ったけど。
相変わらずハイテンションだな、この子は。
そんなワサビ姫に導かれ、僕たちは村外れへと移動を開始した。そこに今回の用事があるのだという。
ちなみに、ワサビ姫だけじゃなく、ブロッコリーとパセリのふたりも、ともに歩いていた。
テンションの高いワサビ姫とは対照的に、ほとんど声を発していないのがパセリだった。
昨日会ったときと同様の深い紫色のローブを身にまとった占い師スタイル。姫とは違った意味で強い存在感をかもし出している。
「ん? ウチの顔になにかついておるか?」
僕の視線に気づいたパセリが言う。
相変わらず可愛らしく子供っぽいの声質だというのに、まったく似合わない言葉遣いだ。
「いや、べつになんでもないよ」
そう答えながらも、ついつい微妙な表情をしてしまっていたのだろう。
ブロッコリーが僕に耳打ちしてきた。
「こいつ、いつもこうなんだよ。もうちょっと自然な感じになればいいんだけどね~」
……もうちょっと、ではダメだろう。
ついツッコミを入れてしまいそうになる。
「昨日の占いの最後のセリフは普通に子供っぽかったように思うけど」
「あれは芝居だ。占い後の決め台詞ってやつだな」
僕はブロッコリーに答えたつもりだったのに、パセリ本人からのツッコミが飛んできた。
そんなふうに会話を続けながら歩いていると、すぐに村外れのちょっとした広場にたどり着いた。
そこには、高さは1メートル半くらいだろうか、素朴な雰囲気を受ける一体の銅像が立っていた。
「これは、村に古くから伝わる守り神、ご神体なの。昔は名前がついていたらしいのだけど。今ではただ、御神様と呼ばれているわ」
そう言って、キヌサヤはいとおしそうに銅像に触れる。
「でも今はかわいそうなことに、像の裏側が虫にやられてしまったみたいで、とっても痛々しい状態なの」
銅像の背後に回り込むキヌサヤに続いて、僕たちも御神様の裏側へと回った。
虫のせいなのかは見た目ではよくわからなかったけど、確かに背中の辺りが薄汚れた感じになっていた。
「このままここに置いておくと、どんどん状態はひどくなるわ。だから、安全な場所まで動かしてしまおうと思うの」
そこまで聞いて、さすがに戸惑った。
銅像とはいえ、それほど大きいわけではないから、僕と今ここにいる全員で力を合わせれば、時間さえかければ動かすことは可能だろう。
だけど、仮にもご神体である銅像を、そんな勝手に動かしてしまってもいいものだろうか。
もしかしたら、バチが当たったりとか、そういった心配もあると思うのだけど……。
「不安に思うのもわかるけど、村全体で決めたことよ。村長の娘である姫が、今は最終的な決定権を持っているのだけど。その姫が提案したことでもあるのよ。ね?」
「うん。御神様をこのままにはしておけないもん!」
素直な笑みを浮かべるワサビ姫だったけど、なにか引っかかるものを感じたのは、はたして気のせいだろうか。
無意識に、どういうわけかパセリのほうへと目を向けてしまう。
するとパセリも僕のほうを見つめていた。
「……まぁ、何事もなるようにしかならぬ。自らの信じる道を進むがよい」
微妙に占い師ごっこが続いているのかと思えるこの助言は、どう受け取っていいものやら……。
ともあれ、力仕事など手伝いをするのは僕の役割だし、ここは言われたとおりにするしかないだろう。
僕ひとりで運べるわけでもないから、バチが当たるなら全員もれなく当たるってことになるはずだし。一蓮托生だ。
「広場の入り口辺りに印をつけてあるから、そこまで運んでね。ちょっと通行の邪魔になる位置かもしれないけど、あの場所が一番安全みたいなのよ」
こうして僕たちは、キヌサヤの指示でご神体を移動させていった。
さすがに銅像だけあって一気に動かすことはできなかったけど、少しずつ少しずつ、みんなで力を合わせて動かし続けた。
掛け声をかけて全員で同じ方向に力をかける。
こういった作業をしていると、チームワークも養われていくような感じがして、悪い気はしなかった。
「うん、ここでいいわ。お疲れ様!」
キヌサヤのOKが出る頃には、もう夕方近くになっていた。
相変わらず、周囲は深い霧に包まれたままだ。
いつの日か、この村で綺麗な夕焼けを見てみたいな。
動かしたばかりのご神体に向かって、僕はそんなお願いをしてみた。




