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「ねぇ、気づいた?」
夕飯を終え、食後のお茶を飲んでいると、キヌサヤが僕に訊いてきた。
「え?」
「この村に、子供と老人を除いて、男性がいないこと」
言われるまでもなく、気づいてはいた。
会う人がみんな知り合いのように思えるくらいの、それほど多くない人数の村。
とはいえ、僕と同じくらいの年代から、父親くらいの年齢までだろうか、そのあたりの男性とはまったくすれ違うことがなかった。
不思議には思っていたのだけど、その理由にまではさすがに思い至らなかった。
「実際にね、いないのよ。今のこの村には」
キヌサヤは沈んだ声で話し始めた。
もっとも、もともと男性がいないわけではない。それは老人や子供ならいることからも明白だろう。
しばらく前までは、この村にも男性は普通にいたのだ。
「村が好きで出て行きたいとは思わないっていうのは本当なのだけど、どちらにしても村の周りの森はすごく深くて、私たちは森から出るのもままならないの。魔法がかかっているとさえ言われているくらいなのよ。さすがに魔法なんてことはないと思うのだけど、広い森なのは確か。だから外の世界とは隔絶された感じになってしまっていてね。
でも土地は肥えていたから、自給自足で作物はいろいろ揃っていたの。トマト村という名前がついたのもトマトの栽培が盛んだったからで、当然それだけではなくて、様々な食物が何不自由なく用意できていたのよ。それに、森の中は動物も果物も豊富だったから、とくに生活していく上で不都合はなかったのだけど……」
数ヶ月くらい前から、深い霧が森や村を深く覆い、晴れなくなってしまった。
そのせいで栽培している作物もなかなか育たなくなった。
それだけならば、森の中にもともとある食材だけでも生活していくのには困らなかったのだけど、追い討ちをかけるかのようにヒルの大量発生が起こり、食物を採りに行くこと自体が危険になってしまった。
その上、他の生態系にも影響を与えてしまっているのか、危険な植物が増えたり、おとなしいはずの動物が人を襲うようになったりと、森の中で様々な変化が起こってしまったのだという。
「だから村の若い男の人を中心に森の外に出て、少なくとも食料の調達を、できれば森の状況改善を国に働きかけるという計画を立てたの。ここに村があることすら忘れ去られているかもしれないのに、国が動いてくれるかはわからなかったけど、なにもせずにこのまま朽ち果てていくわけにはいかないものね」
朽ち果てていく、なんて言葉が出てくるほど、ひどい状況だったんだ……。
そんな森に自分が倒れていたことに、今さらながら恐怖を覚えた。
僕を助けてこうして食事まで用意してくれるキヌサヤには、なんて感謝していいのか……。
「あっ、でも気にしないで。作物が育たなくなってきたとはいっても、まったくダメなわけじゃないの。それに、収穫量は減ってしまったけど、そういうときのために村の倉庫には常にたくさんの食料が保管されているのよ」
ニコッと微笑みを向けてくれるキヌサヤ。
どうも僕は考えていることがすぐに顔に出てしまうようだ。
「どんな危険があるかはわからないから、かなり念入りに準備して部隊をしっかり組んで、男性たちは村を出発したのだけど……。その後、誰ひとりとして戻ってこなかったの。連絡もないし、私たちもどうしたらいいか途方に暮れてしまった。森の外には出られて、国に応援を要請している最中なのかもしれないし、森の中でもう力尽きているのかもしれない。森の中には私たちも危険を承知で捜索に出たりしているのだけど、今のところわずかな痕跡すら見つかっていないの。だから、森は抜けたのだと思いたいけど……」
こんな寂しげな表情のキヌサヤを見たのは、出会ってからまだ一日ちょっとしか経っていないけど、初めてのことだった。
「……ダメよね、こんなふうに沈んだ気持ちになっていては。村に残った私たちは、男性たちが無事に帰ってくるのを信じて待っていないといけないのよね」
キヌサヤは自分に言い聞かせるようにつぶやく。
そうだ、僕はそんなキヌサヤや村の人たちのために、力になれることを探さないといけないんだ。
まだしばらく、この家に置いてもらうことになるわけだし。
「アスパラが来てくれて、実はとても心強いのよ。だって、あなたくらいの年代の男性は、今の村には他にいないんだもの。女子供と老人だけでは、もしなにかあったときに力が足りないかもしれない。あっ、でも、なにかあるとは限らないし、いてくれるだけで安心できるって意味だから、心配しなくていいわよ。……だけど、そうね、とりあえず力仕事なんかを手伝ってくれると嬉しいかも」
うん、もちろん、なんでも手伝うよ。
僕は素直に応じることに、なんの抵抗も感じなかった。
どうやら、村の男性たちが出発する際のごたごたで、キヌサヤの家に置きっぱなしになっている食料があるらしい。
それを村の共有倉庫まで運ぶ。
とりあえずはそれが、僕の明日やるべき仕事となった。
「他にも村の人たちに聞いて、なにかあればやってもらうことにするわね。保存用の食料なんかは、村人の家に一旦置いたままになっている物が結構あるはずなのよ。できればある程度はまとめておいたほうがいいと思うし、それらも倉庫に移動させてもらうとか、そんな感じかしら。疲れるとは思うけど、頼りにしてるわよ」
そう言い残して、キヌサヤはテーブルの上の食器をまとめ、台所へと向かった。
「今日はもうそろそろ休んでね。明日から力仕事になるし。……あっ、でも、体調はまだ完全じゃないでしょうし、無理はしないでね」
「うん、ありがとう」
僕が椅子を立とうとすると、
「そうそう、忘れていたわ。はい、これ」
キヌサヤはコップを手渡してきた。
「一気に飲んでね。そうでないと、たぶん……」
中には、なんとも形容しがたい不気味な匂いを発する、泡立った紫色の液体が……。
「クレソン先生のお薬よ。ちゃんと飲ませるように言われているし、飲み終えるまでしっかり見てるからね!」
これがパセリの占いの、紫に注意、ってことなのか!?
僕は一日の終わりを地獄で締めくくり、また甘いお香の匂い漂う中、眠りに就いた。
……クレソン医師の薬の、この世のものとは思えない後味の悪さによって、夢見はものすごく悪くなりそうだったけど……。




