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診療所を出ると、相変わらずの霧模様ではあったけど、幾分明るさが増していた。
そろそろお昼くらいの時間だからだろう。
「帰ったらお昼ご飯にしましょうね」
キヌサヤに続いて朝来た道を戻っていく。
この時間ともなると、人の姿もそれなりに見受けられた。
小さな村だからほとんど知り合いという感じなのか、会う人会う人と挨拶を交わしつつ歩くキヌサヤの横で、僕は会釈だけして歩いていた。
「そこの者、待たれよ」
不意に建物の陰から声がかかる。
セリフとは裏腹な、可愛らしい女の子の声だった。
「あら、パセリちゃん、こんにちは。ブロッコリーくんも一緒ね」
少女は紫色のローブを身にまとい、目の前のテーブルには水晶玉が乗っている。
その背後に立っている少年は、こちらもなにやら怪しげな黒いローブを身にまとっていた。
なんだろう、これは。
「あっ、キヌサヤお姉ちゃんだ! こんにちは! ……おい、パセリ、相手が悪いって、やめとこうよ」
後半は小声で紫ローブに耳打ちしている黒ローブの男の子。
もっとも、こっちにも丸聞こえだったけど。
男の子のほうは、怪しい格好には似つかわしくない、普通に無邪気な子供という雰囲気だった。
占い師ごっこでもやっているのだろう。
「黙るのだ。おぬしはウチの後ろで鋭い目をして立っていればよいのだ」
「鋭い目なんて、オイラにできるわけないじゃんか……」
ふたりのやり取りを温かい目で見つめる僕とキヌサヤ。仲のよい友達同士という印象だった。
女の子の喋り方はおかしいけど、単に占い師の役に入り込んでいるだけのようだ。
なんとも言えない、ほんわかとした温かい空気が僕を包み込んでいた。
パセリと呼ばれた少女が、無言で目の前の水晶玉に手をかざす。
占いが始まったらしい。
仕方ないなぁ、という顔をしながらパセリの後ろで無理矢理目つきを変えて立つブロッコリー。
パセリの手が水晶玉の周りの空気をつかまえるように動くと、水晶玉は徐々に光り出した。
どういう仕組みになっているのだろう。子供の遊びにしては、随分と手が込んでいる。
感心して見入ってしまっていた。
「はっ!」
閉じていた目を見開き、パセリが気合いの声を発する。
「予言の神は舞い降りた。まず、女」
キヌサヤのほうをキッと見る。
でも、女、って……。もともと知り合いだろうに。
占い師になりきっているってことなのだろうけど。
「は……はい」
キヌサヤはなにやら緊張した面持ちで返事をしているようだった。
「緑に注意するのだ」
「はぁ」
なんというか、曖昧な……。
キヌサヤも、どう反応していいのか困っている表情だった。
「次、男」
「お……おう」
顔を僕のほうへと向け、無理に低めの声を出して言葉を放つパセリ。
その勢いに負けないようにと、僕は力強く返事をした。
「紫に注意せよ」
……同じパターンですか。
「わ、わかった」
一応素直に受け止めておく。
「それから最後に、ふたりとも」
いっそう瞳を真剣に輝かせて、パセリがずいっと身を乗り出してくる。
「赤に注意しなされ」
色ばっかじゃん。
思わずツッコミを入れてしまいそうになる。
おっと、子供の遊びだった、これは。
「こんな感じぃ~」
ニコッと子供らしい無邪気な笑顔に変わって、占いごっこは終わりを告げたようだ。
そのあいだ、ずっとブロッコリーのほうは立っているだけだったけど、面白いのだろうか、この占い師ごっこ……。
それから、どういうわけかパセリとブロッコリーふたりもお昼を一緒に食べよう、という話になった。
誘ったのはもちろん、キヌサヤ。面倒見がいいのは予想の範疇ではあったのだけど。
☆☆☆☆☆
ふたりの子供を伴って家に戻った僕は今、キヌサヤが素早く用意してくれた昼食に舌鼓を打っているところだ。
「わ~、これ美味しいよ、キヌサヤお姉ちゃん! ありがとう!」
「少々味つけが濃すぎるな。病人も預かっている身なのだから、もう少々健康に気を遣った料理を心がけるべきであろう」
素直に喜ぶブロッコリーに反して、年齢に似つかわしくない物言いのパセリ。
そんなことを言いながらも、残さずパクパクと食べているのだけど。
どうでもいいけど、パセリの口調は占い師の役作りをしていたわけではなくて、普段からこんな感じだったようだ。
このふたり、見たところ七~八才くらいだと思うのだけど、パセリのほうはもう少し上のような印象を受けた。
喋り方だけ聞いていると、十歳ほど上でもおかしくない気はする。
女の子は成長が早いとよく言うけど、そういうレベルの問題ではなさそうだ。年齢詐称でもしているのでは……。
「ふふ。相変わらずパセリちゃんは厳しいな。ご飯を食べ終わったら、なにかして遊ぼっか。お兄ちゃんも一緒に遊んでくれるよ。ね?」
突然キヌサヤが僕に話を振る。話題を変えようとしたのだろうか。
確かに、パセリの姑のようなお小言なんて、聞き続けたくはないだろうとは思うけど。
「えっと、そうだね。食後の運動もいいものだし。なにかやりたいこととかあるかな?」
質問してみると、考え始めたのはパセリのほうだった。
「そうだな。……漂う霊魂を乗り移らせて、その状態で円陣を組むことによって、森羅万象の力を……」
「かくれんぼ、しようか!」
妙な方向でまとめられてしまう前に、僕は素早く子供らしい遊びを提案する。
いったい、どんな子供なんだ、このパセリって子は……。
当然不満そうな顔を向けるパセリだったけど、
「あっ、いいね~! オイラ、かくれんぼやりたい! パセリもそれでいいよね?」
「……まぁ、いいだろう」
ブロッコリーの笑顔にパセリも頷く。
結構いいコンビなのかもしれないな、このふたり。
そんなわけで、食事のあと、僕たちはかくれんぼをして遊んだ。
……ときどき変な呪文かなにかを唱えようとしているパセリをたしなめたりしながら。
早々とオニのブロッコリーに見つかってしまい、一緒にくっついて歩いている僕。
残りのふたりは結構上手く隠れていたようだけど、ブロッコリーはまず、建物の陰に潜んでいたパセリを見つけた。
行動パターンはだいたい読めているという感じだろうか。パセリはあからさまに不満そうな顔だったけど。
残るはひとり。だけど、そちらもすぐに見つかった。
「キヌサヤお姉ちゃん、み~つけたっ!」
「あ~、見つかっちゃった!」
無邪気に植え込みの中に身を潜めていたキヌサヤが出てくる。
と、その姿を見て、ブロッコリーが指摘した。
「あっ、背中に虫がついてるよ!」
「え? え? うそ、やだ~~~!」
飛び跳ねて落とそうとしているけど、落ちる気配はまったくなかった。
「まったく、騒々しい女だな……」
パセリは呆れた様子でつぶやき、キヌサヤに近づくと、おもむろに背中についた緑色の虫をむんずとつかみ、ぽいっと植え込みのほうに投げ捨てた。
虫はイモムシかなにかだっただろうか。
「緑に注意……だったよね」
ブロッコリーの言葉に、納得。本当に占いが当たったのか偶然なのかはわからないけど。
ただ、パセリがなにやら不敵な笑みを浮かべているように見えたのは、僕の気のせいだろうか。
残りの占いも少しは気にしておいたほうがいいのかもしれないな……。
ひとしきり、かくれんぼで遊んだあとには、日もすっかり傾いていた。
今日はありがとう、と元気に手を振るブロッコリーとその後ろで微笑むパセリのふたりは、霧を通してでもほのかな夕焼けの赤みが感じられる道の向こうへと帰っていった。




