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僕たちはその後も、ちらほらとすれ違う村人に軽く挨拶を交わしながら歩いていった。
やがて、こぢんまりとした村の診療所にたどり着く。
「おや、キヌサヤちゃんじゃないかぁ~。今日はどうしたんだねぇ~?」
震えた感じの冴えない文字で「診療所」と書かれた木の板が横にかかっているだけで、他の家となんら変わらない様子の建物。
その入り口のドアをそっと開け、中に入った僕たちを迎えてくれたのは、やたらとノンビリした口調で話す男性だった。
ぱっと見では若く装っているし、しっかりとした足取りで歩いているのでよくはわからないけど、結構な歳なのは確かだろう。目もとのシワがそれを物語っていた。
「おやおや、お連れさんも、おったんかぁ~。よく来たねぇ~。まぁ、ゆっくりしていくといい~。……なんて、言える場所ではなかったねぇ~。診療所だしのぉ~。はっはっはっは~~!」
えーっと……。
いろんな意味で大丈夫だろうか……。
「この人が、クレソン先生よ」
……やっぱりこの人が医者なのか。
キヌサヤの言葉に、大丈夫だろうか僕は……と、さらに不安が増す結果となった。
そんな心配をよそに、僕は奥の診察室へと通される。
「キヌサヤちゃんは、その辺で座って待っているといいよぉ~」
「はい。あっ、お茶でも淹れておきますね」
「おぉ、そうかい~。それはありがたいねぇ~」
などというやり取りのあと、クレソン医師も診察室へと入ってきた。
「さて」
いきなり目が変わった。
すでにさっきまでのノンビリおじさん的な雰囲気は鳴りを潜め、上着を羽織るかのごとき素早さで凄腕の医者オーラという服を身にまとったかのようだった。
「医師モードに入らせてもらった。いつもの調子では危ないのでね」
うあ……。これが本当にさっきまでと同じ人なのか!?
信じられない物を見るような目をして呆然としている僕の肩に、クレソン医師はそっと手を乗せる。
「アスパラくん、だったかな? 力を抜いて、リラックスしてくれたまえ。なに、心配することはない。キミの体からは病のような気は感じられないからね」
すっかり忘れていた。
ここに来た目的は、自分の記憶がなくなっていたり森に倒れていたりしたことについて、診察してもらうためだったんだ。
それよりも医師のあまりの変わりようのほうが怖いくらいだったけど。
医師モードになったとしても、やっぱり微妙にずれている感はあるな、などと失礼なことを思いながらも、僕は素直に診察を受けるしかなかった。
診察は思いのほか早く終わった。
というよりも、聴診器を当てたりとか、そういったこともまったくされなかった。
クレソン医師いわく、手を軽く当てて「気」を感じればすべてがわかる、とのことだった。
それは診療所と銘を打っている場所としてはどうなのだろう、と思うのだけど。
ともかく、診察結果がどうだったのかというと。
「うん、まぁ、大丈夫でしょう。でも無理はいけないから、しばらくこの村でゆったりと過ごしていくといい。原因まではよくわからなかったが、記憶も失くしているわけだしね。治るまでキヌサヤちゃんの家に泊めてもらえるでしょう。薬を出しておくから、毎日飲むようにしなさい」
そう言って先生は席を立つ。
僕もそれに続いて立ち上がり、最初の部屋へと戻った。
「あ……先生、お疲れ様。お茶入ってますよ。冷めないうちにどうぞ」
戻ってくるやいなや、キヌサヤが見慣れた笑顔でお茶を勧めてくる。
それにしても、診療所に来てお茶を淹れているっていうのは、どうなのだろう。
見たところ他に人もいないようだし、クレソン医師の自宅で診療しているような感じなのだとは思うけど。
キヌサヤは頻繁にここを訪れて慣れているということなのだろうか。
診療の手伝いなんかでもしていたのかな。
「おぉ~、キヌサヤちゃん、ありがとうねぇ~。やはり温かいお茶はいいねぇ~。心に染み渡るようだぁ~」
医師はすでに腰を下ろし、一心にお茶をすすっていた。
目つきも口調も、医師モードからノンビリおじさんに完全に戻っている。
う~ん、このギャップはなんと言っていいものやら……。
そういえばさっき、ワサビ姫が気をつけてと言っていたっけ。
あれは、このことを示していたのだろうか。
お茶を飲みながら、医師はキヌサヤに診療結果の説明をしている。
僕はそれをぼーっと聞いていた。
ひとしきり説明を終えたクレソン医師は、薬の準備をしてくるねぇ~、と言い残して再び奥の部屋へと入っていった。
「とりあえず、病気ではなさそうだし、よかったわね」
まったりとお茶を飲んでいた僕に、キヌサヤが話しかけてきた。
「そうですね。でも、まだしばらくはこの村にいたほうがいいみたいです。記憶が戻らないまま出ていくのも危険だとは思うし、この村はすごくいいところだから、それもいいかなと思ってますけど。……キヌサヤは迷惑じゃないですか?」
「迷惑なんてことはないわ。ちゃんと記憶が戻るまで、うちで面倒見るわよ。しばらくはあの部屋、自由に使っていいからね」
キヌサヤは、そう言ってくれた。本当にありがたい。
状況的に考えても、その言葉に甘えてしばらくご厄介になるのがいいだろう。
なにか恩返しできることでもあればいいけど……。
そんなふうに考えていると、キヌサヤは続けてこう言った。
「それと、私の前ではそんなかしこまらなくていいわ。普通に話してちょうだい」
おそらく僕よりは年上だと思われるキヌサヤ。しかも僕は彼女の家にこの先もご厄介になる身だ。
さすがに敬意は表しておくべきだと思っていたのけど。
とはいえ、こう言ってくれているのだから、その言葉に従っておくべきだろう。
「はい、わかりました。……じゃなくて、うん、わかったよ、かな」
「ふふふ、そうそう」
ほのぼのとした空気が流れる。
そんな中、クレソン医師が戻ってきた。
「おまたせぇ~。これが薬だよぉ~。特製激マズ薬スペシャルブレンドさぁ~」
どうだ、と言わんばかりに薬の入った袋を掲げているクレソン医師。
ちょ……っ! なんですか、そのネーミングは!?
「大丈夫、そんなにひどい味じゃないからぁ~」
嘘だ! 絶対嘘だ! ひどい味じゃないなら、そんな名前つけないし!
僕は……本当に大丈夫だろうか……。
またもや不安になってきた。
「それじゃあ、キヌサヤちゃんに渡しておくからね。責任を持って、毎日夕食後に飲ませるんだよぉ~。五日分用意したから、なくなったらまた取りにおいで~」
「はい、わかりました。ありがとうございます、クレソン先生」
こうして、僕は「夕食後の地獄」を手に入れたのだった。




