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中央広場の大きな樹の下に、ふたつの影があった。
僕とワサビ姫だ。
「私ね、キヌサヤに言われてたんだ」
僕の隣で大樹に背中をもたれかけながら、ワサビ姫がポツリと話し出した。
「もし自分がいなくなったらアスパラを頼るように、って。自分がいなくなることや、アスパラがずっと村にいることになるのを知っていたみたいに。今になって考えるとそう思えるんだ」
姫は顔だけ僕のほうに向けて喋り続ける。
「クレソン先生の昔話は、私も聞いたことがある。あまりよくわかってないけど、アスパラは村のみんなに慕われる存在にならないといけないと思うの。やりすぎはダメみたいだけど。だから私が、アスパラを長にって、先生に言ったんだ」
「ワサビ姫……」
「私は村長の娘。だから、あなたを長にするっていうのは、どういうことかは……わかるよね……?」
ワサビ姫は頬を赤らめ、うつむきながら、ささやくように問いかけてくる。
「アスパラのキヌサヤへの想いはわかってるよ……。でも、キヌサヤの、村のみんなへの思いを守り続けていくには、それが一番だと思ったんだ」
僕は、まだなにも言えなかった。
「キヌサヤへの想いは消えなくてもいいの。私もそうでないとキヌサヤに悪いと思うし。キヌサヤだってずっとアスパラを想っていたと思うから……。でもね、村のみんなのために、長という象徴になってほしいんだ。お願い……」
そこまで言うと、ワサビ姫は大樹から身を離す。
「この樹は、吸血樹っていってね、昔は村人の血を捧げていたみたい。今ではそんな風習はないんだけどね。でも、昔の村人の想いが、この樹を中心にして残っているんだって、今でも信じられてるの。村を守ることは、今いる村人だけを守るわけじゃなくて、今まで生きてきたすべての村人の思いを守ることになるんだよ。……一緒に、守っていこうね、キヌサヤの愛したこの村を」
決意のすべてを語り尽くした姫の笑顔は、キヌサヤを思わせる優しい温かな輝きを放っていた。
僕との話を終えた途端、ワサビ姫は他の村人にまじって、またもや宴会の準備やらつまみ食いやらに奔走し始めてしまった。
今度は、新たな長を歓迎するための宴会なのだとか。
このあまりの宴会好きは、はたしてどうなのだろうか、とは思うけど。
「まぁ、成るようにしかならない」
突然横から声がした。
いつもの占い師風スタイル。
言うまでもなく、パセリだった。
「危険な赤は去った。だが、おぬしにはずっと赤の呪縛は残るだろう。それがエルダーヴァンパイアとしての宿命だ」
赤……。
そうか、あの占いごっこ……。
というか、ごっこ遊びではなかったわけだ。
「なに、そう悲観するな。元来この村の住人はみな、お気楽な性分だ。見ていればわかるだろう? 楽しく生きていければいい。ただそれだけだ」
目の前で展開される宴会の準備を見ていると、そのとおりだな、と思う。
「……キミはいったい何者なの?」
僕はずっと抱いていた疑問を口にした。
「聞きたいか?」
じっと僕の瞳を見据えるパセリ。
本当に聞いてしまっていいものか、わずかな戸惑いはあったものの、僕は小さく頷く。
ふっと、微かな笑みを浮かべたパセリは、僕に背を向けて歩き出した。
「初代とまとま……とでも言っておこうか」
そう僕の耳に届いたときには、駆け寄ってきたブロッコリーに「なにやってんだよ、パセリも準備手伝えよ!」と文句を言われて、渋い表情をしている少女がいるだけだった。
のちにクレソン医師から聞いた話だと、遥か昔にも「とまとま様」と呼ばれる神がこの村にいたらしい。
それが本当に神だったのか、権力を持った村人だったのか、今回みたいになにかが神として祭り上げられただけだったのか、詳細は伝わっていないとのことだ。
☆☆☆☆☆
「え~、皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます!」
ワサビ姫が集まった村人たちに向かって大きな明るい声で叫ぶ。
村人全員が今、この中央広場に集まっていた。
さほど大きな村ではないけど、それでも大声を出さないと聞こえないくらいには、群集の輪は広がっている。
「ご存知の通り、村に新たな長が誕生しました! 盛大な拍手を!」
パチパチパチ!
大きな拍手の波の中で、立ち尽くしていた僕に、姫が耳打ちする。
「ほら、ご挨拶ご挨拶!」
「え……え~っと……」
話し始めると、拍手もざわついた声もピタっと止まり、みんな、僕の声に耳を傾けた。
ううう、緊張する……。
「キヌサヤはとてもこの村を愛していました。それはみなさんもおわかりのことでしょう。その意思を継いで、僕たちは生きていかなければなりません。僕やワサビ姫が中心となって、村を守っていきます。でも、あくまでも僕たちは形式上の象徴みたいなものと思ってください。村に関わる決定とか、そういうのは村人全員の意思によって決められるべきです。それを忘れずに、今後もこの村で暮らしていきましょう!」
拍手と歓声が起こった。
僕は、長として認められたのだ。
そして自分自身も、それをしっかりと受け入れて生きていかないといけないのだ。
キヌサヤの思いを胸に抱きしめながら――。
「新たな長ってことは、今までの長だったパセリちゃんとくっつくわけだろう? 今ここで誓いのキッスでもしてもらおうかねぇ!」
突然、キュウリ夫人がなにやらおかしなことを言い出した。
あなたはまた、そんなことを……!
だけど、それを聞いた村人は、おーーーーっ! と、さっきよりもさらに大きな歓声を上げる。
「やだ、キュウリ夫人ったらぁ~! でも……ん……」
ワサビ姫もまんざらではなさそうな表情で、頬を赤く染めながら唇を突き出してくる。
「え、でも……」
「ほらぁ、早くぅ~。村の総意なんだから~、拒んじゃイ・ヤ・よ?」
困惑する僕の目の前で、小さくそう告げるワサビ姫。
「ちょ……ちょっと~! 一緒になるっていっても、形式上でしょ!? ダメだってば、そんなことをしたら許さないわよ!?」
なんとなくキヌサヤが頭の中で叫んでいるような気もしたけど、流れには逆らえなかった。
村を覆いつくす霧は晴れることなく、今も村を包んでいる。
森の中ではヒルもまだ大量発生したままだろう。
考えてみるとなにも変わっていないのかもしれない。
追い返すことのできた四人の男たちも気になる。
なにをしに来たのかもよくわからないで追い払ってしまったけど、再びやってこないとも限らない。
不安なことはたくさんある。それでも、今の村人はみな、活き活きとした顔をしていた。
心の持ちようによって、人は変わっていけるものだろう。
……この村人は吸血鬼だから、正確には人ではないのかもしれないけど。
ともかく、こうやって明るく暮らしていけば、どんなことが起こったとしても切り抜けていけるはずだ。
僕には不思議とそう思えた。
キヌサヤが見守ってくれているだろうし、パセリだって手を貸してくれるだろう。
僕もワサビ姫とともに、これから先の人生を頑張っていこう。
そう心に誓っていた。
キヌサヤの愛した、この村を守るために――。
以上で終了です。お疲れ様でした。
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