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とまとま  作者: 沙φ亜竜
5.そのとき、僕は
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-3-

 医師はゆっくりと、僕のそばまで歩み寄ってくる。

 じっと僕の顔をのぞき込むと、途端に目を見開いた。


「すごいな。ここまで発達した牙は見たことがない」


 僕はなにも言えなかった。

 なにがなんだか、理解できなかった。

 クレソン医師は、今度は倒れているふたりのほうに近づいていく。


「ふむ……。出血は多いが、問題はあるまい」


 そう結論づけると、布と瓶を取り出し、瓶の中の液体を染み込ませた布で傷口に巻く。

 レタスとキャベツのふたりに対して同じ処置を施したクレソン医師は、


「応急処置はした。命に別状はないが、しばらく安静にしておく必要がある。とりあえず私の診療所まで運んでおきなさい。ベッドはすべて空いているのでな、どこでも適当に使ってくだされ」


 と、ふたりの両親に指示を出す。

 呆然としていた両親もはっと我に返り、子供たちをそれぞれ抱き上げて、急いで部屋から出ていった。


「さて……」


 僕に向き直るクレソン医師。

 鋭い視線で僕の目を見据える。

 僕は、動くことも声を発することもできなかった。


 不意に、クレソン医師はその場にひざまづくと、こう言った。


「新たなこの村の長の誕生です」


 そのあと僕は、クレソン医師からこんな話を聞かされた。



 ☆☆☆☆☆



 数十年ほど前、この村にはひとりのエルダーヴァンパイアの女性がいた。

 伝説上の存在とはかなり違うけど、その潜在的な能力は普通の吸血鬼とは格段に違うと言われていた。


 村で生活していた彼女は、ごくごく普通の村人でしかなかったのだけど、時おり、そのエルダーヴァンパイアとしての血の力と思われる不思議な出来事が起こったていたそうだ。

 そのため、村人からは崇められていた。


 やがて、彼女のことをトマト村の神と呼ぶ人まで現れ始めた。

 そうやって信仰は強くなり、村自体はそれを心のよりどころとし、村の結束も固くなっていった。

 悪いことはなにもないように思えた。

 当の本人は、恥ずかしいし自分にそんな意識はないのだからと、普通に接してもらえるようにずっと願っていたのだそうだけど。


 そんな折、原因不明の奇病で村人が何人も亡くなるという事件が起きた。

 原因はわからずじまいだった。深い森に閉ざされた場所にある村では、そういうこともたびたび起こってしまうものらしい。


 ただ、その頃の村人たちは、神がいるのだから大丈夫なはずなのに、なぜ? と口々にこぼし始めた。

 そしてついには、彼女を責める声が出てきてしまう。

 勝手なものだとは思うけど、信仰による強い思想というのはそういった側面も持っているものだ、と医師は肩を震わせていた。


 気にすることはない。当時まだ若かったクレソン医師は、彼女にそう言ってなだめていたらしい。

 だけど、やはりつらかったのだろう。彼女は村を出ていったそうだ。

 私がすべてを背負って村を出ます。だから、この村には今までどおりの平穏が訪れるでしょう。そう言い残して。


 それが、僕の婆ちゃんだった。


 クレソン医師は、その後も婆ちゃんと手紙のやり取りをしていたようだ。

 外の世界で結婚し子供が生まれたこと、その子供はどうやらエルダーヴァンパイアとして覚醒していないこと、子供が結婚する段階になっても覚醒していないことなど、ずっと手紙で聞いていたそうだ。


 エルダーヴァンパイアは、血を受け継いでいれば必ず覚醒するものではないのだという。

 もともと血は薄れているわけで、覚醒しなければ普通の吸血鬼と同じ。

 この村の人を見ればわかるように、吸血鬼自体の血も薄れて消えかけているのだから、周りに気づかれさえしなければ、普通の人間として暮らしていくことも難しくはない。


 でも、孫が生まれてしばらく経った頃の手紙で、どうやら孫が覚醒してしまいそうだ、との連絡を受けたらしい。

 婆ちゃんの孫……すなわち、僕だ。

 クレソン医師は、もし覚醒したら村に戻したほうがいいだろう、と返事を送った。

 対する婆ちゃんからの返事は、結局、届かなかった。



 ☆☆☆☆☆



「だから、キヌサヤちゃんがキミを連れてきたと聞いたときには驚いたよ。実は最初に村に来たときに、診療所の窓から見ていたんだ。なんと言えばいいかよくわからないが、キミにお婆さんと同じオーラを感じた、といったところだろうか」


 そこで一旦、お茶を飲むクレソン医師。

 話すときにはお茶がないと、と言ってしっかり準備してから話し出していたのだ。

 その辺りは、相変わらずと言える。


「キミが記憶を失くしているというのには、驚いたがね。だから、本当に一旦は覚醒したのかどうか、まったく判断できなかった」

「そういえば、婆ちゃんのことやお父さんお母さんのことは、なんとなく夢で思い出した気がするけど、他の記憶はまったく戻ってないんです。名前もやっぱり思い出せないし……。それは、どうしてなんでしょう?」


 僕は疑問を口にした。


「名前が思い出せないのだけは、理由がはっきりしている。エルダーヴァンパイアには、名前をつける習慣なんてないのだからね。エルダーヴァンパイアとしての本当の名前はないはずだ。……とはいえ、しばらく普通に人間として暮らしていたのだから、親が覚醒していなかったのならば、周りに合わせてなんらかの名前をつけて呼んでいただろうとは思うのだけどね」

「それじゃあ、その名前も思い出せないのは……?」

「さあ、どうしてだろうね。森の中には、記憶中枢に悪影響を及ぼす毒を持った植物なんかも生えているらしいから、そういったものの影響かもしれない。どちらにしても、思い出す必要はないだろう。キミは今後も、この村で暮らしていくのが一番いいのだから」


 クレソン医師は、きっぱりとそう言い放った。


「もちろんキミが拒むのであれば、我々に止める資格はないのだがね。お婆さんへの罪滅ぼしというわけではないが、私はキミがこの村で幸せに暮らしていけるようにしたいと思っている」


 もとより、記憶の戻っていない状態でここを出ていくわけにはいかないと思っていたし、それ以前に、キヌサヤの愛したこの村を離れようとは思ってもいなかったのだけど。


「でも、それなら僕が村の長になるっていうのは、信仰とまではいかないけど、ちょっと問題があるんじゃないですか?」

「ああ……それはまぁ、私の意見ではないのだがね。だが、とくに問題はないだろう。当時の記憶がある村人は、過去の過ちをよく理解している。二度と同じような過ちは犯さないさ」


 そうであってほしい。僕は心からそう願った。


「とにかく、少し訓練する必要があるだろう。今回は覚醒してしまった反動で意識のないうちに牙が伸び、血を求めてしまったみたいだが、そういう欲求やエルダーヴァンパイアとしての特殊な力は、制御できるようにならないと困るからね。当面は感覚をつかむだけで精いっぱいだろうが、頑張ってくれ」

「はい、わかりました」


 確かに、制御できないとまた犠牲者を出してしまうことになりかねないし……。

 そんなふうに考えると、自分自身が恐ろしく思えてくる。


「私がキミに与えていた薬は、力を抑える効果がある。それは今後も飲み続けるようにしたまえ」

「う……はい……」


 あの紫色で激マズの薬は、ずっと僕につきまとうようだった。

 クレソン医師は、げんなりしている僕を残したまま、レタスとキャベツの様子も見に行かないと、と言って部屋から出ていった。


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