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とぼとぼと道を歩いていると、なにやら物陰から僕を手招きする人影を見つけた。
人通りがあるわけでもなかったけど、物音をなるべく立てないように、すっとそこへ身を滑り込ませる。
「こんにちは」
それはレタスだった。
昨日も今朝もだけど、こんなに可愛いワンピースを着ているし、ホントに女の子にしか見えないけど、男なんだよね……。
じろじろと見ていたら、その視線に気づいたレタスが反応した。
「あ……昨日からずっと同じ服だから汚いとかって思ってます? そんなことはないですよ? あの地下室にはお風呂や洗濯できる場所もあるし」
どうやらちょっと勘違いしているようだった。
べつにそういう意味で見ていたわけではないのだけど……。
「昔ね、森には野蛮な狩猟民族が住んでいたらしいんです。基本的には森の動物を狩って生活していたはずなんだけど、たびたび村にも略奪しに来ていたみたいで。この村の人って戦いとかそういうのは苦手なので、被害を大きくしないために隠れてやり過ごすしかなかったの。そういうときに身を潜めたのが、あの地下室なんです。だから、しばらくは生活できるように、それなりの設備は整えてあるんですよ」
どうでもいいけど、服装だけじゃなくて喋り方まで女の子っぽいのは、この子の地なのだろうか。
「あっ、そうだ。まだ僕たちは信用されてるわけじゃないと思うけど、一応あなたの身を案じて、お守りを持ってきたの」
そう言って、レタスは星の飾りのついたペンダントのようなものを手渡してくれた。
「これを肌身離さず着けておいてください。見つからないように服の中にかけておくのがいいかも。キヌサヤさん、おそらく寝ているあいだにお香を焚いていますよね? 朝はそのお香せいで頭がぼーっとして、なにがあってもよくわからない状態になっていると思うの。それを和らげる効果があるんです」
今朝のシシトウの話の中でも、お香の話が出てきていた。
旅人の頭をぼやけさせるためのお香……。
ヒル避けではなかったのか。
「あっ、ヒル避けとか虫避けとか、そういう効果もあるのは確かなんですよ。だからまったく嘘をつかれているというわけでもないです」
とにかく僕は、素直にペンダントを受け取って、その場で首から下げてみた。
星の飾りは服の中に隠れるようにする。直接肌に触れると星のトゲトゲが少々痛そうだから肌着の上に入れたけど、それでも微妙に違和感はあった。
……まぁ、そのうち気にならなくなるだろうか。
レタスはそんな僕を見ながら満足そうに頷いていた。
そして、声のトーンを落として話を続ける。
「あとは……、この村の人が吸血鬼だという件についてですけど……。今どきの吸血鬼は、血を吸うのにストローを使います」
「え? ストロー? あの飲み物を飲んだりするときに使う、アレ?」
「はい。といっても吸血専用のストローになりますけど。先端が鋭く尖っていて、痛みもなく血管に刺すことができるようになっています。筒状の部分は、持ちやすいような太さの筒の中に、細い筒が入っている二重構造になっていて、その内側の筒を伝って血を吸い上げるようになっています。これはあまり大量に吸いすぎると命が危険なので、それを防ぐために考案されたものらしいです」
できればもっと多く飲みたいのだけど、とつぶやくレタスを見る限り、この子もそれを使って血を吸った経験があるということだろう。
「普通は自分専用のストローを持っていて、洗って使っているはずだから、台所やキヌサヤさんの部屋を調べれば見つかるかもしれないです」
台所はともかくキヌサヤの部屋を物色するのは、さすがに気が引けるな……。
「そういうのがあるはずってだけですから。もう今となっては、直接血管から血を吸うこともほとんどなくなっているので、絶対にあるとは言いきれませんけど。でもあなたがいるということは、きっと……」
そこで言葉を濁すレタス。
そうか。つまり僕を家に寝かせているあいだに、血を吸っているはずだ、と言いたいのだ。
「……それでは、僕は戻ります。なるべく急いだほうがいいと、シシトウは言っていました。明日また来ます。……強制はできませんけど、できれば僕たちに協力してほしいな」
最後にそう言い残し、レタスは去っていった。
☆☆☆☆☆
キヌサヤの家に戻ると、ブロッコリーとパセリのふたりが玄関の前に座り込んでいた。
「遅かったな」
ぼそっとつぶやき睨みつけてくるパセリ。
いつもどおりの占い師風スタイルだった。……気に入っているのだろうか。
「おかえり! 勝手に入っちゃ悪いと思って、ここで待ってたんだ!」
ブロッコリーは今日も元気だ。
笑顔を見せるブロッコリーの左手は、パセリの右手をぎゅっと握っていた。
僕はふたりを家に招き入れると、とりあえずお茶を出そうと台所へ向かった。
ふとレタスの言葉が頭をよぎる。
どこかにストローがあるのだろうか。
お茶を探して戸棚を開けると、お茶自体はすぐに見つかった。だけど僕は念のため、他の戸棚もすべて開けて中を確認してみた。
調理道具や食器が収められた棚、食材が入っている棚、などなど。
ふたりの小さなお客が待っているため、ちょっと眺めた程度ではあったけど、ストローらしきものは見つからなかった。
少し、ほっとした。
「お待たせ」
三人分のお茶をテーブルに運び、ゆっくりと腰を落ち着ける。
このふたりはワサビ姫の家で一緒に住んでいると言っていた。
いつ頃からなのかはわからないけど、村長さんが亡くなられたあとからのようだし、何ヶ月かは姫とともに暮らしているということになるだろう。
……いろいろと聞き出してみようかな。
「今日は、ワサビ姫はどうしてるのかな?」
「えっとね、今日はキヌサヤお姉ちゃんが家に来てるんだ。それで僕たちは外に出されたんだよ。いつもはその辺で占い師ごっこしてるんだけどね」
このふたりの遊びといったら、占い師ごっこしかないのだろうか。と、それはべつにいいか。
確かにキヌサヤは、姫に用事があると言っていた。
とすると、このふたりが家にいてはまずいことをしているのだろうか。
シシトウたちからの話を聞いてしまったせいで、妙に勘ぐってしまう僕がいた。
「おそらく……」
さっきから一心にお茶をすすっていたパセリが、唐突に口を開く。
「そう遠くない未来に、明るい闇が村を包み込むであろう」
……って、占い? しかもなんだか不吉な……。
というか明るい闇って、言葉が打ち消し合ってない?
「パセリぃ~、いっつもそういう回りくどい言い方してさ、こっちは全然わからないんだけど。もっとはっきりと言ってくれればいいのに」
「占いや予言というのは、えてしてこういうものだ」
いつもながらの口調で子供らしくないセリフを言い終えると、パセリは空っぽになったコップを無言で差し出す。
はいはい、おかわりを用意させていただきますよ。
パセリは二杯目のコップを、満足そうな笑みで受け取った。
「姫って、最近変わった様子とかはないのかな?」
僕はもう少し話を聞いてみることにした。
もちろん、パセリに訊いてもダメだろうから、ブロッコリーのほうを向いて。
「ん~、そうだねぇ。よくはわからないけど、最近はキヌサヤお姉ちゃんと会ってることが多い気がするかなぁ。すごく仲がいいみたいなんだけど、このあいだ来ていたときは、大声を上げて怒鳴ってるような声も聞こえたよ」
「ワサビ姫の?」
「うん。話の内容までは聞こえなかったけど、あんな声を聞いたのは初めてだったかも」
ふ~む。あのふたりのあいだでも、なにかあるのだろうか。
そんなことを考えているうちに、キヌサヤが帰ってきた。
外はもう暗くなり始めていたため、子供ふたりも帰ったほうがいいだろう。
僕たちはブロッコリーとパセリを見送り、家の中に入った。
キヌサヤは、ふたりの相手をしてくれてありがとう、とだけ言うと夕飯の準備に取りかかった。
僕は今までどおり、キヌサヤが作ってくれた夕飯を食べながら軽く他愛のない会話をし、クレソン医師の薬を我慢して飲んだあと、布団に入った。
今日もあのお香は焚いている。
胸の辺りにあるペンダントの星飾り。僕はそれを服の上から軽く握りながら眠りに就いた。




