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僕がキヌサヤの家に戻った頃には、お昼をかなり過ぎた時間になっていた。
「もう、どこに行っていたの?」
キヌサヤが玄関の前に立ち、ちょっとまゆ毛をつり上げて怒る。
もちろん、怒鳴りつける感じではなくて、優しくたしなめるような声だったのだけど。
「えっと、そこら辺を散歩してたんだ」
とっさに嘘をつく。
どちらが正しいのか、まだよくわかっていない現状を考えれば、ここで本当のことを言ってしまうわけにもいかない。
「ふ~ん……」
明らかに疑いの眼差しを向けられているようだった。
でもすぐに、キヌサヤは表情を緩ませる。
「ま、いいわ。お昼ご飯の用意はできてるからね。食べたら今朝言ったとおり、クレソン先生の診療所の荷物運びに行くわよ!」
いつもなら美味しいキヌサヤの食事も、彼女が疑いを持っていないかビクビクしながらだった今日は、まったく味がわからないまま、文字どおり味気なく昼食を終えた。
「こんにちは、クレソン先生。遅れてしまって、すみません」
「いえいえ~、手伝ってもらうのに、文句なんて言えはしないよぉ~」
診療所に着くと、クレソン医師が相変わらずのんびりとした口調で出迎えてくれた。
こんなのんびり口調の医師が、診察のときには突然真面目な喋り方に変わるなんて、やっぱり想像できない。
今日運ぶ荷物は、すでに診療所の入り口付近にまとめられていた。
「これを倉庫にぃ~、運んでねぇ~。よろしく頼んだよぉ~」
そう言い残すと、クレソン医師は診療所の奥へと引っ込んだ。
今日は患者さんが来ているようだ。一応ちゃんと診療所としての役割は機能しているらしい。
「さてと。それじゃあ、ぱぱっと終わらせてしまいましょう」
まぁ、ぱぱっと運ぶのは僕の役目なのだけど。なんて文句を言ったりはしない。
軽めの荷物を選んで持つキヌサヤとともに、せっせと荷物を村の共有倉庫へと運び入れる。
荷物を運んでいるあいだ、キヌサヤはずっと僕の横にいたけど、とくになにも話しかけてきたりはしなかった。
ただ、たびたび視線をこちらに向けているのだけは感じていた。僕は平静を装って、荷物を運ぶことに専念した。
荷物を倉庫に積み上げていく。
この下に、シシトウたちがいるってことだよね……。
なにげなく耳を澄ませてみると、わずかに物音が聞こえた気がした。
昨日ここに来たとき、微かな物音を感じた気がしたけど、あれも彼らが発した音だったのだろう。
キヌサヤが離れた隙を突いて、床に耳を当ててみれば、小さな話し声も聞こえてくる。
この甲高い声は、レンコンと呼ばれた細身の男だろう。高い声程、よく響くものだ。
声がでかい、とか、シシトウに怒られている姿が想像できて、思わず顔がほころんでしまう。
「アスパラ? なにしてるの?」
ふと気づくと、キヌサヤが背後に立っていた。
「いや……ちょっと物音がしたから、なにかなぁと思って。ねずみでもいるのかな?」
内心焦ってはいたけど、なるべく落ち着いた声で答える。
上手くごまかせたかどうかはわからない。
それにしても、すぐ背後にいたのにまったくキヌサヤの気配を感じなかった。やはりなにか普通ではないのかもしれない。
その後も僕たちは荷物運びを続け、今回の荷物運びは五往復で終わりとなった。
「なんだか、また霧が濃くなってきてるね」
まったく話さないのは不自然だろうと思い、僕は目の前をすたすたと歩いていたキヌサヤに、当たり障りのない会話を投げかけてみた。
「そうね、朝は明るかったのに。村が薄暗くなると、心まで薄暗くなってしまいそう……。って、そんなことを言っていたらダメよね。笑顔で霧なんて吹き飛ばすくらいでないと」
そう言って振り返ったキヌサヤは、いつもどおりの優しい笑顔だった。
「それじゃあ、私はちょっと姫に用があるから、アスパラは先に家に戻っていてね。ブロッコリーくんとパセリちゃんが遊びに来ているはずだから、相手をしてあげて。お願いね」
キヌサヤは手を振りながら走っていく。
僕はキヌサヤの姿が見えなくなるまで、その場で立ち尽くしていた。
実を言うと、正直ちょっとほっとしていたのだ。
キヌサヤがずっと一緒にいると、シシトウたちと会っていたことを感づかれてしまいそうだったから。
知られたら困るのかどうかも現状ではわからないけど、両方の状況がしっかりと見えてくるまでは、今までどおりに生活していたほうがいいだろう。
「ふぅ。なんか……疲れるな」
僕は、霧で先のよく見えない道を、黙って歩き始めた。




