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狭い通路から這い出た僕は、体を伸ばしてひと息つく。
と、目の前には数人の人影が立っていた。
「レタス、ご苦労だった」
通路から続いて這い出してきたレタスと呼ばれた子は、服についたホコリを手ではたきながら、人影のほうに駆け寄る。
全部で十人以上はいるだろうか、それは若い男たちだった。
……まさか、昨日追い返した奴らの仲間か……!?
焦りの浮かぶ僕の前で、先頭に立っていた男がひざまづく。
「よく来てくれた、礼を言う」
そして立てひざのまま顔を上げ、僕の目をじっと見据えながら男は続けた。
「騙して連れてくる形になってしまって、すまなかった。許してくれ」
その男は、燃えるように鋭く強い眼光を放っていた。
ひざまづいているため、僕が上から見下ろしている状態ではあるけど、それでも男の迫力に圧倒されてしまう。
騙したというからには、さっきレタスと呼ばれた子が言っていた、ワサビ姫が呼んでいるという話は嘘だったことになる。
いったい僕は、どうなってしまうのだろう。
もしかして、殺されるのだろうか……。
そんな僕の怯えを感じ取ったのか、男は自己紹介の言葉を添えた。
「俺はシシトウ。このトマト村の者だ。ここにいる者たちのリーダーということになっている。……まぁ、そう身構えないでくれ。危害を加えたりするためにここに連れてきたわけじゃない」
「アニキ、言い方がまどろっこしいですゼ」
すかさず背後に控えていた細身の男からツッコミが入る。
やけに甲高い、耳に優しくない感じの声だった。
「うるせぇ!」
振り向いて怒鳴るシシトウと名乗った男。
細身の男は、ひぃ、と怯えた声を上げていた。
後ろに並んで立っている他の男たちは、みな一様に微笑みを浮かべていた。
「なんか、調子が狂っちまったな……」
シシトウが若干顔を赤らめながら立ち上がる。
背も高くガッシリとした体格。照れ笑いを浮かべていてもなお、威圧感がある。
とはいえ、さっきまでと違い、僕は親しみやすさも感じていた。
細身の男のひと言だけで、こんなにも印象が変わってしまうなんて。
「アスパラとやら。あんたをここに連れてきたのは、俺たちに協力して欲しかったからだ」
リーダーのシシトウが語り始める。
「あんたはこの村に来たばかりということだから、まだ気づいていないと思うが、驚かずに聞いてくれ」
ろうそくの火が揺れる中、周りに十人以上の男たちを従えどっしりと腰を下ろし、シシトウは筋肉質な太い腕を組んでいる。
こう言っては悪いけど、率直な感想を述べると、盗賊団の親分、といった雰囲気だった。
「この村は、吸血鬼の村だ」
「えっ?」
語り始めた最初の言葉で、いきなり僕は耳を疑った。
吸血鬼……ヴァンパイア……。
あの、牙があって、首筋に噛みついて、血を吸う……あれ?
「フッ、それは偏見ってものだな。昨今の吸血鬼は、そんな血の吸い方はしない。だが、そういうイメージの強いその吸血鬼、ってことになる。……この村に住む者すべてがな」
え……?
そうとすると、キヌサヤとか、ワサビ姫とか、キュウリ夫人やモロヘイヤじーじも、みんな?
「そうだ。無論、ここにいる俺たちも全員、吸血鬼だ」
思わず身構えてしまう。
大勢の吸血鬼に囲まれている現状……、しかもリーダーは盗賊の親分のような大男……。
ヤバい! これは、非常に危険な状況だ!
僕はパニックに陥りそうだった。
「大丈夫だよ、落ち着いて」
すっと僕の腕に触れて気を静めようと近寄ってきたのは、僕をここまで連れてきた、レタスと呼ばれたあの子だった。
この子も、吸血鬼ということになるはずだけど。
でも、不思議と落ち着いてくるのは、この子の穏やかな雰囲気からなのだろうか。
「こういうときはレタスがいてくれると助かるな。そのまま、そばについていてやってくれ。……さて、それじゃあ、話を続けるぞ」
一旦言葉を区切り、聞く準備はいいか? と暗に示すシシトウ。
その辺りの配慮は、リーダーの役目を任されている人物だけのことはある、といった感じだろうか。
「俺たち吸血鬼は、べつに血を吸わなければ生きていけないわけではない。畑で作物を収穫して食生活を養うのが基本になっている。もっとも、血を吸えたほうが栄養価の面でも効率がいいわけだが、そうそういただけるものでもない。
たまに森で迷った狩人なんかを、お香を使って思考を麻痺させ村へと誘う。親切を装って村に泊めてやり、寝ているあいだに血を少々いただく。そのあと、森の中でも比較的安全な場所へ運び、目を覚ましたときには夢だったように思わせる、というやり方で血を得るのが普通だ。
ただ、大量に血を吸い取ると命までをも奪うことになり、問題となってしまう。だから一度にいただける血の量はそれほど多くはないんだ」
そんなご馳走がいただけるのは、数ヶ月に一度あるかないか、という感じだったらしい。
森自体には様々な種類の果実が成り、動物なども多く生息していたため、この村の住人はそれらを採取していた。
同じように、森の外からも、それらを狩りに来る人はいた。
この森は悪魔の森という噂も流れていて、恐れられてはいるようだけど、背に腹は変えられないということなのだろう。
その頃の状態のままであれば、とくに問題はなかったのだけど。
いつしか森を深い霧が包み込み、ヒルの大量発生という問題まで起きてしまった。
そのせいで果実や動物たちも徐々に減っていき、森の外からの狩人たちもほとんど入ってこなくなった。
そうすると困るのはトマト村の住人。
いくら血を摂取しなくても死ぬわけではないとはいえ、普通の食べ物や動物の血だけでは、やはり物足りない。
動物の血を飲んだりもしてはいたけど、森の動物の数も減っていたため、血の摂取量が大幅に減ってしまっていた。
あまりにも長いあいだ血を飲めないでいると、中には禁断症状を起こす者すらいる。
村ではそんな人が多くなっていったのだという。
血。それはもちろん、この村の住人にも流れている。
暗黙の了解で、古来より吸血鬼同士で血を飲むことは禁じられてきた。
だけど、そうも言っていられなくなった。
村の中で権力を持っていたのは村長だったけど、村長は断固として村人の血を吸うことには反対していた。
やがてその村長が病死してしまうと、村長としての役割は娘であるワサビ姫に移った。
とはいえ、姫では年齢的にも不安がある。見た目の幼さもそれに拍車をかけていたのだろう。
そこで、姫の教育係兼世話係も兼ねていたキヌサヤにも、実質的な決定権などが与えられることになったのだという。
「え? そうなの?」
僕は驚いて無意識に声を出していた。
確かに姫と仲はよさそうだったけど、いわば村長と同等の権力を持った存在だなんて、ひと言も聞いたことがなかったからだ。
「ああ。まぁ、あの子のことは俺もよく知っている。とてもいい娘だ。キヌサヤがすべての首謀者で姫を操っている、というわけではないだろう」
「アニキは、あの子にメロメロなんスよ!」
「レンコン! いらん解説をするな!」
細身の男のツッコミに、シシトウは顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。
「……コホン! ともかく、話を続けるぞ」
ワサビ姫たちが実権を握ってから、村の生活は明らかに変わっていった。
キヌサヤとワサビ姫によって、村人の血を飲むことの禁を解いたからだ。
吸血鬼としての血は男性のほうが成分的に濃く、また、たとえ量が減ってもすぐもとに戻ると言われている。
そのため、村の十歳から四十歳くらいの働き盛りの男性を一ヶ所に閉じ込め、いつでも血を採取できるようにした。
それがこの場所。村の共有倉庫の地下室だった。
村の共有倉庫……。
僕がキヌサヤに言われて、せっせと食料などが入った袋や箱を運んでいた、あの場所か……。
「まぁ、閉じ込められているとはいえ、食事はしっかりと運ばれてくる。キュウリ夫人宅でここにいる全員が腹いっぱい食えるような料理を用意してくれているみたいだ。昨日の晩は量が少なかったが、どうやら宴会をやっていたからのようだな」
すみません、僕もたっぷり食べていました。
反射的に頭を下げる。
倉庫の床にある地下室への入り口は厳重に閉じられていて、食事を持ってくるときと血を採取するときだけ開けられるらしい。
それだけなら、どうにかして逃げられそうなものだけど、もともと吸血鬼としての力は女性のほうが強く歯が立たないのだという。
血が濃いのは男性なのに、おかしな気もするけど、そういうものなのだそうだ。
……吸血鬼の世界でも、女性は怖いということか。
物理的な腕力などは、やはり男性のほうが上のようだけど、特殊な力、魔法のようなものを女性たちは持っているのだとか。
その力で倉庫の床にもなんらかの効果を施し、力づくで打ち破ったりできないようになっている。
倉庫に荷物を運んだのは、念のため物理的に重しも乗せておこう、ということだったのだろう。
また、倉庫の地下からはいくつか抜け穴もあった。
そのうちのひとつは村外れの広場に通じていたのだけど、そこも昨日塞がれてしまったとのこと。
レタスによれば、僕たちの動かしたご神体の銅像が、ちょうど抜け穴の出入り口の上に乗っかっているらしい。
血は少しずつ採取されるため、その状態ならば問題はなかった。
閉ざされた薄暗い空間で生活することにはストレスを感じてしまうものの、耐えられないレベルではない。
でもこのところ、少しずつではあるけど採取される血の量が増えているようだった。
そのせいで、貧血気味でめまいを訴える者も出てきていたとか。
不審に思ってキヌサヤを問い詰めてみても、そんなことはないの一点張り。
貧血にならないように、料理を少し増やすと言うだけだった。
ともあれ状況は確実に悪化している。
どうにかしなければならないと、みな、危機感を感じているところなのだという。
「どうした? 信じられないという表情だな。……まぁ、それもわかる。俺たちを信じるかどうかは、お前さんに任せるさ。ちょっとこちらにも準備が必要だしな。そのあいだに決めてくれればいい。今日はこれで一旦戻るんだ。長く留守にしていると、キヌサヤに怪しまれるだろう」
「シシトウ! それじゃあ、こいつが向こうにつくかもしれないんじゃないか!?」
不意に若い男がシシトウに食ってかかる。
「やめなよ、お兄ちゃん!」
声を上げたのは、僕のそばについていたレタスだった。
「キャベツよ。お前の言いたいこともわかるが、理解して信用してもらわなければ、計画自体が崩壊する恐れがある。それはお前も理解しているだろう?」
「それは……そうだけど……。だいたい、いつまで俺の弟にべたべたくっついてるんだよ……」
え……?
「おとうと?」
「えっと、ごめんなさい。僕はこんな格好をしてるけど、男なの。あっ、でもべつに騙してたとかそういうのじゃなくって、えっと、十歳以上の男性はみんなここに閉じ込められているわけだから、外に出たときに目立たないようにするためで……」
と慌てながら釈明するレタス。
なるほど、ここに閉じ込められているのが働き盛りの男性だけなら、この子が男性なのも当然というものか。
「まぁ、そういうことだ。抜け道は細い道が多くてな。一番小柄なレタスに外の状況を調べさせていたんだ」
シシトウが解説を加える。
……それにしても、弟なのに、あんなふうに言うお兄さんって……。
「とにかく、入ってきた道から外に出るといいだろう。レタス、念のためついていってやれ」
「はい」
こうして僕は、レタスとともに抜け道を通って村へと戻った。
抜け道に入るとき、レタスの兄――キャベツから、鋭く睨みつけられているように感じたのは、はたして気のせいだっただろうか……。




