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「今日は、勝利の宴ってことにしようかねぇ!」
村に帰り着くなり、オクラさんがそんなことを言い出した。
「そうだな! 宴会、宴会!」
姫も乗り気だ。こうなったら誰も止められはしないだろう。
意外にも、キヌサヤもそれを止めたりはしなかった。
「いいんじゃないかしら。せっかくみんなで力を合わせて物事を成し遂げたあとなんだもの。興奮の余韻に浸っていたいというのもわかるし」
「……オイラたちも、まだ起きてていいのかな?」
おそるおそる訊いてくるブロッコリー。
小さな子にとっては、すでにもう未知の時間帯、すぐにでも寝なさいと言われるくらいの時間になっていた。
無理だろうなと思いつつも、一応訊いてみたという感じだったのだろう。
「いいぞいいぞ! 今日は朝までノンストップだ!」
姫、それはどうかと……。
とはいえ、水を差すのも悪いだろうから、僕はなにも言わなかった。
さすがに朝までは起きていられないだろうし。
ブロッコリーだけでなく、姫もだと思うのだけど。
「やったぁ! パセリ、まだ眠くないよね? オイラたちも宴会に参加しようよ!」
「フッ。まったくブロッコリーは子供だな。まぁ、今日のこの日は二度とやってこない。今というこの時間を楽しむのも悪くはなかろう」
……パセリ、キミはやっぱり年齢をごまかしてないか?
ともかく、村の中央広場に、いつの間にやら飲み物や料理が準備され、すぐさま宴会が始まった。
僕は勧められるままに料理を食べ、飲み物を飲み、宴を楽しんだ。
アルコール類は子供たちには飲ませないようにキュウリ夫人が気をつけていたため、僕には勧められることはなかったけど。
そうそう、この料理はキュウリ夫人が用意したものなのだそうだ。
モロヘイヤじーじも料理の手伝いはしていたらしいのだけど、早寝早起きが基本なので、と宴会には来ていない。
キュウリ夫人も料理をひとしきり運び終えたら家に戻って休むつもりだという。
みんな、楽しそうだった。
森に囲まれて外界から隔絶された村。娯楽なんかも少ないだろう。
こういうときに村中で大騒ぎするのが、数少ない楽しみのひとつとなっている、って感じなのかな。
僕は部外者なわけだけど、こうやって楽しんでいる村の人たちを見ていると、やっぱり嬉しくなってくる。
まだ自分が何者なのか思い出せてはいないけど、この村に来てよかったと、心から思えるようになっていた。
「今日はお疲れ様。なかなかよかったわよ」
すっと、キヌサヤが僕の横に座り、コップに口をつけながら話しかけてきた。
ほのかに柑橘系の甘い香りの中に、ちょっとキツめの匂いもまじっている。
「……って、キヌサヤ! これ、お酒じゃ!?」
「ふふっ。なかなか飲ませてはもらえないのだけど、結構好きなんだぁ」
よく見ると、すでに頬はかなりの赤みを帯びていた。
どうやら充分にアルコールが回っている状態のようだ。
「ほんとに、アスパラが来てくれてよかったわ。村のみんなもそう思っているはずよ。力仕事だけじゃなくて、やっぱり頼りになる存在っていうのかしら、そういう人がいてくれるのって心強いのよ」
そう言いながら、キヌサヤはすっと腕を僕の首筋に回してくる。
え? ちょっと……?
ひとりで焦っている僕をよそに、キヌサヤはさらに腕をきつく絡めてくる。
僕を抱きしめる感じになり、キヌサヤの顔が目と鼻の先にまで近づいてきた。
僕の顔も次第に熱くなってくる。
よく見ると、キヌサヤの目はとろ~んとして、すでに焦点が定まっていないようだった。
「これからも、よろしくね、アスパラ。ずっと、この村にいてね……」
ささやくようにそう言ったかと思うと、キヌサヤはバタッと僕にもたれかかる形で倒れ込み、そのまま完全に眠ってしまった。
「ちっ、つまらん」
なにやら、すぐそばで見ていたらしいパセリが離れていく。
って、こら! なにのぞいてたんだよ!
……まったく気配を感じなかったのは、さすがというか、恐ろしいというか……。
「あら、キヌサヤちゃん寝ちゃったんだねぇ。家までちょっと距離があるけど、このままだと冷えてしまうだろうし、どうしようかねぇ?」
パセリと入れ替わるように、ほろ酔い気味な顔をしたオクラさんが近寄ってきた。
「ああ、僕が運びますよ。僕もそろそろ眠くなってきましたから」
立ち上がって、僕はキヌサヤをおぶさる。
「そうかい? 食べ足りないとか、飲み足りないとか、ないかい? 袋にいろいろ詰めて持ってくかい?」
「いえいえ、結構です。みなさんで思う存分食べてください」
そう言って宴会の席をあとにする。
「キヌサヤちゃんのこと、お願いねぇ。……変なことしちゃダメよぉ~?」
余計なひと言をつけ加えるのは、おばさんの基本なのだろうか。
そんなことを思いながら村の広場を出る。
中央広場に立つ大きな一本の樹が、僕たちふたりを見送ってくれているようだった。
すーすー……。
耳もとでキヌサヤの寝息が聞こえる。
ちょっと意識してしまうけど……。
とにかく早く帰って僕も寝よう。朝から力仕事で、今日はすごく疲れた。そう自分に言い聞かせた。
キヌサヤの家へと戻る帰り道、ふと、広場から少し離れた建物の辺りに人影を見つけた。
十二~三歳くらいの、髪は少し短めだけどおそらく女の子だろう。
この時間では涼しいのではないかと思うけど、薄手で半袖の、可愛らしいフリルのついた短めのワンピースを着ているようだ。
その子は建物の陰から広場のほうに視線を向けていた。
どうしてこんな場所から宴会の様子を眺めているのだろう?
「キミ、どうしたの? 宴会ならまだやってるから、行ってくればいいんじゃないかな? 今日は子供でもOKってことだし」
僕は話しかけてみた。
だけど、その子は僕のほうをじっと見つめたあと、急いでその場から走り去ってしまった。
あっ、と思ったときには、もうその子の姿は見えなくなっていた。
気にはなったけど、今はキヌサヤもいるし、そのまま家に戻ることにした。
家にたどり着くと、まずはキヌサヤを彼女のベッドに寝かせた。
今朝は躊躇してしまったけど、キヌサヤの部屋に初めて入った。
疲れていたし、じろじろ見るわけにもいかないから、よくは覚えてはいないけど、僕が借りている部屋とさほど変わらない質素な感じの部屋だった。
しいて違う点といえば、鏡台が置いてあったことくらいだろうか。
あまり長居してしまうのも悪いだろうから、すぐにキヌサヤの部屋を出る。
……おっと、忘れるところだった。お香を焚かないと。
今日の作戦で使ったお香もキヌサヤの家から持っていった物だった。
そのため、棚から多めに取り出したのか、台所のテーブルの上にある程度残されたままになっていた。
僕はそれを香炉に入れて火をつけた。
と、その横に書き置きがあることに気づく。
「クレソン先生のお薬。夕食後、必ず飲むこと!」
ご丁寧に、必ず、の文字の下に波線を入れて強調してあった。
そうか、これがあった……。幸いキヌサヤは寝ているし、飲まなくても……。
そうは思ったけど、薬っていうのは継続して飲まないと意味がなかったりするものだろうし、僕は意を決して、紫色の液体をのどに流し込んだ。
声にならない声を上げ、苦しみが治まったあと、僕は自分の部屋へ戻りベッドに横になった。
そういえば、酔っていたとはいえ、キヌサヤは言っていた。
ずっとこの村にいて、と。
僕は、それもいいな、と思い始めていた。
……この紫色の悪夢さえなければ……。
横になってそんなことを考えていると、疲れもあってかすぐに頭はぼやけていった。
そして、甘いお香の匂いが僕の部屋に漂い始める頃には、意識はもうすっかり眠りの淵へと落ちていた。




