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とりあえず夜の足音も近づいてきているわけだし、彼らはどこかで野営をするだろう。
僕たちはそう考えていた。
オクラさんが言うには、森の中に一ヶ所ちょっとした広場のようになっている場所があるようで、野営するならおそらくそこを使うだろう、とのことだった。
もしその場所を使わなくても、そこまで誘い込む作戦でいこうと決めた。
そして僕たちは、その広場を中心に多くの仕掛けを施した。
基本的には人海戦術で、村人をいろいろな場所に配置し、木の棒をその辺にある木々に打ちつけることで音を鳴らす。
音は森の中で反響して、それだけでも恐怖心は与えられるだろう。
さらには、普段村で使っているお香を焚くことで、あの甘い香りを漂わせる。
なにも知らなければ、これも正体のわからない匂いということになるため、やはり恐怖の対象となるえるはずだ。
また、村に古くから伝わる、声を遠くから発生させる装置も持ち出してきて、数ヶ所に設置した。
どういう原理なのかはよくわからないけど、ある一ヶ所、大もととなる装置のそばで発生した音や声を、別の場所に設置した装置から響かせることができるのだそうだ。
僕たちは素早く準備を整え、森の中へと入って配置についた。
僕たちが誘い込むまでもなく、彼らは森の中の広場で野営の準備を始めていた。
彼らはきっと、交代で見張りを立てるに違いない。
そこで、寝ている人がすぐには起きないくらいの時間まで待ってから、僕たちは作戦を決行することとなった。
木陰から確認してみると、彼らのうちのふたりが焚き火の横に座って見張りをしているのが見えた。
そんな中、静かに作戦が開始される。
最初に、森にまばらに配置された村人のひとりが、見張りに気づかせるために物音を立てる。
念のため、彼らを分断させることを考えたのだ。
こちらの思惑どおり、見張りのふたりは立ち上がり、物音のしたほうへと歩いていく。
すると、森の様々な方向から、コン、コン、コンと音が響き始めた。
村人たちの打ち鳴らす木の音は、彼らの精神にも効果的に響いているようだった。
それとほぼ同時に、準備してあったお香を焚き始める。
これも広場を中心に何ヶ所かに分けて用意してあった。
周囲が、あの甘い香りで包まれる。
ここでようやく、テントの中で休んでいた残りのふたりも異変に気づいたらしく、外に飛び出してきた。
さて、次は声だ。
この声の役は、キヌサヤが受け持った。
澄んだ優しい感じの声が、逆に恐怖心を植えつけるかもしれない、といった理由でキヌサヤに任せることになったのかな。
僕はそう考えていたのだけど。
その考えは間違っていたと、実際に響いてくる声を聞いて思い知ることになる。
「フフフフフ……」
悲しげな声を響かせるキヌサヤ。
森のあちこちから、同じ声が、しかも反響して聞こえてくる。
暗い夜の森の中という今のこの状況的に考えて、女性の声が聞こえてくるというだけでも恐ろしいだろう。
でもそれだけではなく、そもそもキヌサヤの声自体が、ものすごい恐怖感を演出している。
そういう声を意識して作り出しているのだとは思うけど、すぐ横で聞いている僕ですら背筋がぞくぞくするほどだった。
「ウフフ……フフフフ……」
思いきり適任だと、村の誰もがわかっていたのだろう。
またひとつ、キヌサヤの違った一面を見ることができたわけだけど。なんだか複雑な気持ちだった。
表情もちょっと、というかかなり、別世界に入ってしまっているような恐ろしげな感じに見えたし……。
だけど、それは見間違いだったと思っておくことにした。
このあと僕には、重要な役目が控えているのだから。
ここまでの音と声で、彼らに恐怖心を持たせることに成功した僕たち。
あともうひと息だ。
どういうわけか、最後のトドメを任せられたのは僕だった。
力強い男性の声で一喝して、一気に彼らの気力を削いでしまおう、という作戦だ。
それにしても、僕なんかで本当に大丈夫なのだろうか?
ここまでやっておいて、ヘマをしたらすべてが台無しになってしまう。
緊張しながら出番を待っていると、横に立つブロッコリーが声をかけてきた。
「アスパラ兄ちゃん、リラックスだよ。少し低めの声で、パセリが用意したセリフをそのまま言えばいいだけだから。姿も映し出すから、この紙を持って読むってわけにはいかないけど、そこら辺の地面とかに置いておいても大丈夫だから」
こんな小さな子に勇気づけられる僕っていったい……。
と、そんなことを考えている場合ではなかった。
パセリはいつもの占い師スタイルで、水晶玉を目の前に置いてスタンバっていた。
視線を合わせると、パセリはゆっくり頷く。
「任せたぞ」
小声でそうつぶやくのが聞こえた。
パセリは水晶玉の手前に、なにやら別の物体も用意している。
ひとしきり、キヌサヤの声が響き渡ったあとには、彼らが正気を失いかけているのが僕にすら感じられた。
そのときを見計らうかのように、パセリが手前にある物体を操作した。
水晶玉から光が放たれ、僕を照らし出す。
いや、正確には僕の体を通過して、ちょうど広場から南側――村のある方角にできたちょっとした空間を明るく照らし出す。
そこには、最近ずっと村や森を覆い尽くしている霧が、今も深く立ち込めていた。
明るく照らされた霧に、僕のシルエットが大きく浮かび上がる。
僕と重なる位置にいたブロッコリーが、木の枝や自分の体を使い、普通の人間とは思えない感じのシルエットを作り上げていた。
「この森を荒らすのは、誰じゃ~!」
パセリの考えた設定としては、森の仙人のようなおじいさん、神と呼んでもいい感じ、とのことだった。
村に伝わる別の装置によって、僕の発した声も若干変わった感じに響く。
それでも、基本的には自分自身の声に近い。
僕はしっかりと威厳を持った声作りを心がけながら、用意されたセリフを喋り続けた。
「愚か者め。このままここに留まるのであれば、森に住む万物の精霊が、おぬしたちに災いをもたらすことになろうぞ。賢明な思考を持ち合わせているのであれば、早々に立ち去るがよい!」
突然現れたはっきりとした影と、完全に自分たちに向けられて発せられた言葉に、たじろぐ四人の男たち。
「くっ!」
隊長と思しき人が、仲間たちになにか言葉をかけようとするものの、まったく声にならない。
他の三人は完全に怯えきっていた。
「どうした! それとも、今ここで、黒焦げになりたいか!?」
これ以上は無理、というくらい強い口調で、僕は声を振りしぼった。
「うあぁぁぁぁぁぁ!」
ひとりが反転して逃げ出す。
それを皮切りに、隊長以外の他二名も北側へ向かって駆け出した。
「こ……こら、お前ら! 待て! くそっ、ここは撤退だ!」
そう叫び、隊長自らも彼らを追って、走り去っていった。
ここから北側の辺りは木々の生え方が比較的まばらで、かなり先まで迷わずまっすぐに進める道になっているらしい。
彼らが逃げ出す方向まで計算どおり。
これでかなり村から遠ざかってくれるだろう。
「ふぅ……」
僕は力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
「お疲れ様」
パセリが、わずかな微笑みで労ってくれる。
「あの人たち、森の中で大丈夫なのかな?」
「お香の匂いがついたはずだから、大丈夫であろう」
周りでは村人たちが喜びの声を上げていた。
僕たちは、作戦の成功を喜びながら、軽い足取りで村へと戻った。
「フフフフフフ……」
キヌサヤも笑っていたけど、さっきの恐怖の笑い声が頭にこびりついているせいか、僕は背筋に寒気を感じてしまうのだった。




