第13話 『世界が止まる日』
ニューヨーク、深夜2時。
静まり返った街。
小春は突然、強い違和感に目を覚ました。
――温かい感触。
シーツが濡れている。
「……優ちゃん」
声が震える。
優ちゃんは一瞬で飛び起きる。
状況を理解。
「来たか」
予定より三週間早い。
破水。
◇
救急搬送。
車内のサイレン。
優ちゃんは小春の手を握る。
「大丈夫だ」
だがその声も、わずかに震えている。
◇
同時刻、パリ。
雅は資料を読み込んでいた。
三ヶ月勝負、残り二ヶ月。
そこへ着信。
優ちゃん。
一瞬で察する。
「……今?」
「始まった」
短い言葉。
雅は立ち上がる。
「兄貴、そばにいろ」
電話越しの沈黙。
そして小さく。
「ああ」
◇
ニューヨーク病院。
分娩室前。
ルイが到着。
スーツのまま。
息を切らして。
優ちゃんを見る。
言葉はない。
ただ、並ぶ。
かつての夫。
今の夫。
奇妙な構図。
だが目的は一つ。
守る。
◇
分娩室。
痛みと闘う小春。
汗。
涙。
不安。
でも心の中で呟く。
“この子は、世界一幸せにする”
外では、世界市場が動いている。
欧州では買収再編。
パリでは三ヶ月決戦。
だがこの瞬間だけは。
全員の時間が止まる。
◇
数時間後。
産声。
高く、力強い。
優ちゃんの目から涙が溢れる。
ルイは静かに目を閉じる。
看護師が微笑む。
「元気な男の子です」
優ちゃん、崩れるように座り込む。
「……ありがとう」
小春は疲れ切った顔で微笑む。
「パパ、泣きすぎ」
◇
数時間後。
個室。
赤ん坊を抱く小春。
優ちゃんの腕も震えている。
ルイは少し離れて見守る。
小春が言う。
「抱いて」
一瞬戸惑うルイ。
だがそっと受け取る。
小さな命。
軽いのに、重い。
「……すげぇな」
ぽつり。
◇
名前発表。
《神宮寺 翼》
羽ばたく。
Butterfly。
未来。
優ちゃんが笑う。
「世界、飛ぶぞ」
小春が頷く。
「でもまずは、歩くところから」
◇
パリ。
雅がニュースを見る。
甥の誕生。
小さく笑う。
「負けてられないな」
画面には売上速報。
欧州限定Butterflyライン、爆発的ヒット。
三ヶ月勝負、光が見え始める。
◇
ラスト。
ニューヨークの朝日。
小春は眠る翼を見つめる。
世界企業のトップ。
でも今は、母。
優ちゃんは隣で静かに言う。
「守るものが増えた」
ルイは窓の外を見つめる。
「戦いも増える」
だがもう、怖くない。
命が生まれた日。
世界が、少しだけ優しくなった。




