第14話 『王者の涙』
パリ。
突然のニュースが駆け巡る。
《Lumière Paris、閉店発表》
世界大会優勝から、わずか半年。
王者の店が、幕を下ろす。
理由は――赤字。
観光客頼みの立地。
高価格帯。
優勝直後の過剰投資。
そして、何より。
「世界一」の称号が、逆に重荷になった。
期待値が高すぎた。
一皿でも完璧でなければ、酷評。
SNSは残酷だ。
“過去の優勝者”と比較され続ける日々。
ルイは、削られていった。
◇
閉店当日。
厨房は静まり返る。
最後の営業を終え、スタッフが去る。
一人残るルイ。
カウンターに手をつき、うつむく。
世界一になったのに。
守れなかった。
何を目指していたのか、分からなくなる。
◇
数日後。
SweetSパリ店。
閉店後の静かな時間。
ドアベルが鳴る。
小春が顔を上げる。
そこに立っていたのは――ルイ。
髪は乱れ、目の下に影。
王者の面影は薄い。
小春は何も言わない。
ただ、厨房の奥へ通す。
◇
しばらく沈黙。
ルイがぽつりと漏らす。
「終わった」
声が、かすれている。
「全部」
小春は静かに紅茶を置く。
「ニュース、見たよ」
ルイは笑おうとするが、崩れる。
「世界一になったのに」
「店、潰した」
拳が震える。
「俺、何やってたんだろうな」
その瞬間。
涙が落ちる。
王者の涙。
悔しさでも怒りでもない。
“自信の喪失”。
小春は何も慰めない。
ただ言う。
「作って」
ルイが顔を上げる。
「……は?」
「今のあなたの味」
勝者でもなく、敗者でもなく。
今の、裸の味。
◇
ルイはゆっくり立ち上がる。
SweetSの厨房。
かつて隣に立った場所とは違う。
でも火の音は同じ。
材料を選ぶ手が、少し震える。
派手さは捨てる。
シンプルなショコラ。
甘さ控えめ。
ほんの少しの塩。
焼き上がる香り。
小春が一口食べる。
目を閉じる。
そして、微笑む。
「おいしい」
飾りじゃない。
本音。
「前より、優しい」
ルイの肩が震える。
「……怖かった」
完璧でなければいけない。
世界一でなければいけない。
その鎧が、今ようやく外れる。
◇
その時。
扉が開く。
優ちゃん。
一瞬、空気が止まる。
状況は察する。
泣き腫らしたルイ。
隣に立つ小春。
数秒の沈黙。
優ちゃんはゆっくり言う。
「飯、食ってくか?」
敵でも元夫でもない。
今は、ただの落ちた職人。
ルイは目を見開く。
そして、小さく頷く。
◇
三人、同じテーブル。
不思議な静けさ。
ルイがぽつりと呟く。
「俺、もう一回やれるかな」
小春は即答しない。
優ちゃんが言う。
「やれるかじゃない。やるかだ」
経営者の目。
逃げ場は与えない。
小春は静かに続ける。
「あなたの味は、消えてない」
「場所がなくなっただけ」
ルイは目を伏せる。
そして、深く息を吸う。
◇
ラスト。
パリの夜。
閉店したLumièreの看板が外される。
一方、SweetSの灯りは消えない。
王者は、地に落ちた。
でも。
ここから始まる可能性もある。




