第10話 『甘さは、私が決める』
世界大会・日本予選まで、あと一ヶ月。
メディアは連日煽る。
《元夫婦、運命の再戦》
《因縁の世界切符争奪》
小春の店《Atelier Haru》にも取材依頼が殺到する。
でも。
小春は、静かに違和感を抱いていた。
(これは、私の夢?)
それとも――
誰かとの“決着”のための舞台?
◇
深夜の工房。
一人で仕込みをしながら、ふと手を止める。
優ちゃんがコーヒーを持って入ってくる。
「顔、疲れてるぞ」
「うん……」
小春はぽつりとこぼす。
「わたし、勝ちたいのかな」
優ちゃんはすぐ答えない。
「……勝つことより、大きいこと考えてる顔だな」
図星。
小春は深呼吸する。
「世界一の一皿じゃなくて」
「世界に“残る”ブランドを作りたい」
一瞬の沈黙。
優ちゃんの目が変わる。
◇
翌日。
小春は大会事務局に連絡を入れる。
「辞退、ですか?」
電話口がざわつく。
「はい。正式に」
ニュースは即座に拡散。
《一ヶ原小春、大会辞退の衝撃》
東京。
ルイは記事を見つめる。
拳がわずかに震える。
逃げた?
違う。
彼は知っている。
小春は、逃げない人間だ。
ならば。
“次の一手”がある。
◇
海辺。
小春は優ちゃんと向き合う。
「会社、作ろう」
「……本気か?」
「本気」
目が、迷っていない。
個人店ではなく。
国内だけでもなく。
“世界市場”。
オンライン販売、海外ポップアップ、輸出展開。
ブランド名。
SweetS
Sは、Smile
Sは、Story
Sは、Second chance
優ちゃんは、静かに笑う。
「俺をどう使うつもりだ?」
小春は真っ直ぐ言う。
「社長、お願い」
優ちゃんが固まる。
「は?」
「わたしは会長」
さらっと爆弾。
「商品開発とブランドの顔はわたしがやる。でも経営は優ちゃん」
優ちゃんは頭を抱える。
「無茶言うな…」
「できる人しか頼まない」
その一言で、覚悟が決まる。
◇
数ヶ月後。
記者会見。
バックパネルにロゴ。
株式会社 SweetS 設立発表
小春、代表取締役会長。
優ちゃん、代表取締役社長。
会場がどよめく。
「大会辞退は、このためですか?」
小春はマイクを握る。
「はい」
堂々と。
「一皿で世界一になるより」
「世界中の人の日常に届くスイーツを作りたい」
拍手。
「私たちは、日本から海外へ進出します」
第一拠点――シンガポール。
次にパリ。
そしてニューヨーク。
◇
東京。
ルイはテレビ越しに見る。
スーツ姿の小春。
強い目。
もう、追う存在じゃない。
並ぶ存在。
ふっと笑う。
「やるな」
嫉妬もある。
でも、それ以上に誇らしい。
ならば。
自分も止まらない。
◇
夜。
小春と優ちゃん、オフィスの窓から海を見る。
「怖い?」
優ちゃんが聞く。
「うん」
でも。
「わくわくの方が大きい」
手を重ねる。
夫婦じゃない。
共犯者。
人生の共同経営者。
◇
ラスト。
ルイ、日本予選で圧倒的勝利。
小春、海外法人設立準備開始。
優ちゃん、投資家との交渉に奔走。
三人の道は、もう交差しないはずだった。
だが――
世界市場で再びぶつかる可能性。
甘くない“経営戦争”が、始まる。




