第6話 『焦土から』
東京。
《Lumière》。
かつては“理想の夫婦店”と呼ばれた場所。
今は、龍星ルイひとり。
客足は、目に見えて減っていた。
ネットの評価は割れる。
《小春がいないと味が冷たい》
《完成度は高い。でも心に残らない》
氷の天才。
その肩書きが、やけに重い。
◇
慰謝料は支払った。
スポンサー契約もいくつか解消。
美咲の件は企業側が謝罪し、処分も出た。
だが信用は、簡単には戻らない。
「オーナー、来月の売上予測です」
副シェフが資料を差し出す。
数字は赤字目前。
ルイは静かに受け取る。
「……縮小する」
驚きが走る。
「店舗、半分閉める」
見栄は張らない。
守るべきは、店の“質”。
◇
一方、海辺。
《Atelier Haru》。
小さな工房兼カフェ。
オープン初日。
派手な宣伝はない。
でも、常連客がじわじわ増えている。
SNSで広がる言葉。
《素直な味》
《泣けるケーキ》
小春は忙しく動く。
汗をかきながら、笑っている。
優ちゃんが皿を運ぶ。
「行列できてる」
「うそ?」
「ほんと」
小春は少しだけ照れた笑み。
世界一のときより、今のほうが実感がある。
◇
東京。
閉店後の《Lumière》。
ルイは一人、厨房に立つ。
豪華な素材を並べる。
だが、手が止まる。
(違う)
高級であることが、目的になっていた。
完璧であることが、優先だった。
原点は、何だ?
小春は言っていた。
“人の心を救える味”
自分は、いつから“評価を取る味”になった?
◇
冷蔵庫を閉じる。
高級食材を片付ける。
代わりに取り出したのは――
バター、小麦粉、卵。
シンプルな材料。
「……マドレーヌ」
あの日、海辺で食べた素朴な味を思い出す。
負けたときの味。
失ったときの味。
◇
焼き上がり。
一口。
沈黙。
目を閉じる。
派手さはない。
でも、確かに温かい。
「……これか」
初めて、自分のために作った味。
誰かの期待でも、世間の評価でもない。
ただ、自分の原点。
◇
翌日。
《Lumière》は大胆な発表をする。
“高級路線からの転換”
デセールコースを縮小。
日常菓子の新ライン開始。
記者がざわつく。
「ブランドイメージが崩れますよ?」
ルイは淡々と答える。
「崩れているのは、もう知っている」
隠さない。
虚勢も張らない。
ゼロからやり直す。
◇
海辺。
小春の店に、ひとりの女性客。
都会的な雰囲気。
ケーキを一口食べ、涙ぐむ。
「……救われました」
その言葉に、小春の胸が熱くなる。
(これが、やりたかったこと)
優ちゃんがそっと言う。
「世界一より、すごい顔してる」
小春は笑う。
でも、その笑顔の奥に、
まだ消えていない影がある。
完全には、割り切れていない。
◇
夜。
東京。
ルイのスマホに、ニュース通知。
《Atelier Haru、口コミ急上昇》
写真に映る、小春の笑顔。
ルイはしばらく画面を見つめる。
苦い。
でも、誇らしい。
「……負けない」
恋ではなく、
職人として。
◇
ラスト。
二つの厨房。
別々の場所。
別々の道。
でも、同じ時間にオーブンの灯りがつく。
まだ交わらない。
でも、終わっていない。
第三章は、再構築の章へ。




