第3話 『ずっと、隣にいた』
海辺のカフェ。
静まり返った空気。
ルイは立ち尽くしたまま。
小春の「終わったんです」という言葉が、まだ響いている。
◇
「今日は帰って」
小春が言う。
声は震えていない。
感情を、完全に閉じている。
ルイは何か言おうとする。
でも言葉が出ない。
優ちゃんが静かに前へ出る。
「彼女、今は無理だよ」
柔らかい声。
でも、はっきりとした拒絶。
ルイは優ちゃんを見る。
初めて、ちゃんと見る。
穏やかそうで、でも目は強い。
「……わかった」
それだけ言って、ルイは去る。
背中は、初めて小さく見えた。
◇
ドアベルが鳴り、静寂が戻る。
小春の膝が崩れる。
優ちゃんが支える。
「無理しなくていい」
その一言で、涙が溢れる。
「わたし……信じてた」
嗚咽。
「全部、乗り越えたと思ってたのに」
優ちゃんは何も否定しない。
ただ背中をさする。
◇
夜。
店を閉めた後。
優ちゃんがコーヒーを淹れる。
小春はテーブルに頬をつけたまま。
「ねぇ」
優ちゃんが静かに言う。
「小春は、まだ好き?」
その質問は、優しいけど鋭い。
小春は答えられない。
好き。
嫌い。
裏切られた。
でも――
五年分の愛は、簡単に消えない。
「わからない」
それが本音。
◇
優ちゃんは窓の外の海を見る。
ずっと、見てきた。
小春が泣く日も、笑う日も。
世界一になったニュースを見た日も。
離婚を決意した夜も。
ずっと、隣で。
◇
「俺はさ」
不意に言う。
小春が顔を上げる。
「ずっと好きだったよ」
時間が止まる。
「小学生のときから」
笑う。
照れ隠しじゃない。
本気。
「でも、小春はずっとあの人を見てた」
責めていない。
事実を言っているだけ。
小春の胸がざわつく。
「優ちゃん……」
「今すぐどうこうしろって話じゃない」
視線は優しい。
「ただ、覚えておいて」
「隣にいる人は、俺でもいい」
静かな告白。
奪うような言葉じゃない。
差し出す言葉。
◇
小春の心が揺れる。
龍星との激しい世界。
優ちゃんの穏やかな日常。
どちらも本物。
でも、温度が違う。
◇
一方、東京。
ルイは店の厨房で立ち尽くす。
味が決まらない。
火加減を間違える。
スタッフが戸惑う。
氷の天才と呼ばれた男が、
崩れている。
(取り戻す)
でもどうやって?
謝罪だけでは足りない。
信頼は、言葉で戻らない。
◇
海辺。
小春は一人、オーブンを開ける。
焼き上がったマドレーヌ。
一口。
涙がこぼれる。
「……おいしい」
嘘じゃない。
今の自分の味。
無理していない。
飾っていない。
優ちゃんが微笑む。
「それが小春だよ」
世界一でもなく、誰かの妻でもなく。
ただの、小春。
◇
ラスト。
夜の海。
小春は指輪を握る。
捨てられない。
でも、はめられない。
風が吹く。
第三章。
愛は再生か、再構築か。
それとも、別の人へ移るのか。




