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スイーツアカデミー恋愛物語~世界へ駆けろ!目指すは、世界一!  作者: 優貴(Yukky)


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第2話 『空っぽの厨房』

東京。

《Lumière》の厨房。

朝なのに、音が足りない。

いつもなら小春の「おはようございます」が最初に響く。

オーブンの予熱を確認する背中。

味見して首をかしげる癖。

全部、ない。

スタッフの一人が恐る恐る言う。

「……奥様は?」

ルイは一瞬だけ止まる。

「休みだ」

短い。

それ以上は言わない。

でも空気は、重い。

試作。

いつもなら小春が隣で味を見る。

「ちょっと苦いです」

「蜂蜜、あと0.5グラム」

そんな声が脳内で再生される。

ルイは苛立つ。

(集中しろ)

ガナッシュを仕上げる。

完璧なテンパリング。

完璧な温度。

完璧な見た目。

一口。

……無味。

いや、味はある。

だが、何も響かない。

夜。

自宅。

テーブルの上の指輪。

離婚届。

サイン済み。

彼女の字は、震えていなかった。

それが余計に刺さる。

「一度だけだ」

自分で言った言葉が、頭を殴る。

一度。

酔っていた。

弱っていた。

甘えた。

言い訳はいくらでもある。

でも事実は一つ。

裏切った。

ルイはスマホを握る。

電話。

コール音。

出ない。

もう一度。

出ない。

メッセージを打つ。

『話したい』

既読はつかない。

翌日。

週刊誌の件は拡散。

SNSは炎上。

《理想の夫婦崩壊》

《世界一パティシエの裏の顔》

取材依頼が殺到。

ルイはすべて断る。

厨房に立つ。

だが集中できない。

皿を落とす。

スタッフが凍る。

「……すみません」

謝ったのは、ルイだった。

全員が驚く。

海辺のカフェ。

小春はマドレーヌを焼く。

バターの香り。

優ちゃんがコーヒーを置く。

「連絡は?」

小春は首を振る。

「見てない」

嘘ではない。

本当に、見ていない。

見ると、揺らぐから。

夜。

小春は一人、海を見る。

波の音。

心は静か。

怒りより、悲しみより、

空虚。

(終わったんだ)

五年の約束。

世界一の瞬間。

プロポーズ。

全部、夢みたいに遠い。

東京。

ルイは一人、店の厨房で徹夜する。

原点を思い出せ。

なぜ作る。

なぜ、ここまで来た。

浮かぶのは、五年前の少女。

「愛は逃げない」

――逃げたのは、自分だ。

翌朝。

ルイは決める。

店を副シェフに任せる。

「どこへ?」

スタッフが聞く。

「海だ」

それだけ言って、コートを羽織る。

海辺。

カフェのドアベルが鳴る。

優ちゃんが顔を上げる。

目が細くなる。

「……来たね」

奥で小春が、凍る。

足音。

聞き慣れた、でも遠くなった足音。

ルイが立っている。

疲れた顔。

完璧じゃない。

初めて見る、弱い顔。

視線がぶつかる。

沈黙。

言葉が重い。

そして、ルイが言う。

「逃げた」

小春の胸が、わずかに動く。

「全部、俺が悪い」

言い訳は、しない。

「でも」

一歩近づく。

「終わらせたくない」

カフェの空気が張り詰める。

小春は、まっすぐ見る。

「終わったんです」

声は静か。

でも冷たい。

「温度が、消えました」

ルイは言葉を失う。

初めて。

完全に。

ラスト。

優ちゃんが静かにカウンターを拭く。

その横顔は、少しだけ複雑。

小春の味方。

でも――

長年隣にいたのは、自分。

第三章は、まだ始まったばかり。

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