第19話 『五年越しの約束』
五年後――日本。
かつての少女は、もういない。
一ヶ原小春、二十二歳。
彼女は今、日本初の“体験型パティスリー”
《Lumière》のオーナーシェフ。
店内はいつも満席。
ガラス越しに見える厨房。
子どもも大人も、目を輝かせる空間。
小春のコンセプトは一つ。
“スイーツは、心を救う光になる”
世界で学んだ技術。
挫折。孤独。遠距離。
全部、味に溶かしてきた。
◇
一方、パリ。
龍星ルイ、二十三歳。
世界三つ星レストランの若きエグゼクティブ・パティシエ。
メディアは彼をこう呼ぶ。
「氷の天才」
無駄のない構成。
完璧な温度管理。
感情を制御した芸術。
でも。
厨房の奥で、彼は時折、スマホを見る。
日本との時差。
短いメッセージ履歴。
『今日、子どもが泣き止みました』
『新作、失敗しました』
『でも、また作ります』
小春の言葉は、変わらない。
◇
そして今。
日本で開催される新設大会――
“グローバル・スイーツ・サミット”
世界各国のトップが集う舞台。
フランス代表に選ばれたのは――
龍星ルイ。
日本代表は――
一ヶ原小春。
五年前、空港で交わした約束。
「同じ舞台で、また勝負しましょう」
ついに、その日が来た。
◇
大会前日。
東京のホテルラウンジ。
五年ぶりに、真正面で向き合う二人。
沈黙。
視線。
時間が巻き戻る感覚。
「……久しぶり」
小春が言う。
「五年だ」
ルイは短く答える。
距離はある。
でも、懐かしさよりも先に来たのは――
緊張。
今の二人は、ただの恋人ではない。
世界の代表。
背負うものが違う。
◇
「店、すごいらしいな」
「噂です」
小春は笑う。
「そっちは?」
「寝る暇はない」
らしい答え。
でも目の奥に、疲れと誇りが混ざっている。
◇
テーマ発表。
「Origin(原点)」
原点。
どこから始まったか。
なぜ作るのか。
五年の集大成。
小春の胸に浮かぶのは、
泣いていた自分。
支えてくれた母。
隣にいた人。
そして、あの日の決勝。
“愛は温度”
あれが、始まりだった。
◇
ルイもまた、静かに目を閉じる。
氷の天才と呼ばれながら、
彼が削り落とさなかったもの。
それは、
一人の少女の言葉。
「愛は逃げない」
五年経っても、消えていない。
◇
夜。
大会前の最後の時間。
小春が言う。
「明日、勝ちます」
ルイが即答する。
「俺もだ」
視線がぶつかる。
火花。
でもその奥にあるのは、
信頼。
◇
小春が一歩近づく。
「でも」
「うん」
「勝っても、負けても」
一瞬、呼吸が揺れる。
「わたしは、隣にいたいです」
五年前と同じ言葉。
でも今は、少女ではない。
覚悟を持った女性の声。
ルイは静かに言う。
「五年前より、強くなったな」
「負けません」
「望むところだ」
◇
翌日。
巨大ホール。
観客数万人。
世界が見守る舞台。
日本代表・一ヶ原小春。
フランス代表・龍星ルイ。
スポットライトが当たる。
視線が交わる。
笑う。
甘くて、苦くて、熱い。
恋も、夢も、熟成された。
五年越しの約束。
決着の時。




