第18話 『それぞれの未来図』
パリ個人戦から一週間後。
ルイのもとに届いた一通のオファー。
差出人は、世界最高峰の三つ星レストラン。
内容は――
正式スカウト。
副シェフ候補としての長期契約。
滞在期間、最低五年。
事実上の、世界定住。
◇
同じ頃、小春にも連絡が入る。
イタリアの師匠から。
「日本に戻るなら、支店の立ち上げを任せたい」
日本初進出。
若手責任者。
帰国前提。
二人の未来は、真逆の方向を向いていた。
◇
夜。
セーヌ川沿い。
何度目かのこの場所。
ルイが先に口を開く。
「俺は、残る」
迷いはない。
ずっと追い続けた場所。
世界の中心。
技術も、評価も、全てがここにある。
小春は、静かに頷く。
「そう思ってました」
笑う。
でも指先は、冷たい。
「小春は」
「わたしは、帰ります」
風が止まる。
「日本で、勝ちたいんです」
世界で学んだことを、持ち帰る。
“救える味”を、もっと広げたい。
ルイは黙る。
わかっていた。
小春は、自分の軸を持っている。
◇
沈黙が重い。
「遠距離だな」
ルイが言う。
「はい」
軽く言うつもりだったのに、声が震える。
五年。
長い。
今までの一年とは、重さが違う。
「別れるか?」
突然の言葉。
小春の胸が、凍る。
試すような声じゃない。
現実を見る声。
世界は甘くない。
恋は、保証されない。
◇
小春は一歩、前に出る。
「嫌です」
即答。
震えているのに、目は強い。
「世界一になっても、離れても」
「好きは、消えません」
言った。
はっきり。
初めて、明確に。
ルイの呼吸が止まる。
◇
長い沈黙のあと。
ルイが近づく。
「俺は、不器用だ」
「知ってます」
「連絡も少ない」
「知ってます」
「優しくない」
「……たまに優しいです」
一瞬、笑いがこぼれる。
緊張が、少しだけほどける。
そしてルイは言う。
「それでもいいなら」
「隣は、空けておく」
約束ではない。
未来の保証でもない。
でも、嘘のない言葉。
小春は涙を拭く。
「空けててください」
◇
数日後。
空港。
今度は逆方向。
ルイはパリへ残り、
小春は日本へ。
搭乗前。
小春が振り向く。
「五年後」
「うん」
「同じ舞台で、また勝負しましょう」
ルイの目が光る。
「負けない」
それが二人らしい。
恋人であり、ライバル。
◇
飛行機が飛び立つ。
日本へ。
小春は窓の外を見る。
不安はある。
寂しさもある。
でも。
(逃げない)
甘さだけじゃない未来へ。
◇
ラストカット。
五年後――
日本。
巨大ホール。
新設された国際大会。
看板に並ぶ二つの名前。
日本代表
一ヶ原小春。
フランス代表
龍星ルイ。
再び、世界の中心で。
視線が交わる。
成長した二人。
温度は、変わらない。
恋も、夢も、
まだ続いている。




